わたし妊娠しそうだわ
「遅すぎよ如月凛!」
香蓮は腰に手を当ててお冠。しかも外が三十度近いからか額に汗を大量にかいている。キモすぎ。諦めて家に帰りなさいよ。
「キモいじゃないわよ! どうして出てこないわけ!?」
「理由なんかないわ。ただ面倒臭いだけよ」
「何回もLINEしてるのに返事もないし…」
「LINE? あっホントだ」
ポケットからスマホを出して確認する。
そこには二十件以上ものLINEが。
「送り過ぎ。怖いよ」
「怖くない! もういいから早く着替えてきなさい、行くわよ」
「は? どこ行く気よ?」
「私の家! 凛、特別に貴女を招待するわ!!」
右手を伸ばし、さぞ優雅に誘ってくる。光栄でしょ? とでも言いたげに。
私は自分の眉間に皺が寄ってるのが分かった。
「行かないわよ。バカじゃないの?」
「はああ!? なんでよ!!?」
「今日は用事あるもの。誘う前にちゃんと確認しなさいよ」
「したわよちゃんと! イライラするわね何回確認したと思ってるのよ!!」
ついに憤慨する香蓮さん。目の開き具合が尋常じゃないから美少女がしてはいけないお顔になってらっしゃる。ゴメンゴメン。そんな怒んないでよ。
「貴女が怒らして…はあ…もういいわ。で、今日はホントにダメなの?」
「ええ。父さんから頼まれごとがあるのよ」
「そっか…ならしょうがないわね」
「そうね。また今度お邪魔するわ」
「わかった。じゃあその用事に私も付いて行くから」
「うんまた学校でって…はああ!? なにしに付いて来んのよ!!?」
さらっとそんな事を言ってくる香蓮。つーか日本語おかしくない? 何が分かったのよ。
「なによ、一緒じゃ都合が悪いわけ?」
「別に悪かないけどさあ…」
言いながら思考を巡らせる。
どうせ大した用事じゃないから香蓮が付いて来てもぶっちゃけ問題ない。完全なる私用ではあるけども。
ああー…断る理由が見つからない。
「はあ…わかったわ。好きにしなさい」
「ホントに!? なら早速行きましょ!」
「言っとくけど面白いことなんて何一つないからね」
そんな小言は、もはや聞こえていないのかニコニコ顔の香蓮さん。
私は溜息を吐くと自室へと着替えに行くのだった。
電車に揺られること二駅分。
私たちは改札を下りると目的地へと向かっていく。
余談だがその間に分かったことがあった。
いや、正しくは再確認したというべきか。
それは宝城香蓮がとんでもない美少女だということだ。
すれ違う度に人がこちらを注視してるのがわかる。ハーフというだけでも珍しいのに、そこに芸能人のような容姿とくれば尚更だろう。
絹のような髪が揺れた。
金髪が私の頬をくすぐる。
うーん、煩わしい。
「いや、そこは褒めないさいよ」
「あら、ごめんなさい。声に出てた?」
「出てたわよ思いっきり。それより目的地は何処なの?」
「もう目の前よ。ほらここ」
「ここって…空手の道場じゃない!?」
「そうよ」
何とはなしに言ってはいるけど、まあ驚くのも無理はないか。
普通女子高生が来る場所じゃないしね。
「ま…まさかとは思うけど道場破りに来たわけ?」
「なわけないでしょ。ここ父さんがやってる道場なの。で、父さんに呼ばれたから来たってわけ」
「へー…そうなの。私、道場って初めて来たわ」
もの珍しそうに木造の道場に目を配る香蓮。海外生活が長ったみたいだし心にくるものはあるかもね。
私達は門を潜って道場の中へと入っていく。
玄関で靴を脱いでると気合の入った声が聞こえてくる。どうやら練習真っ只中という所らしい。
「凄い汗の匂い…凛、わたし妊娠しそうだわ」
「アンタ失礼過ぎるでしょ…ほら、挨拶いくわよ」
「ええ…―――ッッヒ!!?」
「香蓮…!?」
急に腕にしがみついて来る香蓮。
驚いているというより怯えているに近いかもしれない。
振り向けば百九十センチ以上はあろうかという大きな人影が覆いかぶさって来ていた。
私は反射的に香蓮を後ろに追いやると前に出た。
「誰よ、私たちは部外者じゃ…ってなんだ」
「え、なに知り合いなの?」
背中からひょっこり顔をだす香蓮。これぐらいしおらしいと可愛いな。いや今は別に関係ないか。
あのね、この人知り合いっていうか、
「久しぶりだなあ凛!! 元気にしてたか?」
「うわっ!? ちょっと放してよ!」
巨躯な身体を折り曲げて私に頬ずりをしてくる。ジョリジョリ髭が当たる。痛いよ痛いよ。はっきり言って気持ち悪いよ。
私が全力で顔を引きはがしてると香蓮が何やら思案していた。
「凛って…? じゃあもしかしてこの人が…」
「初めましてだな。金髪のお嬢さん」
なぜだか得意気に踏ん反り返っているこの男。
名は如月拳士郎。
正真正銘、私のお父さんだ。




