山形だし恐るべし
「あっ! こら」
私は行儀悪いとは思いつつも匂いに釣られ目に入った料理を手づかみで口へと運ぶ。
「んー! 美味っしい! お姉ちゃんコレなに!?」
「もう、しょうがないんだから…。それはね〝大葉餃子〟っていうの。食感がいいのよ」
確かに噛めば噛むほどお肉に加えキャベツやネギのシャキシャキといった食感が口に広がる。野菜多めのヘルシーな味わいは夏バテには嬉しい。そこに加え爽やかな大葉のアクセントが更なる食欲を増進させる。一つ二つ食べたぐらいでは満足出来そうもない。
「餃子は炭水化物とタンパク質を同時に取れる優れものの料理だからね。夏バテに活用しない手はないわ。ニンニクも入って効果は抜群だもの」
「ホンットに美味しいよコレ! すっごい食べやすいし」
私は気が付けば十個はあっただろう大葉餃子を一瞬にして食べきってしまった。
こんなに夢中で食べたのは何日ぶりだろう。姉の本気恐るべし。
「お姉ちゃんこっちは?」
もう待ちきれないといった感じで箸を進める私に姉は苦笑すると、どこか嬉しそうに答えてくれた。
「ただの豆腐よ。ただし〝山形だし〟を掛けてあるけどね」
「山形だし?」
聴き慣れない単語に思わずオウム返ししてしまう。姉は得意気に答えてくれた。
「その名の通り山形の郷土料理なんだけどね。きゅうり、なす、生姜にみょうが、それらを細かくして、かごめ昆布で粘り気を出した後に醤油、みりん、酢なんかで味付けすんのよ。夏バテに最適で美味しいのよ。食べてみて」
言われた通り山形だしの乗った豆腐を口へと運ぶ。
「思ったより食べやすいね…コレ。…しかも美味しい」
「でしょ?」
得意気に笑う姉は嬉しそう。とはいえ、お世辞で言っているわけではない。
口の中で崩れる豆腐に細かく刻んだ野菜が絡まる。このアクセントが良い。何度も何度も噛んで確かめたくなる。クセの強くない味付けもかごめ昆布の粘り気のおかげで十分なほどの味を引き出している。
夏バテで味の濃い食べ物がのどを通らなくなっている現状を鑑みればこれ以上のない味付けだった。
一丁の半分はあっただろう豆腐をまたしても一瞬で食べきってしまう。山形だし恐るべしだ。
「ご飯に乗せても美味しいのよそれ。今度やってみましょ」
「あ…そういえばご飯は?」
「もちろんあるわよ。ちょっと待ってなさい」
姉は茶碗にご飯を装うとご飯の上に何かを乗せていく。急須でお茶を掛けると目の前に置いた。
「はいどうぞ」
ご飯の上に何を乗せてるんだろうと思ったけど。色合いからみて多分、鮭だろう。それにみょうがと細かく刻んだネギと海苔。そこにたっぷりの薄く濁ったお茶からいってこれは…
「…お茶漬け?」
「合ってるけど正しくはちょっと違うわね。食べてみなさい」
言われた通り茶碗を持って啜ってみる。すると…
「あっ、コレお茶じゃない!」
「分かった? それはね〝冷やし茶漬け〟っていうのよ」
「冷やし茶漬け…確かに冷たい」
「冷ましたご飯に昆布だしをかけて食べるのよ。鮭や梅干しなんかと一緒にね。どう? 食べやすいでしょ?」
ふわりと広がる薄い昆布だしに鮭の塩気が食欲をそそる。噛まずとも水分と共に流してしまえるのも嬉しい。喉が潤うとともに胃袋も満たされていく。
「…普段冷たいお茶漬けなんて食べないけど、すっごい食べやすい。なんか優しい味だね」
「水分を取りながら栄養も取れて丁度良いでしょ。今の楓がご飯を食べるならこれ以上はないと思うわ」
「………」
「楓?」
私はご飯を噛みしめる以上にその言葉を噛みしめる。
いや、吟味する。
〝今の楓が〟
その言葉が意味するところは何なのか。答えは考えるまでも無い。
普段はダメでうざい姉だけれど、こんなにも自分を気にしてくれている、見てくれているのだろう。
「お姉ちゃん…」
ただそれだけが嬉しくて…
胃袋が満たされるよりも先に満たされてしまった心の声が、思わず口から漏れてしまう。
「ありがと」
真っ直ぐで最短に。
ただし姉には聞こえないぐらいの小さな声で。
「なによ?」
「なんでもない。ちょっとぼうっとしてただけ」
私もこれ以上は言ったりしない。これ以上は野暮になる。
今のままが心地いい。
「ほら、楓! 箸が止まってるじゃない。ぼうっとしてる暇があるなら食べな。まだまだいっぱいあるんだからね」
笑みを浮かべる姉を見て再び心の中でお礼を告げると、私は久しぶりの食事を再開するのだった。




