むしろそれが陸上選手
「ただいまー…」
いつもより少しだけ強く玄関を開ける。
力無く玄関を開けていたのが日常だっただけに最近では珍しいことだった。
十日ほど前から部活動が開始され、連日の猛暑に気力も体力も奪われているのだ。
四十度を超えた当初は熱中症を危惧して体育や部活は中止になっていた。しかし、もうじき夏休みを迎える今後は県大会や全国大会が待ち構えている。練習再開に保護者や自治区から強い反対があったらしいが、監督が有無を言わせなかったらしい。頼もしいやら怖いやらだ。
ただ無論、私、如月楓も練習再開には賛成だった。
県大会ならまだしも全国ともなれば結果を残すのは難しい。
中学最後の夏。
悔いの残らない大会にしたい。それに負けたとしても暑すぎて練習できませんでしたなんてギャグにもならない言い訳はしたくない。
だからこそ、この連日すり減らしている気力や体力も言ってしまえば充実している証拠ではあるのだ。
―――ただ一点を覗いては。
「…お腹減った」
そう。
連日の猛暑が生んだもう一つの弊害。それが夏バテだった。
陸上選手だし暑さを我慢しての練習は慣れている。むしろそれが陸上選手だとも思ってる。キツイ練習はチームの連帯感ともつながる。だから今の環境は実はそう悪くない。今まで以上に集中できるまである。
しかし…これは予想外だった。
失われた水分を補う内、取り過ぎた水分は私から徐々に食欲を奪っていったのだ。
家に帰っても食事が出来ず水分ばかり取ってしまう。サプリメントは取ってるけどアレは名前の通り補助でしかない。食事をしっかりとった方が良いに決まってる。
クツを脱ぐと行儀悪くも匂いで晩御飯を予想してみる。いつもなら気持ち悪くなってる頃だけど今日は違うのだ。心が躍ってるのが自分でも分かる。
『晩御飯楽しみにしてて。今日はきっと食べられるわよ』
今朝、玄関から出るとき姉がそんなことを言っていたのだ。
姉が腕によりをかけて、しかも楽しみにしててなんて言われたら期待しない方が無理がある。玄関を開けた時に力が入ってしまったのも期待の裏返しに違いない。
私は着替えると真っ先にキッチンへとむかった。
「来たわね、楓。さっ食べて食べて」
エプロン姿の姉は、もう出来てるわよと付け加える。
テーブルの上にはこれでもかというくらい、いくつもの料理が出来上がっていた。




