これも昔の教訓だ
身体を洗ったら湯船へとつかる。
お風呂が壊れたって聞いたときは暑かったし水でいいやとも思ったけど、いざ湯船につかると風呂のありがたみがわかる。
なんかこう一日の疲れがどっと溶けるような感覚。
暖かいお風呂に心と体も癒やされる。
人も少ないし全身を伸ばしてみようか。
楓が怒るかもしれないけどこれぐらいは許してくれるよね。
「ん~……最っ高」
自身の体重が浮力で幾分か軽くなったせいか心までも軽く感じる。
日頃のストレスまでも軽減される。
やっぱり銭湯だし単純にデカいっていうのが開放感を煽るのかしら。
高い天井、家の数倍はある湯船に大きな脱衣所。
すべてが非日常。
この些細な非日常が私を日常から切り離してくれている。
いわばちょっとした現実逃避。
面倒くさいって思ったけどたった三百円程度でこれだけの非日常を味わえるなら今後も継続してこようかな。
ストレス社会に負けて鬱病になっちゃったら大変だしね。
「なに言ってんだか」
洗ってあげた髪や身体の泡を流し終わったのか、髪をアップにした楓が嫌みと供に湯船へとつかる。言っておくけど私だってストレスぐらい感じてますから。
「お姉ちゃんのストレスは普通の人の半分ぐらいだと思うよ。そもそも人と関わらないし」
「そうだけど、だからこそストレスも人一倍だと思うんだけど。変な奴がよってくるし」
「例えば…ってやっぱり言わなくて良い。一人しかいないから」
楓がゲンナリした顔で言う。
きっと頭の中は金髪一色に染まっていることだろう。
全然馬が合わないからね。仕方ないね。
「はあ…どうしてお姉ちゃんの周りには人が集まってくるのか」
「いや全然集まってないわよ。自分から関わらないから基本ぼっちだし」
「それでも人が寄って来てるでしょ? どうせ周りからも視線集めまくってるのに気づいてないだけだよ」
「そうかな?」
「そうだよ。話しかけたいけど何話したら良いかわからないから話しかけてこないだけで、みんなお姉ちゃんのこと気にしてるよ。絶対」
「…………」
そう言われると考えてしまうな。
果たしてそうなのだろうか―――と。
私は周りのことをあまり気にしないし感心もない。
冷たいと言われればそれまでだが自分ではそうではないと思っている。
大切な人だって当然いる。
しかし人と関わるのはそれこそ諸刃の剣だ。
自分を守る盾にもなれば自分を必要以上に傷つける矛にもなる。
この年で何を言ってるんだと思うけど、これも昔の教訓だ。
ある種の痛みを知ったからこその今がある。
仮に人と関わらない今が間違っているのなら今後に生かせばいいだけのこと。
過去は変えられないけど心の持ちようは変えられる。
〝気にしてくれてる…か。それはそれで嬉しいけど…そうね、今は取り敢えず…〟
「ちょ…ちょっとお姉ちゃん!? 急になに!?」
「良いじゃんたまには」
そっと楓の肩に頭をおく。
そうだ。心の持ちようはいつだって変えられる。
でも、今はその時じゃない。
両親や楓…今なら香蓮なんかも入れてもいいかも。
今の私はこの人たちを気にかけるので精一杯。
後悔は無くしていくためにあると思ってるけど…なればこそ―――今はこれが正しい。
「もう…意味分かんない」
楓は頭を除けることはしなかった。
湯舟が熱く感じる。
もちろん錯覚かもしれない。でも、さっきよりも心が満たされたのは間違いではないだろう。
顔を紅潮させて照れてる楓を見る限り私は凄く幸せなのだから。




