すっごい怒ってるけどなんなの? 生理?
「お姉ちゃん…悲報です」
ノックと同時に何やら神妙な顔付の我が妹、楓が部屋に入って来る。
自宅でここまで深刻な顔はあまり見ない。
私はごくりと生唾を飲み込んだ。
何事か聞く前に楓が喋り出した。
「お風呂の…お風呂のお湯が出なくなってる」
「……は?」
「まったくついてないわね」
午後十九時。
私たち姉妹は外灯だけになった街中を闊歩する。
楓から知らせを受けたあと私もお風呂を見たけど確かにお湯がまったく出てこず、素人の私たちでは修理はおろか何処を直したらいいのかも分からない状況だった。
簡単な修理になるなら今日ぐらい水でもいっかとも思ったけど、どうもそうはならないみたい。
面倒臭いなあと思いつつも、私たちは近くの銭湯に行くことにしたのだ。
「銭湯なんか久しぶりだね」
「だねえ。家に風呂があったら銭湯に行く意味ないもんね」
「そんなことないでしょ。広いお風呂に入るだけでも気分転換になるじゃん。私もテスト終わったし今日ぐらいはゆっくりお風呂入りたいもん」
月明かりに照らされた楓が空に向かって伸びをする。
スマブラ誘って来た時はいつ勉強してんだろって思ってたけど、どうやら妹なりにやっていたらしい。ただ、どっちかというと身体を動かしてる方が性に合ってるのかテスト期間中は本当に憂鬱そうだった。まあ身体を動かしてる方が気持ちいいよね。
「まあね。勉強も大事だから仕方ないけど」
「ご立派な考えですこと。でも受験はもっと大変だからね。今のうちにやっておいた方が正解よ」
「うん。頑張らないと西高受からないよね。今ぐらいだとギリギリって感じだし」
「…うーん、まあそうかもだけど。楓ってさ何で西高にこだわるの?」
「べ、べつにこだわってなんかないけど…」
「いやいやいや、こだわってるじゃないの。頑なに西高受けようとしてるし」
受験なんて特別な思いでも無い限り普通なら一つ下げたところ受けないだろうか。
別に西高じゃなくとも部活はできるだろうし、去年の結果を見るに県内の強豪校から推薦の話しが来ていてもおかしくはない。というか来ているだろう実際。
ならば楓が西高を受験する理由とは何なのか? 私にはその辺の理由がどうもわからない。楓は話してくれないしね。
「もう…なんでもいいじゃん別に。何処受けようがわたしの勝手でしょ」
「……もしかして私がいるから?」
「は!? な…ななななななにいって…」
「笑える、何取り乱してんのよ? 冗談よ冗談。楓がわたしを追っかけて西高受験するだなんてこれっぽっちも思ってないわよ」
「…そうですね」
「わたしが言うのも何だけど西高それなりに頭良いからね。でも仮に落ちたとしても楓ならどこ行っても将来に支障はないと思うわよ。どこでも気楽に受けなさい」
「そ、う、で、す、ね!」
「ちょ…今思いっきり殴ったでしょ!?」
「知りません」
あさっての方を向いて不機嫌面の楓。すっごい怒ってるけどなんなの? 生理? これだから女ってやつは。…まあ私も女ですけど。
外を闊歩すること十分。銭湯に到着する。
私たちはノレンを掻き分けて中へと入る…いや楓が付いて来ていなかった。
後ろを振り向いてみれば楓が入り口で立ち往生していた。
「なにしてんのよ楓。もしかしてまだ怒ってるの?」
「それもあるけど違う!」
それもあるんだ…
「じゃあなんなのよ…先に入っちゃうわよ?」
「私的にはそっちのが良いかも…」
「はあ? 何馬鹿なこと言ってんのよ一緒に入るわよ」
「ちょ…だからそれが…」
「なによ…」
顔を赤くして口籠っている。
口の中で逡巡した結果、ようやく楓が口を開く。
「い…一緒に入るのは……は…恥ずかしいっていうか…」
「…マジで言ってんの?」
楓からの返事はない。
ただ、声なく頷く楓を見て、これはマジだと私はようやく悟るのだった。




