何故か泣いていた
空手の試合に出るにあたり危惧していることがあった。
単純な運動能力や技術ならば何とかなる。しかし、その運動能力も持続させなければ話しにならない。つまり危惧していたとは体力のことだ。
技術はやっていくうちに思い出すものもあるだろう。伸びるものもあるだろう。もしかしたら新しい気付きがあるかもしれない。
ただ体力だけはどうにもならない。
体力とは努力の証だ。
普段から何もせずダラけているだけの私に身に付くものではない。それこそ自分とは対極の真面目で愚直にやり続けてきた者にしか身に付かない。
〝…クソッ〟
悪態を付きながら心の中で舌打ちをする。
例え危惧していたとしても予想の範疇外だったのは否めなかった。
いや…それだけじゃないか。
進藤咲が連打を放つ。
みぞおちへの前蹴り、返す刀で左ボディ、そしてそのまま抱えて膝蹴り。
この絶え間ない攻撃が元から無かった体力を根こそぎ持っていくのだ。
辛うじて耐えれているのは急所を外しているからに過ぎない。
自分で外している訳ではない。身体が勝手に反応しているのだ。
〝やっぱり完全にさび付いてはいないわね〟
今度はこちらから反撃に出た。
一歩大きく前に出ると右中段突きで相手の動きを止める。
相手が『くの字』に曲がったところに左レバーにもう一度右中段。
〝ここッ!〟
狙うは一撃。
ガードが下がったところを襲うのは…
「…ッチ、さすがに当たらないか」
「さすがは元チャンピオンね。ヒヤッとさせるわ」
その言葉は嫌味ではないだろう。
足先に残るは額の感触。
さきほど放ったのは右上段のハイキック。
私が現役時代一番得意としていた必殺技だ。
「今のは当たったと思うけど。さすがは現役部員ね」
称賛は本音を隠すあやかしだ。
〝避けた!? あのタイミングで!!?〟
放った時には完全にガードが下がっていた。
それに加えてタイミング、スピードともに申し分なかったはず。それを避けたとなると…
「はあッ!」
進藤咲が追撃に出る。
私はまた防戦一方になる。
〝どうするどうするどうする!?〟
時間がない。このままでは負ける。
判定はないけど負けが明らかな引き分けになる。
―――本音を言えば別にどっちだっていい。
こんな練習試合にもならないような組手、勝ち負けなんてどうだっていい。
負けるの何て別に悔しくない。
ここが本番じゃないし結果を出すのはここじゃない。
でも―――
やられっぱなしが面白いわけないよね。
「ちょ…離れなさいよ!」
攻撃から逃げるように相手にくっつく。
進藤咲が突き放すように押してくる。
当然だ。これでは攻撃の威力が半減される。ある程度の距離がなくては必殺の一撃はありえない。
あったとしてもここから相手を倒す技はそう多くないはずだ。
そう。
例えば相手を抱えての膝蹴りだとか―――
「凛ッ!?」
「先輩ッ!」
香蓮からだろうか、大きな悲鳴が上がる。
しかし、それと同時に相手も座り込み頭を押さえていた。
「時間だ。凛、後頭部は反則だぞ」
「分かってるって。狙いが外れたのよ」
よろよろと立ち上がりながら父さんに告げた。
それは進藤咲が私の両肩を掴み抱える瞬間だった。
自分の懐へと押し込み膝を入れようとする瞬間、私は前方に宙返りを行い、相手に蹴りを見舞ったのだ。それこそ完璧なタイミングで。俗に言う銅回し回転蹴りという技だった。
体力もない、精巧な技術も落ちている私にはカウンターの一撃しか残されていなかったのだ。後頭部に当たったのは完全に私の失敗だ。まあ簡単な技じゃないしね。
「確かにな。しかし、久しぶりにしては良い空手だったぞ」
周りから拍手が送られる。
笑顔だったり歓声だったり…香蓮にいたっては何故か泣いていた。
「試すようなことしてごめんなさい。これからよろしくね」
いつの間に立ちあがったのか進藤咲が握手を求めてくる。
私はその手を取ることなく、その場にへたり込む。
「―――!? 如月さん! 如月さんッ!?」
どうやら体力の限界が来たみたいだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「…ここは」
上半身を起こして周りを見渡す。
すぐに道場の一室と理解する。
そういえば組手のあとに倒れたんだっけ、私。記憶が鮮明なだけに恥ずかしいな。
「あっ、目が覚めたみたいね」
そんな事を考えていると部屋の扉が開いた。進藤咲だ。なに、倒れた責任でも感じてんの?
「別に感じてないよ。私だって頭まだ痛いし」
頭を振ってガンガンするとジェスチャーする。一本取れなかったのは癪だけど、爪痕は残せたみたいね。久しぶりにしちゃあ上出来でしょ。
「自画自賛ね」
「謙遜はしない主義なの。悪い?」
「ううん全然。それよりさ…如月さん」
「うん?」
「どうして試合に出てくれようと思ったの?」
「唐突ね。それに頼んだのはアナタのはずだけど?」
「そうだよ。でも、始め断ったじゃない。試合には出ないって。それがどうして?」
「ああ。そういうこと…」
別に大したことじゃない…なんて言葉が口から出てすぐ止めた。先輩の顔が真剣で、ただ何となく聞いて来たんじゃないって分かったから。
私は見つめ返すとちょっとだけ頬を染めた。本音を語るのはいつだって恥ずかしい。
「アンタが私と似ていたからよ」
「どういうこと?」
「私はね、ただ試合に勝ちたいから依頼して来たと思ったの。でも、ホントは違ったでしょ。勝ちたいのは先輩の為であって自分の為じゃなかった。批判されるの覚悟で依頼して来たんなら助けてあげようって思ったの。ただ、それだけよ」
むかしイジメられてた子を助けた事があった。
ダメだと知っていたけど空手で相手を伸してしまった。倒してしまった。
あの時はみんな小さかったし仕方がない部分がある。
それでも空手を失ってしまったのは事実で、家族以外誰も庇ってくれなかったのも事実だ。
だからなのか助けてあげたくなった。
人の為に動くというのなら。批判覚悟で依頼してくるならと。
我ながら単純だなって思うけど、これが私だからしょうがない。
「そっか…ねえ、如月さん」
「なに?」
「改めてよろしく。私あなたに頼んで良かったわ」
「…良い迷惑だわ、ホント」
差し出された手を握る。
しばらく見つめ合うと、何故か声を出して笑う。
不思議と悪い気分じゃない自分がいた。
読んでいただきありがとうございます。
長くなってすいません。次回でこの話は最後になります。
また、よろしくお願いします。




