だから嬉しいの
「か…楓!? 何でここにッ!!?」
二人の間に入る私に驚く姉。
当然の反応だけどとりあえず無視。
私は男の方を見た。
「田辺薫…先輩ですよね」
「あ…ああ。そうだけど…キミは?」
「如月楓。如月凛の妹です」
「妹…! どうりで似てるわけだ」
私たちを交互に見比べて頷いている。
急に割って入ってきて怒ってないところを見るとホントに温和な人なんだろうけど、でも…言いたい事は言わせてもらう。
「姉の事は諦めて下さい!」
「え?」
「ちょっ…楓!? 急になに言って!」
「お姉ちゃんは黙ってて!!」
「アンタこの状況で良くもそんな啖呵切れるわねっ!!? ビックリだわっ!?」
後ろで騒ぎ続ける姉は黙る気はないようす。
ならそれでいい。
私は言いたい事を言うまでだ。
「…理由を聞いてもいいかな?」
「……やだからです」
「ゴメン聞こえなかったよ。何だって?」
「私が嫌なんです!! お姉ちゃんに彼氏ができるのが!!」
そう。
楽しそうとかデートとかそんなの最早関係ない。
私がダメなんだ。
お姉ちゃんに変わって欲しいと思う反面、変わって欲しくないと思う私が確かにいる。
もう否定できない。
でも、だからこそ嫌なんだ。
どうしても。どうしてもだ。
今だけでいい。
生活するうえでいずれ別れは必ず来る。
しかし、いずれ変わるだろう関係も、今は少なくともいずれであって欲しい。
今の関係が続いて欲しい。
笑ったり喧嘩したり二人でぼうっとテレビ見たり。
そんな二人の時間を邪魔しないで欲しい。
無論、非常識なのは百も承知。
私の深層に何があるのかは分からない。
香蓮さんのような独占欲か涼先輩のような恋愛感情なのかは分からない。
いや、それも今はどうでもいい。
今確かなのは…お姉ちゃんに彼氏が出来るのが嫌だという事実だけだ。
だから…だから…
「もう一度言います! お姉ちゃんの事は諦めて下さい!!」
「どうしても?」
「どうしてもです!」
「ははは…困ったな」
本当に困っているのだろう。
苦笑いを浮かべている田辺先輩は答えを出せずにいた。
しばし無言。
すると溜息と同時呆れたような声が聞こえて来た。
「困ってる? アンタが的を得ないこと言うからよ」
肩を揺さぶられる。
姉だ。
「アンタなんか勘違いしてるわよ」
「勘違いッ!!? この期に及んで良くそんな事が言えるね!」
「その言葉アンタに丸っきり返すわ」
「うるさいこの色情魔! 大体なんでデートって言わなかったの!? わたし怒ってるんだからね! これでも!!」
「どっからどうみても怒ってるでしょうが…もう、だから違うんだって。そもそも付き合わないのよ私たち」
「またそんな見え透いたウソ吐いてって……は?」
「付き合わないのよ私たち。もう断ってる」
「え……?」
間抜けな声が出る。
意味が分からない。どういうこと?
「そのまんまの意味。デートする前に断ってるのよ。クラスも名前も知ってたし」
「う、ウソだ! 断ってるのにデートなんて…」
「いやホントだよ」
そう言ったのは田辺先輩だった。
困ったような笑みは消えこちらを見据えていた。
「僕から頼んだんだよ。一度で良いからデートしてくれって。僕もこれから受験だし一度でいいから如月さんと何処かへ行ってみたくてさ。最後の思い出に」
そういってニッコリ笑う先輩はどう見てもウソを吐いているように見えない。
それどころか何処か晴れやかに笑っている。
「じゃ…じゃあホントに?」
「だから言ったでしょ? 付き合う予定はないって」
「な、なんだあ…」
ヘタッとその場に座り込む。
力が抜けるとはまさにこのことだった。
「盛大に勘違いしてくれちゃって…ゴメンね先輩。この子には後でキツく言っとくから」
「いや謝らなくて良いよ。むしろ感謝してるぐらいだから」
「どういうこと?」
「こんなに妹に好かれるだなんてやっぱり素敵な人だなって再確認できたからね。諦めようと思ったけど撤回するよ」
「ちょっ!? 先輩ッ!!?」
「ははは…進路が決まったらまたデートしよう。じゃあまた! 今日は楽しかったよ」
「ちょっと先輩ッ! せんぱーい!!」
お姉ちゃんの声は虚しく響くだけで田辺先輩は駅のホームへと帰っていく。
残されたのは私たち姉妹だけだ。
うーん気まずい。
「気まずいなら乱入してこないでよもう」
「あの…そ、その…ゴメン」
「はあ…良いわよ別に。つーかずっと後付けてたわけ? 今回のデート誰から聞いたの?…って一人しかいないけど」
木陰がガサゴソ動く。
そろりそろりと現れたのは涼先輩と香蓮さんだ。
二人ともバツが悪そうに下を向いている。
「はあ…涼が付いていながら何やってるのよ。つーか何で涼まで尾行してるの?」
「すまん…しかし心配でな」
