これぐらいやってみせるから
教室に静寂が包みこむ。
私は勿論のこと涼も黙秘を決め込んでいた。
今まで、どんな案件を取り扱ってきたのかは知らないが、もしかしたら“告白を手伝って”というのは珍しい依頼なのかもしれない。
二人とも動いたら負けといわんばかりにお互いの出方を伺っていた。
「ゴメン…、やっぱりこういうのは専門外だったのかな?」
答えを待たされたためか、表情に不安を覗かせる。
私も、どう答えたらいいのかわからず涼の方に視線をやる。と、アイツも無言で視線を送ってきているところだった。ついで、その目が語っている。
“お前が答えろ”と。
なんで私が!? とこちらも無言で抗議するが完全無視。
新人の異論は当然の如く聞き入れて貰えず私は溜息交じりに答えるしかなかった。
「…まあ、なんというか……」
考えてみれば手伝ってと言われどうすればいいのかなんて誰にもわからないのかも知れない。
それはきっと洋介も。
───じゃあ私はどうすればいいのか?
なんて……そんなの決まってる。
安い挑発に乗るつもりもないけど、やることはやらないとね。
「予想してたような仕事とは違ったけど…まあ、しょうがないね」
「───っ!?じゃあ!」
「ええ、今日からよろしくね、洋介くん」
「~~…うん!!こちらこそよろしくね!!如月さん!!」
「……………」
元を辿れば依頼を出して来たのは洋介なのにこの喜びよう。こちらとしては、仕事を受けただけで、そんな大袈裟に喜ばれると気恥ずかしくなる。
そんな大袈裟な感謝を目の前にされ、なにを声に出せばいいかわからずつい横を向いてやり過ごす。視線を泳がしていると、やけに仏頂面した奴と自然に目があった。
「勝手に話を進めておいて何も答えてやらないのかね。流石にあきれるよ」
「勝手に進めてって…いや、あんたが私に話ふったんじゃん」
なにを仏頂面してると思いきや自分で言ったことも忘れたか。
「別にふってなどいないさ、ただ、僕が答えるよりも君が答えた方が良いと思ってね」
「え?なんでよ」
さも当然だといわんばかりに答える涼にすかさず反論の声を上げる。
だって普通に考えておかしいでしょ。依頼に対する答えなら別に、涼が答えたところでなんの問題もないはず。
「確かにそうだ。しかし、それは僕が協力する場合に限る。言ってる意味が分かるか?」
いいえ、まったくわかりません。
「この問題は君達だけで解決して貰うと言っている。だから君に答えてもらった」
「───っ!ちょっと待ってよ!?聞いてない!」
「今言った。元よりこの件に関しては君に一任するつもりだったしな」
元からというからには、私が来る前から、新人が来たらこの依頼を一任するつもりだったのだろうか?
それとも私だから任せたのだろうか? 答えはわからないが、どちらにせよ納得出来る理由ではなさそうだ。
「何急に知らん振りしてんのよ!私達を頼りに来てるんだから、あんたも協力しなさいよ!」
「涼君は、こういうのは苦手だったりする?」
目の前で担当の押し付け合いを見せられ若干居心地悪そうに問うてくる洋介。
しまった……怒りのあまり彼の存在を忘れてたけど、こんなやりとり見せていいわけない。
私は、努めて冷静を保ちつつも、
「そんな顔しなくてもいいわ、洋介君。私が協力させるから。ていうか、一応この部活の長なんだから、やるのが筋よ」
「そ、そうかな?」
無理強いは良くないんじゃ、と付け足すと自信無さげに私達を見比べる。無理強いっていうか、手伝うのは当然の責務でしょ。
「それも無論だ。手伝いが必要とあらば手伝う。だが、ことがことだ。あまり、人数を増やしても変に怪しまれるだけであって、実際協力してやれることも少ない。違うか?」
「ぐぬ…!ま、まぁ確かに……」
言われてみればそのとおりかもしれない。しかも、適当なことを言って誤魔化すだろうと思っていたら、びっくりするぐらいの的を得た正論で説得力は二倍だ。
確かに協力といったところで日陰者、黒子に徹するしかない。あくまで主役は彼、洋介ただ一人である。従って表立って行動できるのも彼一人ということになる。
今から告白するっていう時に赤の他人がうろちょろするなどありえない。確かにそれはそう。
だが、私にはもう一つ別の疑問がある。
