いつのツンデレだよ
『打ち上げ』
そう聞いて花火やロケットのような、噴射や爆発、打って高く上げることを想像した人も多いだろう。確かに間違いではないが、しかし、今回に至っては違う。
一つの物事の区切りを指す言葉、興行の終わりを意味する言葉である。
つまるところそれは…
「「「「うええええええええええええええええええええーーーーいッッッ!!!!!!」」」」
「……うえーい」
高々と掲げられる缶の山。
道場内で響くのは気合の入った声ではなかった。
裸で踊るおっさんに無理矢理脱がされる総務部長。そして何故か歌いだす香蓮に空手部の面々はドン引きしながら手拍子を強要されている。
ここまで来ればもう皆さんお気づきだろう。
これは試合後の打ち上げなのだった。
「…良いお父さんじゃん」
飲み物片手に話しかけて来たのは進藤咲だった。
私は溜息吐きながら答えた。
「準備してくれてたのは嬉しいけどさ、騒ぎ過ぎでしょホント」
父さんが『とりあえず道場に集合だ!』なんていうから来てみれば大量の飲み物にお惣菜。誰が作ったのか鍋まで用意してある始末。
何事かと思ったけど一瞬で打ち上げだって理解したわ。…まあ、あのはしゃぎようを見てると自分が騒ぎたかっただけじゃないのかって疑いたくなるけど。
「ははは…確かに自分の親だったら恥ずかしいかもね」
「でしょ? だからあまり褒めないであげて」
「ふふ、わかった。ねえ…それよりさ…如月」
「やめて」
口を塞ぐように手で制する。何を言わんとしてるか分かったからだ。
「謝ろうとしてるの? だったら止めて。そんなの別に聞きたくないわ」
「そっか…」
「言っとくけど責めてる訳じゃないからね。アンタが一生懸命やってたのは私が一番知ってるからそう言ってるの。それに私は助っ人だし。むしろ聞きたいのはこっちだわ。どう、満足できた?」
「うん…そうだね」
いいながら少し逡巡するような仕草を見せるとキリッとした瞳をこちらに向ける。
「満足してないって言ったらウソになるけど…でも、新しい何かは見えた気がする」
「…そう。なら良かった」
求める結果とは異なったかもしれない。
しかし、今の本人が満足し後悔しながらも前へと進めると言うのならそこまで悲観するような結果でもないだろう。心なしか表情も柔らかくなったような気がするし。これはこれで言い落としどころだったのかもしれない。
「あ、そういえば如月」
「ん、なによ」
咲が私の頬にそっと手をあてがった。
「アンタって本当に綺麗な顔してるわよね」
「ああッ!? なによ急に!!?」
トローンとした顔をさらに近づけてきてウフフと笑って喜んでいる。
「ッッ!?」
まさかと思い、手にしている缶に目をやれば『アルコール』と書かれていた。
「うわああ…最っ悪。このバカ知らずに飲んだわけ…」
みんな近くにあるやつで乾杯したからなあ…アルコール表示まで目がいかなかったのか?
「ああ…ホンット可愛い…好き、好き…この顔大好き」
私の顔に惜しげもなく頬ずりして来る。うざい。うざすぎる。っていうかそれがアンタの本音なわけ?
「べ、別にそういう訳じゃないんだからね!」
「いつのツンデレだよ」
「ねえ…これからは咲って呼んで?」
「わかった…わかったからホントに止めて。頭食べようとしないで」
もくもく言いながらかじってくる咲を引っぺがすと『お酒ない…』とか言いながら飲み物を探しにいった。いや、飲むなよ。
そう思いつつも大丈夫かなとか心配していると大きな人影で視界が暗くなる。
「凛、実に良い試合だったな」
道場師範、名を如月拳士郎。
父さんだった。
「お前が空手を始めると言った時は実は心配していたんだが…どうやら俺の杞憂だったらしい。凄い奴だよお前は」
「ゴメン…心配かけたね」
「ああ。思えばお前が空手を辞めてから十年近く経つからな。心配にもなるさ。だが、俺はそれ以上に嬉しかった。お前がまた前を見て歩き出すのが! 友の為に身を粉にする姿が! 最高に誇らしかった!!」
「うん…」
「お前は不器用だけど本当に優しい奴だ。その心がある限り凛はきっと幸せになると信じてる。今回は負けてしまったが長い人生において一回の負けなど石ころにすらならない障害だ。凛なら今回の負けもきっと将来はばたく為の糧に変えることができる。その為なら凛! 俺はどんな協力も惜しまないつもりだからな! 全力で俺を頼れよ!」
「父さん…」
服を着て…
そう言えなかったのは娘としての優しさだろうか。いや、関わりたくないだけだろう。
パンツ一枚で自分に酔っている父さんを置き去りにして、端っこで淡々と食べ続ける人物のところまで移動する。ぶっちゃけ父さんはどうでもいいのだ。
「やけに静かね。疲れた?」
「お姉ちゃん…」
鍋を突きまくっている我が妹。楓だった。
ポニーテールがぴょんと跳ねる。
「主賓がこんな所にいて良いの?」
「主賓? バカ言わないで、主賓はあくまで空手部でしょ」
ほらあそこ、と顎で宴の中心を示してやる。
そこには柚子や美樹先輩はもちろん補欠のメンバーも揃って騒ぎの中心となっている。一番うるさいのはアイドル衣装で歌い続ける香蓮だけどね。つーかその衣装どっから持ってきたのよ。
「直接聞けば?」
「いやよ面倒臭い。私はここにいるわ」
「どうして?」
「楓と話したいもの。何か久しぶりな感じがして」
そう。
私が隣に来た理由はいたって単純。
毎日顔を合わせていたはずなのに何処か単調だった、ここ最近。長かった助っ人業も終わりを迎えた事だし、久しぶりに話しがしたかった。他愛もない話しを。いつもの会話を。
「…そっか」
「ええそうよ。それともなに? 言いたい事でもあるわけ?」
「あるよ言いたいこと。お父さんどうにかして」
「それは…ごめん無理。今日は我慢して」
「いっつも我慢してるんだけど…じゃあなにもない。ただ疲れただけ。お姉ちゃんに言うのもアレだけど」
「ああ。そういえば応援ありがとね」
「うん。いいよ別に。すっごく気疲れしたけど」
「ははは…心配かけたね」
「それもいいよ。もう慣れてるし」
「……本音は?」
「本音?」
「うん。本音」
「本音は……あまり心配掛けないでほしい」
「ハハハハ…そうだね、気を付ける。でも、今日は疲れたからお説教はなしでお願いするわ」
「はいはい」
「あとお願いついでに、もう一つ」
「なに?」
「ちょっと身体かして。…さすがにちょっと疲れちゃった」
「ちょっ…お姉ちゃんッ!?」
言いながら私は楓にもたれ掛かる。
始めは嫌がる口ぶりだったけど、それは最初だけで変な抵抗はしなかった。
私はそのまま目を閉じると直ぐにまどろみに襲われる。
騒がしい宴も心地いい子守歌に聞こえてくる。
暖かな身体に身を寄せながら私はすぐに眠りにつく。
今日までの月日に想いを馳せて、思い出へと昇華させながら。