「心配してくれるのは嬉しいけど限度があるでしょ。度が過ぎると香蓮みたいになるわよ」
「立場上あまり強くは言えないんだけど落ちに使うのはやめて?」
「笑いにしてあげてるだけでもありがたいと思いなさい。それとも何? ドつかれたいの?」
「はいすいません」
ニッコリと狂気の笑みを浮かべる姉に慄く二人。
まあ言い訳の余地はないし怒られても仕方無いんだけど。
「そうね。デートを尾行するだなんて悪趣味にも程があるものね。やっぱり罰が必要かしら」
「ヒッ!!?」
そういうとお姉ちゃんは見下したように二人を見る。
二人は涙を浮かべると人気の無い所に連行されていった。
―――――――――――――――――――――――――――
「くううう~…やっぱり最っ高ね! ここのラーメンは!!」
太陽は消え外灯と共に月が顔を出す午後七時。
ここはいつの日か来たラーメン屋。
ビルの隙間に位置するお姉ちゃんおススメのお店だ。
「美味しいわね…昼に食べたハンバーガーとはレベルが違うわ」
「でっしょー! これが本物のB級グルメってやつよ! ちなみに昔、涼とも一緒に来たことあるのよ」
「…ふーん」
「なんだその眼は?…っていやいやいやいや。そんなことはどうでもいい」
何を言ってるんだと涼先輩。
まあ言いたいことは分かりますが。
「なによ不満なわけ? 奢りよ、あなた達二人の」
「分かっとるわそんなこと。お前の言う罰とやらはこんな事でいいのかと聞いとるんだ」
そうなのだ。
意外や意外。
お姉ちゃんは別に怒ってはいなかった。
お説教するのかと思いきや二人を連れてったのはラーメン屋で有無を言わさず『奢りなさい』と言っただけだった。
「ん~…まあ実際、怒るとこなのかもしれないけどそんなに腹は立ってないのよね」
自分でも不思議、と付け足してラーメンをすする。
黙々と食べると追加で替え玉を注文する。
お姉ちゃんがふと笑った。
「正直に言うとね…ちょっとだけ嬉しいのもあるのよ。ほら私って友達と言えるような友達ってあまりいなかったから。香蓮みたいに嫌われてはいなかったけど」
「その一言いる?」
「まあ聞いて。単純に心配してくれたのが嬉しいのよ。そこまで心配して付いて来てくれる人なんて中々いないじゃない? だからふと思ったの…幸せだなって。私って恵まれてるんだなって。単純に嬉しいの…だから…だから怒れないのよ」
言いながら替え玉に手を付ける。
頬が赤い。
屋台の熱気なのか照れからくるものなのかは分からないけど。
でも、せっかくだし…ここは後者と受け取っておこうか。
「にしても楓さあ…」
「うん?」
「私のこと好きすぎじゃない?」
「んなっ!!?」
ニヤッと笑う姉は先程までの照れを感じさせない。
それどころか悪魔のような笑みを浮かべていた。
「ち…違うアレはっ!」
「何が違うのよ。『お姉ちゃんに彼氏が出来るのが嫌なんです!』なんてセリフ言っといて勘違いはないでしょ? 早く姉離れして下さいね」
「ぐ…く、く……」
「何か心配だなあ。将来結婚ってなったらお父さんが一番の障壁だと思ってたのに別の障壁がもう一つあっただなんて。私のこと好きすぎ。一緒に寝てあげようか?」
「く…くう……」
「凛…最っ低」
「やめてやれよもう…」
涼先輩が止めに入るとお姉ちゃんが高らかに笑った。
ホントに最低な姉だ。
最低最悪で性根が悪い私の姉。
叩くときは容赦のない私の姉。
でも、でも…これが私の姉だ。
頼りがいがあって、やる時はやって、ダラけてても最後にはカッコよくて。そして誰よりも優しくて。
だからこそ傍に居て欲しい。
いつまでも。いつまでも。
「今日はごめんね。お姉ちゃん」
「ん? 別にいいって言ってるでしょ。大体私が本気で怒ってる姿なんて見た事ある?」
「んー…まあ言われてみればないかも」
「でしょ? 自分で言うのも何だけど私って結構優しいのよ」
「…知ってるけど」
「あら? 今日は遠慮なくデレるのね…って、何かしらコレ…?」
「ゲッッ!!?」
お姉ちゃんが自分の服から何かを摘まみ上げた。
目元まで掲げる。
マジマジと見るのは小型のマイク。
「これはマズい…」
浮き出た血管が姉の激情を映し出していた。
「香蓮っ!! こっち来なさい!!!」
「は、話し合いましょ凛っ!? 実際つかってないし!」
「そういう問題じゃないっ! 限度があるでしょ限度が!!」
「ゴメンって凛! 優しいあなたを思い出してっ!? ね!? あーもうお願い許してえーーー!!!」
笑い声と絶叫が空へと抜けていく。
お姉ちゃんと香蓮さんがじゃれ合っている。
月明かりと街灯に照らされた私たちの夜は少しずつ、余韻を残しながら更けていくのだった。
読んで下さりありがとうございます。
忙しくて予定より時間がかかってしまいました。すいませんでした。
また更新します。




