依存界の開拓者
「練習きつかったの、今日?」
「なんで?」
「なんでって単純に元気ないからだけど…」
時刻は十九時半、少し遅めの夕食時。
いつもなら帰って来るなり黙々と食べ続けるのに今日は毛色が違っていた。なんだか箸が進んでない。
好き嫌いするような子じゃないし、部活で疲れてるから食が進まないのかなって思ったんだけど違うわけ?
「…うん、これ見てよ」
テーブル越しに見してきたのはスマートフォン。
指さす場所に注目すればLINEの所に四十五件と表示されていた。
「迷惑メール?」
「違う。今日できた友達だよ」
「送り過ぎでしょ怖っ!? つーか今日できたってどういう意味!!?」
「…それが聞いてよ、お姉ちゃん」
小鳥がついばむ様に語りだす。
…なるほど。
楓がモテるのは知ってたけどまさか同性まで手籠めにするとは…我が妹ながら恐ろしい女だ。
まあでも、その対応は間違ってなかったって思うわよ?
相手を下手に傷付けるとしっぺ返し食らうかもしれないし。
「私も間違ってなかったって思うよ? でもたった三時間ぐらいの間でLINE四十五件て…怖いよ」
「それだけ楓のことが好きなのよ。っていうか依存に近いわね。橘さんは依存界の開拓者だわ」
「だわ!(ドヤッ)じゃないって!! もう…嬉しいけどいちいち返事してたらきりが無いよ」
「そんなに嫌なら送らないでって言えばいいじゃない。友達って言ってんなら尚更でしょ」
「お姉ちゃん…友達っていうのはそんな単純なものでもないんだよ。気兼ねなしに言いたいこと言ってたら周りに人がいなくなって寂しい思いをするんだよ。わかる?」
「なんで私が妹に友達論を講義されてるんだろ…」
「お姉ちゃんが的外れなこと言うからだよ」
「そっかな? 別にいなくなったらいなくなったでそれはそれじゃない? 百人の友達より一人の親友の方が大事だわ」
「百人の友達はもちろん一人の友達もいないじゃん」
「辛辣過ぎる…」
心の靄を吐き出したいのかいつもより毒が増している。
ただ、楓の言う事も分からないでもない。というより女子というのは基本保守的な考えをする生き物なのだろう。その辺はきっと私の方がずれてるに違いない。
しかし、分かっているからといってそれが出来るかといえば大きな間違いで……。
結論を端的に述べれば結局女ってホント面倒臭いにいきつく。
何度考えても、妹様に講義されてもこの考えは変わらないだろう。
姉妹でこうも違いがでるか。
私はどこか冷めてる所があるけど、楓はやっぱり何だかんだで…
「優しいんだね」
「なにが優しいの?」
「ん? あ、あはは…こっちの話しよこっちの。まあ楓の考えは分かるけど、お姉ちゃん的には楓が困ってるのは見たくないから楓が負担にならない方法を選択して欲しいな。夕飯は美味しく食べたいし」
「お姉ちゃん…。うん、そうだね」
楓が味噌汁を啜る。
お椀に隠れてない部分が若干朱色だけど…なんだ照れてるのか?
「照れてない! お姉ちゃんの言う事は分かったけどそろそろお姉ちゃんも友達ぐらい作ったら? 学校が楽しくなるよ」
「お気遣いどうも。でも、心配には及ばないわ。というより、居ない方が良かったぐらい」
「どういうこと?」
「これ見てよ。私は嫌だって言ってんのに…」
見せたのはゲーセンで取ったプリクラ。
香蓮がどうしても記念に取りたいと言いだしたので帰りに仕方無く取ったのだ。今日の夕飯はそれで少し遅れた。
「……ふーん、何で金髪?」
楓が何故かムスッとしている。
友達作れってアンタが言ったんじゃ…って今は詰問に答えないと。
「ああ、日本とイギリスのハーフなんだって。宝城香蓮っていうの」
「……ふーん、詳しいね」
「べ、べつに詳しくないわよ。聞いてもいないのに自分から話してくるんだもの」
「……ふーん、それで夕飯は遅れたと?」
「いや断り切れなくってさ…」
「……ふーん、人には嫌なら嫌ってはっきり言えっていっといてそれなの?」
「はうー…ゴメン」
「はあ…もういいよ」
「……すいません」
完全に地雷踏んじゃったね。
小さな声で『せっかく嬉しかったのに』とか言ってるけど、ここで調子に乗ってたらきっと殺されちゃうよね? ダメなお姉ちゃんでもそれぐらいの女心は分かるよ。ちょっと遅かったけど。
向かいから溢れ出る負のオーラ。
私はそれから逃げるように御飯を平らげていくのだった。