結果が出れば文句ないわ(前編)
道場での初練習から二週間あまり。
私たちの練習は朝練と午後練の二回行われた。
毎日の練習で研鑽を積み実力の底上げを実施。
キツイ練習だったけど反面楽しくもあった。
そりゃそうだよね。
体力はもちろん技術が目に見える程に上がっていくんだから。
〝この調子なら何とかなるかも…〟
私でもそう思えるほどには順調だった。
そう――試合当日を迎えるまでは…
「怪我したのよ…」
「はああっ!!? どういう事よ、それ!?」
大会当日。
会場である体育館で軽くアップをしようと組手に進藤咲を誘うと唐突に言って来た。
「怪我してるって何よ!? いつやったの!?」
「ゴメン…」
ざわざわと周りが奇異の眼で見てくる。
かなり目立ってるけど仕方がない。今はそれどころじゃないし。
しかし、私がさらに詰め寄ると近くにいた美樹先輩が進藤咲を遮るように間に入った。
「美樹先輩どいて。今はそいつに話がある」
「話しを聞いてどうするつもり? 今更結果は変わらないわ」
「んなこた分かってる! 私が言いたいのは何で今それを言ったのかってことよ! 完全に気持ちが弱ってる証拠じゃない!!」
今やスポーツの枠組みに入りオリンピック種目としても採用されている空手。
しかし、それは競技の発展の為に作られた、いわば捏造されたものに過ぎない
本来あるべき姿は格闘技であり、もっといえば殺し合いをするようなもの。
ならば格闘技の練習とあらば怪我をしても当然と言える。だからそこを責める気は毛頭ない。むしろ努力の証ともいえよう。実際今日まで頑張って来たのは私が良く知っているのだ。
でも…いやだからこそ悔しかった。
アップを拒否し、あまつさえ同情でもかいたいかのような振る舞いに。
「そうね。でも、今日まで騙し騙しやってたのよ。如月さんも気付かなかったでしょ? 咲も頑張ってたのよ」
「バカ言わないで。頑張るのなんか当たり前よ。それに頑張るなら試合当日の今日まで頑張んなさいよ。どうして今日に限って弱気になってんの!?」
「別に弱気になんかなって無いわよ!」
進藤咲が顔を真っ赤にして言い返してくる。
その態度が私の腸を煮えくり返す。
「アンタいい加減に…」
「咲…ここはいいから。テーピングでも巻いてて」
「ちょっと!」
「如月さんも…お願い」
もう一度詰め寄ろうとしたが真剣な顔の美樹先輩を見て戦意を喪失する。というか急にバカバカしくなる。いつの間にか進藤咲もこの場にはいなくなっていた。
「ごめんなさいね。あの子…ちょっと精神的に弱い所があるから」
「試合当日になってビビったってこと?」
「まあ端的に言えばそうなんだけどね…」
含みのある言い方が気になったので目で訴えてると苦笑交じりに美樹先輩が一枚の紙を渡してくる。
見れば今日の対戦表だった。
「西高の相手見てくれる。南山高校ってあるでしょ? その高校前回大会の優勝校なんだよね」
「ああ…なるほどそれで」
「そう。それが咲を弱気にさせた原因かな。あの子、個人の試合には滅法強いんだけどチーム戦とかのプレッシャーにとことん弱いのよ。しかも今回の目的は一回戦突破でしょ? その為に如月さんにも出て貰ってるのに負けるわけにはいかないじゃない」
「そうね…」
まあ確かに言いたいことは分かる。
個人の試合とチームの試合では勝ち負けの意味合いが全然違ってくる。
個人戦ならいざ知らず、チーム戦ならば個人の負けはチームの負けに繋がるからだ。
しかも西高は今回四人編成。
五人一チームで試合が組まれるため必然的に一勝を献上することになり厳しい戦いになる。しかもこっちにはちびっ子の柚子までいるしまつ。はっきり言って勝てる見込みがあるのは、私と美樹先輩と進藤咲だけなのだ。
ならば弱気になるなって言う方が無理あるのか? しかも相手は優勝校だし。
でも…
「それならそれで一言いってくれてもいいじゃない」
何だかんだで一番気にくわないのはそこだ。
今日までずっと一緒に練習してきたのだ。不本意ながらに仲間意識も生まれてくる。だからこそ悔しい面もある。相談ぐらいしてくれてもいいのに。
「フフ…本人に言ってあげてよ。そのセリフ」
「嫌よ絶対。仲間意識は出来ても仲良くするつもりはないもの。んー、まあでもそうね―――」
ふと横に目をやる。
そこにはニヤニヤしながらバカにしたような態度でこちらを挑発して来る奴らが幾数人。誰だかは知らないが道着には南山高校と書いてあった。
「調子に乗ってるよりかは可愛げがあるわ。美樹先輩、チビッ子、気合入れていくわよ」
「ええ」
「おおー! …ってお前アタチの存在忘れてただろうー!!」
ぴょんぴょん飛ぶ柚子の頭を押さえながら、私たちはアップを再び開始するのだった。
