結果が出れば文句ないわ(中編)
試合に出るメンバーと共に待機場所を離れ一階の試合会場に出る。
試合会場はAマットBマットと二つ用意してある。
私たち西高が試合をするのはAマットの為、必然Aマットの近くで待機することになる。
しかし、当然それは相手も一緒だ。
目に付いたのか、はたまた舐めてるのか…道着に南山と書かれた奴らが話し掛けて来た。
「何かよう?」
「用もクソもない。見掛けない顔だって言ったんだよ。お前以前の大会にいなかっただろ?」
「はあ? なんでそんな事アンタに答えなくちゃいけないわけ? さっさとどっか行きなさいよ」
鬱陶しい…そう口に出してはいないものの顔は雄弁に語っていたはずだ。
たまにこういうバカがいるから格闘技って良いイメージが無いんだろう。しかもこれでチームが優勝しちゃってるんだから尚タチが悪い。
「悪いがチームだけじゃなくアタシに関しちゃあ個人でも優勝してる。ちなみに先方だ。進藤ともう一度やりたかったがお前みたいな新人が相手で残念だよ」
「新人?」
帯を見る。あっそうか。ウチでやってたのと流派が違うから白帯巻いてるんだっけ。まあでも油断してくれるならそれに越したことはないわね。
「何だ? なにか言いたいことがあるようだが言う勇気もないのか?」
「ええそうよ。気をつかわせたわね。出来れば手加減してくれたらもっと嬉しいわ」
「生意気な。一撃で沈めてやる。おい! 進藤と美樹! お前ら試合を舐め過ぎだ! 手加減はしないから覚悟しておけ!」
ドスの利いた声で怒鳴り散らすと取り巻きと共に南山の集まる方へと歩いて行く。取り巻きのバカ共がハハハと笑う。
腹が立たないと言えばウソになるがこの怒りが試合へのエネルギーになりそうだ。
それは私だけじゃなく先輩達も。
返事もしない代わりに呼吸も乱さない。
視界に映るのは試合会場だけみたいだ。
試合が終わるブザーと共に進藤咲が雄叫びを上げた。
「試合を舐めてるのはアイツらの方だ! やってやる、絶対に勝つ!!」
「…おそいっつーの」
エースの帰還に嫌味で返しつつも皆の表情に安堵の色が浮かんだのは言うまでもない。
『続いてAマット、第五試合を行います。選手の方はAマットにお集まりください』
「行きましょう。必ずや勝利をこの手に」
「やってやるですーー!!」
ついに来た。先方は私。
妙に落ち着いてる自分が変な感じだった。
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『期間限定で空手を始めた』
そう姉から聞かされた時、私は自分の耳を疑った。
だってあんなにまで頑なに空手を始まめようとしなかった姉が突然である。
ただ、始める理由を聞かされた時にはすぐに納得した。
姉は変な所で優しい所がある。人の為と言うのなら自分も協力したいと思ったのだろう。まったくもって難儀な性格だけど今はその事は置いておく。
なぜなら今一番危惧しなくちゃいけないのはもっと別のこと。…いや別でもないか。
「お姉ちゃんの相手デカくない?」
そう。危惧しなくちゃいけないのは姉の対戦相手である。
姉が強かったのは知ってるけどそれは十年近く昔の話だし、相手は姉の倍ぐらいの体格がある。しかも個人戦の優勝者だとか。
いくら何でも過酷過ぎるでしょ。
「はあ…アナタ妹なのに何にも知らないのね」
「ああっ!?」
さっそく噛みついて来たのは金髪の変態さん―――香蓮さんである。別に答えを求めてないんですが? そもそも何ですかその言い方。気に入らないです。
「アナタの『ああッ!?』の方がよっぽど気に入らないのですが…まあいいわ。ただこれだけは言っておくわ。心配は無用よってね」
「相手の方が圧倒的に大きいのに?」
「ええ。わたくしは毎日見ていましたから。この二週間余りの練習で出鱈目に強くなる凛をね」
「ええ…本当ですか…」
「いちいち信じないのね…もういいわ。そこで大人しく見ていなさい」
「むう…」
ジト目で返すも華麗にスルーされて気持ちの行き場が無い。
ざわつく心を押さえながら私は試合に集中するのだった。
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「ちっ!!」
イライラしているのだろう。
舌打ちをしたのは南山の対戦相手だった。
今日までの二週間。確かな手応えはあった。誰よりも強くなった自負があった。
それが…
(ここまでだったとはね)
遅い、遅い、遅い。
相手の攻撃はすべて空を切った。
初手を見破り、攻撃が伸びきる前にいなしまくった。
一切の突きが、蹴りが、私には当たらない。
相手は体制を崩し怒りの表情を浮かべる。
さっきとは立場が完全に逆転していた。
「貴様…素人じゃなかったのかっ!?」
怒声を浴びせながら突進してくる。
力任せに抱えてくる。
(ここッ!!)
前に失敗しておいてよかった。
私に二度の失敗はない。
私の銅回し回転蹴りは今度こそ―――完璧に相手の頭部を捕らえていた。




