腕に抱き着いただけだけど
リレーに出ることを決めてから二週間。楓の特訓は熾烈を極めた。
どれぐらいキツイかというとやる気が出たと豪語していた涼がおもいっきり土手にゲボを吐いていたほどである。きっと頑張り過ぎたのね。
ちなみに可哀想だったので背を撫でてやると『ズルいっ!』とか言いながら香蓮が喉に指突っ込んで、ゲェッー! とか言いだしたので全力で蹴っ飛ばしてやった。本当キモいなこの金髪。
でも何だかんだで楽しかったし楓も良い気分転換になったんじゃない? これで受験も完璧ね。
「ぜんぜん」
今日は体育祭当日。当然ながら快晴である。
しかし顔面に雨雲を張りつかせながら体育祭へ向かうのは我が妹、楓であった。
わたしは笑顔で話し掛ける。
「いやねー朝からご機嫌斜めですこと。ほら、笑って笑って」
「………」
無言も無言。お姉ちゃんを無視とはどういうことか。おっかしいなー。あたしよりも背が低いはずなのに妙な威圧感もあるし。何が気にくわないのかしら。
「かしらじゃないから。お姉ちゃんのせいでこの二週間勉強がまったく手に付かなかったじゃん!」
楓が朝から牙をむく。私は手をひらひらさせながら、
「あんたねえまだ十月よ? 今から根詰めてどうすんのよ」
「私は余裕を持ちたいの! 根詰めるとかじゃなく」
「それが逆効果だって言ってんのよ。ほら笑顔笑顔。ニーっ!」
「バカ? ニーっじゃないからねっ!? はあ…もう全然気分転換にならなかった」
「へ?」
私は少なからず動揺してしまった。なぜ息抜きって知っている?
「いやいや…お姉ちゃん自分で言ってたじゃん。良い気分転換になったんじゃないかって」
「あたしが? 自分で?」
カマかけてるんじゃとか思ったけど、さも当たり前のように言ってくるからきっと声に出ていたのだろう。信じられないが。
「信じられないのは私だから。毎回声に出てるからね。っていうかお姉ちゃんさすがにキモいからそのクセ直した方が良いよ」
姉の前だというのにこれでもかと溜息を吐いてくる。いつになくご機嫌斜めな感じ?
はあ嫌だ嫌だ。なになに朝からその態度は。勉強なんかいつでもできるんだから今はお姉ちゃんと仲良くしなさいよ、ね!
「ちょ…お姉ちゃんいきなりなにっ!?」
「腕に抱き着いただけだけど」
それが何かといった感じでやってみるけど私は知っているのだ。楓がこれに弱い事を。
「べ…別に弱くないしっ!!」
ウソ吐け。ほーら少しずつ頬が緩んできたぞ。
「やだ離れてって!」
嫌です。ほれほれ。
「ちょっ…あー…もう…なんでホントにニヤけてくるのっ!?」
楓が頬を押さえる。気付けば真っ赤である。
「フハハハハっ。口では嫌がってても顔は正直だなあ、この変態め」
「お姉ちゃんにだけは言われたくない!! あっ…ちょ、やめ…。んもう…ホントにやめてってばーっ!!」
断末魔が快晴の空のもとに響き渡る。そのレクイエムに私は満面の笑みをこぼす。
良い感じにやる気が出てきた。
読んで下さりありがとうございます。
また更新します。




