あとで話しあるから逃げないでね
さっそく私たちは選手と共に学校の外へと移動した。
目的地に着いたのは時間にして二十分といったところだろう。
駅の近く。不定期に流れる電車の音を聞きながらとある看板が目に入る。
『不心会本部』
なんだかヤクザの事務所みたいだがさにあらず。
怪しくもなければ犯罪まがいの集団でも決してない。
正真正銘、私のお父さんがやってる道場だった。
「ここよ。ま、知ってると思うけどね」
「やってやるですー」
私は振り返ってそう告げる。
もう気付いてると思うけど私たちはこの父が所有する道場でトレーニングに来たのだ。
理由は単純。
学校の部活のような生温い環境ではなく徹底的に選手たちを追い込むためだ。
もちろん部活でも追い込むことは出来るだろうが、しかし、現状の空手部では追い込むことはおろか練習相手すら探すのが困難な状態である。
同じ相手に対して何度も何度も組手を繰り返すだけでは技術の発展は望めまい。それどころか体力の向上すら難しいだろう。勝ちたい気持ちがあっても環境が整わなければ結果は付いてこない。
なればこそ、この出稽古は勝つ為の必然といっても過言ではないのだ。
「まさかこの道場で練習するだなんて…」
「咲が言ったんでしょ。ほら行くわよ」
案外…と言っては失礼だろうか。
進藤咲とは違い美樹先輩は乗り気みたいだ。組手得意そうには見えないけど得意なの?
「どっちかというと型の方が得意ね。組手は全然」
「そんなことないですよ。美樹先輩は組手もすっごく強いです! 柚子も見習ってるですよ」
「ありがとう柚子。でも、得意なのは咲の方ね。去年の新人戦で三位に入ってるから」
「あ、そうなの? じゃあ何でそんなにびびってるのよ?」
「ここの道場って豪傑揃いで有名じゃない。さすがにちょっと身構えるわよ」
「別に命取られるわけじゃなし。腹決めなさいよね。言い出しっぺが情けない」
「如月凛! 咲先輩に向かってなんだその口の利き方は―――」
「うっさいわ、ちびっ子」
「ふぎゃっ! 頭を殴るとは反則だぞ如月凛!」
私より遥かに小さな少女が真横で叫ぶ。
このある意味で一番うるさい一年生が三人目の選手らしい。
香蓮が不思議そうに呟く
「本当に高校生?」
「あ、このクソ金髪。今、完全に舐めた口利きまちたね」
「噛んでるけど」
「うるさいです! まあ私はともかく先輩たちに舐めた態度は取らないで下さい! 空手部がバカにされます!」
「はあ…ますます不安だわ」
頭痛を何とか抑えながら全員で門を潜ると道場の中へと入って行く。
皆一様に緊張しているようだったが練習場へと入る前に父さんが迎えてくれた。
「「「ヒッッ!?」」」
身長百九十センチ以上で体重百二十キロの超巨体。
そのあまりのバカげた体躯に皆が驚いている。というか悲鳴にも似た声を上げる。まあ仕方ないか。日本はおろか海外でもまず見ない体格だしね。
ただ、しかし。
そんな巨体を前にして元気いっぱいに飛び出す奴ひとり。香蓮だ。
「叔父様! お久しぶりです!」
「お、香蓮ちゃん久しぶりだな!」
ワハハと笑いながら談笑する金髪と拳士郎。
私は目を丸くする。
「ねえ…アンタ達仲良過ぎじゃない?」
「そう? まあそうね。この前遊びに来た時から良く連絡取ってるわ」
「へえ…そうなの。父さん、あとで話しあるから逃げないでね」
「はい……」
思いっきり項垂れてるけど当然だからね?
私が娘だったから良かったものの警察だったら捕まえてるわよ。本気で気を付けてよね、まったく。
「あのこちらの方は…」
美樹先輩が恐る恐るといった感じで訪ねてくる。そうか、まあ似てないから分からないか。
「この人は如月拳士郎。私のお父さんで道場の師範よ」
空手部が一様に頭を下げた。
「試合までよろしくお願いします」
「気にするな気にするな。俺も久しぶりに凛が空手やるって聞いて嬉しくってな。どうぞ入ってくれ」
父さんは無邪気に笑いかけると空手部の面々を道場内へと案内する。
中へと入ると地響きのような掛け声が足元から響いてくる。
どうしようもない多幸感が全身を駆け巡る。
――――やっぱりいいな、空手は。
「よし! みんな挨拶して、さっそく始めるわよ!」
私たちは道場生に一礼すると、すぐさま練習に参加することになった。
読んでいただきありがとうございました。
また、次回よろしくお願いします。