「あーもうわかった。それはわかったけど、あなた始めっから私に任せようと思ってたって言ったじゃない。あれはどういう意味なの」
率直な疑問。
大勢で行動できないから私一人でやるのは理解できた。が、それでは初めっから私に任せる理由にはならない。
涼は理由を聞かれるのを予測していたのか、めんどくさそうな素振りも見せずにこともなげに答えた。
「簡単だ。俺はまだ、君を認めていない。だから、これはテストのようなものだと思ってくれていい」
「ちょ、ちょっと!なによ急に!!」
思わず立ち上がる。一部始終の説明は受けたがテストがあるなど聞いていない。
「言ってないからな。それに、話の途中に口を挟むんじゃない。まだ続きがある」
「…………」
続きあると言われては聞かざるを得ず、お望みどおり、むーっと口を結んで席へと座り直す。なんなんですかいったい。
「良いか?なにも、完璧にこなせと言っているわけではない。君の雑な性格は、この数日間でなんとなく理解している。故に期待はしない。この総務部を続けるにあたり僕の助手としてやっていけるかどうかのテストだ。普通であればそれでいい」
「…………」
人知れず、こめかみに怒りマークを付けると、意識もせずに拳を握る。
どうして、コイツはこんなにも人をイライラさせるのか。もしかして狙ってやってるの?わざわざ座って話の続きを聞いたのがバカみたい。
「………ッッ!」
もう我慢の限界だった。
「———あんたねぇ!」
私は勢いよく立ち上がると机を叩いて睨みつける。
「わかったわよ!私一人でやってやるわよ!大体、あんたとは馬が合いそうにないし、私一人のが良いぐらいだわ!それと、」
止まれない。感情にまかせ、勢いよく宣言する。
「私は私の為に協力するの!テストなんかどうだっていいし、陰湿なあんたの助手になるためとかそんなんじゃ絶対ない!勘違いしないでよ!いい?わかった!?」
感情に任せて、まくし立てる。
気が付けば私は私の怒りを全力でぶつけていた。本気で怒るなど、あの時以来記憶にない。
「…………」
「………あっ…」
激怒した瞬間に場が凍りついたかのように止まる。
そんな冷たい空気が、頭を冷やせとでも言うように私をさして冷静にさせる。
やってしまったと心の中で叫びながら、こうして感情的になったあとは決まって自責の年に駆られるんだよなと思い出す。
「あー、ああーと…その……」
今度は明らかに私が言いすぎた。
おずおずと、席に座り直し下を向く。たまに感情的になるとこれだ。アイツが悪いとはいえ、怒った私も悪い。
「まぁまぁ、如月さんもそんなに怒らないで、ね?ほら、涼君も悪気があったわけではないんだし」
いや、悪気はあったでしょ?と突っ込みたい気分をなんとか押さえ、バツが悪くもこのままではいかず視線を上にあげると、視線の端に映る涼は両肘を机に付いたまま手を組み、それを口元に当てるとジッと前を見据えていた。
だから、口元が見えた訳ではない。
訳ではないが、完全に頬が緩んでいたのを私は見た。
「やめて!止めないで洋介君!!」
「せっかくいい具合に落ち着きそうだったのに、涼君笑わないでよ!」
私を抑えながら、洋介が避難の声をあげる。
それを見て、今度は手を崩し涼が満面の笑みを見せる。……やっぱり笑ってやがった。
「まぁ、なんだ……」
ここで何か言おうものなら、また喰ってかかるところ。だが、涼もそこまでバカじゃないのか、引く所は引くようで、
「君の気持ちはわかった。だが、一人でやってもらうのは事実だ。相談には乗るが、基本的に僕はあまり関与しない。いいかね?」
そう言って、私を見る彼の顔には、いつ消したのか聞きたいくらいに、もうバカにするような笑みはなくなっていた。
一歩引く───というよりさらに前に出てきて本気でやれるのか、仕事を受けるかどうか聞いてくる感じだ。
「フン………」
正直、なにを今更と思う。
「望むところよ、これぐらいやってみせるから」
「───そうか」
涼はメガネを外して視線を横へと向けるとそれだけ口にして返事をするのだった。
読んで下さりありがとうございます。
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