天敵
夏休みも残り二週間をきった。
日夜の勉強にも慣れ少しばかりの余裕を感じられる今日この頃。
七時に目が覚め眠気まなこの顔を洗ってリビングに顔を出すと姉の姿があった。
頭の働かない数分間なんの違和感もなく過ごす。
朝ご飯を食べ終わった頃にようやくその違和感に辿り着く。
その違和感の原因はなにか? 答えは至って単純である。
姉は基本的に朝に弱い。
朝食の大体が妹である私かお母さんの仕事。
夏休みに限らずこの法則はほぼ毎日当てはまるし姉が作るとしたら夕飯だけ。昼は作りたい人が作ればいいし食べない日だって珍しくない。まあそれはともかく。
なればこそおかしいというのが分かっていただけただろうか?
私が起きたのが七時で姉はすでに起きていた。
ならば七時前に起きていたのは確実で寝間着ではなく外出用の服を着ているあたり六時には起きていたと考えるのが妥当だろう。しかも長い髪が寝ぐせも無く綺麗に整っている。まさか風呂でも入ったか。
「どこか出かけるの?」
なんとはなしの質問。
いつもなら昼過ぎ、早くても九時過ぎくらいに起きてくる姉の自堕落生活を知ってるが故に第三者的にも普通の質問だっただろう。
しかし…
「えっ!? な、なにが?」
「何がって…どこか出掛けるのかって聞いてんの」
「ん~~…まあそうなんだけど…」
はははと苦笑いを浮かべて質問を受け流す。
どこかに後ろめたさを感じる。妻に黙ってキャバクラに行くみたいな。
「場所は? 誰と? 香蓮さん?」
「そういうわけでもないんだけどねえ…」
「なにそれ…歯切れの悪い言い方、言いたくないの?」
「いや…そういう訳でもないんだけど…」
「………(イラッ)」
その答えが歯切れ悪いっていってんのに分かってないのかな。
私は不機嫌な態度を隠しもせずに使った食器の片づけを始めた。
食器を洗う音が意図して大きくなってしまったのは仕方がない。プレッシャーはこうやって与えないと。姉はバカじゃないから気付いて話してくれるはず。
…と、思ったけど暫くして姉はテレビを消してスマホをいじりだした。
驚いたりゲンナリしたり一人百面相を繰り広げるとスマホをしまう。
何やら一大決心をしたかのような面持ちについ言葉を掛けるのを忘れてしまう。
…ホントカッコいいな。私の姉は…っていやいや違う違う。
「じゃあ楓、わたしは出るわね」
「え? もう出るの?」
おもむろに立ち上がった姉はそんなことを言った。用事があるのは分かっていたけどまさかこんな時間から出かけるだなんて。
「昼も夜もいらないからよろしく。なるべく早く帰るから」
ひらひらと手を動かして別れの挨拶を交わすと姉は颯爽と家を出て行く。
「むううぅ……」
取り残された私は何処にも当たることのできない悶々とした気持ちを抱えていた。
与えたプレッシャーを華麗にスルーされたのも余計に痛い。ひとり空回りしてるみたいでバカみたいである。
まあ確かにさ…姉のプライベートに対して必要以上に干渉するのは良くないし、される方も決して気分の良いものじゃないだろう。ここが辞め時なのかもしれない。
でもやっぱりどう考えてもさっきまでの姉の様子はおかしい事このうえない。やっぱりこのままじゃダメだ。この調子だと勉強も手に付かないし時間の無駄。というかぶっちゃけ気になって仕方がない。
しかしどうしたもんか。
姉の言動や態度になにか行先のヒントはなかったであろうか?
…そういえばさっき香蓮さんの名前を出した時これっぽっちも動揺してなかったな。
動揺してないって事は今回の件で香蓮さんは無関係。じゃあ他の可能性は?
総務部? それとも空手部のみんな?
いや…現実的に考えて総務部が怪しいな。
空手部とは確かに仲良さそうっだったけど向こうは部活があるだろうし。
だとしたら総務部か…でもだとしたら、それこそ香蓮さんが何か知ってるかも。
正式に総務部に入ってる訳じゃないみたいだけどお姉ちゃんの追っかけみたいな人だし。ちょっと聞いてみようか。
私はスマホのアドレス帳から『天敵』の文字を探すと香蓮さんに電話を掛けた。
思い返したら何気に初めて電話掛けるかも。
だってこんな受信音記憶に無い。
トゥルルルみたいな機械音じゃなく完全にただの歌だもん。しかも本人が歌う。
私は話す前からドン引きだ。
『はい』
「香蓮さんですか? 私です。楓です」
『え、妹さん? もうなんなの、今取り込み中なんだけど…』
「いやあ…実は姉について聞きたい事がありまして」
『凛について聞きたいこと? はあ…それを早く言いなさいよ。凛の親友であるわたくしが完璧に答えてあげるから!』
「……ッち」
…っと、いけないいけない我慢我慢。ここでいつもの喧嘩を始めたらそれこそどうにもならない。
私はコホンと咳ばらいすると話しを本題に進めた。
『あーそのこと。実はわたしくしも今からそのことで出かける所だったのよ。というより尾行に近いけど』
「どういうことですか」
私はつい食い気味で聞いてみると電話越しでも分かるぐらい興奮気味に答えてくれた。
それは私にとって衝撃的で予想だにしない答えだった。
『……トよ』
「えっ?」
『だからデートだって。凛は今から三年生の先輩とデートしに行くのよ』