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アップを終えアリーナ席、二階の待機場所へと戻ると見知ったメンバーが迎えてくれた。
「凛、応援してるからね」
「頑張れとは言わんが結果は出せよ。一応キミは助っ人だからな」
「はいはいどーも」
出迎えてくれたのは総務部のみんな。
自分たちで作ったのか両手にポンポンなんか持って応援する気満々である。嬉しいっちゃ嬉しいけど、香蓮はともかく男にポンポンは気持ちが悪い。もう少しビジュアルを気にして欲しいわね。
「応援してもらっておいてヒドイ言い草だな」
「でも凛の言う事も一理あるわ。今度からは気を付けましょ」
「今度なんかあり得ません。だから気を付けなくて結構ですよ、成り金髪さん」
つーんとキツイ物言いで香蓮に突っかかるのはこれまた見知ったポニーテールの我が妹、楓だった。どうやらこの子も応援に来てくれたらしい。
「来てくれてありがと、楓。正直言って心強いわ」
「怪我しないでよお姉ちゃん…」
「ねえ凛? 私は? 私の存在も心強いでしょ?」
「大丈夫だって。楓は心配しすぎよ」
「だって……」
「無視しないで!!」
香蓮を無視して楓の頭をぐりぐり撫でてやると照れたような顔を作る。これこれ何だか久しぶりだなこの感覚。
「おー凛! 応援に来てやったぞ!」
体育館中に響き渡ろうかと言うほどにデカい声が私を呼ぶ。振り向けば、お父さんと道場生が応園に駆け付けてくれた。
「頑張ってください!」
「姉さん応援してますぜ!」
「お姉さまお身体には気を付けて!」
「あ…う、うん…」
なーんて声を掛けてくれるのは嬉しいけどはっきり言って恥ずかしいことこの上ない。しかも太鼓なんかまで持ち込んでるし…うるさくし過ぎて出禁くらっても知らないわよ?
「出禁? 娘の応援に来ただけで出禁なんぞ、それこそ出来ん相談だわな! グワッはっはっは!」
「プーッ! 叔父様は今日もキレッキレですわね!」
ゲラゲラゲラ…。
お父さん…香蓮と仲良いのは分かったけど後ろで貴方の娘さんが白い目で見てるわよ。仲良くする順番を考えなさいよねまったく。
「凄いね如月さん…」
一通りの知り合いと話し終えると頃合いを見計らって美樹先輩が声を掛けて来た。ところで何が凄いの? 知り合いに無神経が多い所?
「違うわ。単純に好かれてるんだなって感心していたところ」
「好かれてる? 私が?」
「ええ。普通こんなに応勢の人が応援になんか来てくれないもの。実際、私や咲には家族以外の応援者なんかいないわ」
見渡せば確かにそれっぽい人は皆無だった。友達や知り合いなんかは二人共多そうだけどそうではないらしい。
「昔から私と咲は二人でいることが多かったから。それでも私は知り合いなんかは多い方だけど咲はからっきし。当たり前のコミュニケーションは取るけど、それ以上となると全然なのよ」
「そうなんだ。まあ言われてみれば別段意外って訳じゃないかも。根暗っぽいし」
ふと隅っこでテーピングを撒く進藤咲に視線をやる。さっきのやり取りをまだ気にしてるのか少しだけ陰が見える。
その様子を見て美樹先輩はクスクスと笑う。それにしても、そんな事を私に告げてこの人はいったい何が言いたいのだろうか。
「少し回りくどかったわね。つまりね何も言いだせなかった咲を許してあげて欲しいのよ。それで出来たら友達になってあげて。あの子、あれでも貴女には心を開いてたのよ」
なにを急に言いだすかと思えば…何てことを正直に言えば思ってしまったけども、美樹先輩があまりにも真剣な表情だった為、口から出ることはなかった。
「ダメかしら?」
急にそんな事を言われても困る。
…困るけど嫌じゃないっていうのが本音。ただそれを言うのは美樹先輩じゃないし私から友達になるっていうのも違うと思う。
そう。それがきっと正しい。
「じゃあ試合に勝ったら許してあげて。咲のこと」
「そうね。結果が出れば文句ないわ。友達は無理かもしれないけど」
「フフッ今はそれで良いわ。それこそ結果の話しだもんね」
全てを知ったような妖艶な笑みを浮かべる先輩。この人見かけによらずやり手だよな。
そんな事を考えてると大きなブザー音がなった。
試合開始の合図だ。会場では歓声が響く。
「いよいよ…か。―――みんな、もうすぐ本番だから試合場に行きましょ。必ず一回戦突破するわよ!」
美希先輩が気合の入った目付きで檄を飛ばす。部員はもちろん応援に駆けつけたみんなも声を張り上げて気合を入れる。
ただ…進藤咲だけは未だ浮かない顔を崩すことはなかった。
明けましておめでとうございます。
最後の回となります。よろしくお願い致します。




