この天然ジゴロ…
後半になると時間はあっという間に過ぎて行った。実施される競技自体が一つひとつ長いのもあるかもしれない。部活対抗リレーの順番が来るのは思いのほか早かった。
競技アナウンスが入り移動が始まる。各部活対抗リレー出場選手がグラウンドに集まって来る。
「対決…あまり乗り気がしないなあ」
この期に及んでぼやくのは楓である。昔から私のやることなすこと文句を言いなさる。でも今日の発端は香蓮のはずだけど? あまり文句ばっか言ってると嫌われるわよ。
「別に嫌われてもいいけど。だって私も嫌いだし」
「そういうなよ…。ものは考えようでしょ。実際良い事だってあったわけだし」
「例えば?」
「今日参加出来たおかげでいろんな先輩達と知り合いになれたじゃない。勉強のモチベーションも上がったんじゃない?」
「…まあいい気分転換にはなったかな」
「ふふっ…ほら良いことあったじゃない」
素直は美徳だ。さっきまで悪態ついてたくせに可愛くて笑ってしまう。しかも顔立ちが整ってるから可愛さも際立つ。その顔に生んでくれた親に感謝しなきゃね。
「うん。ホントお父さんに似なくて良かった。お母さんに感謝しなきゃ」
「否定しないけど父さん泣くよそれ」
「お姉ちゃんも似たようなこと言ってるじゃん。あ、そうこうしてたらみんなこっち来たよ」
楓が見つめる先にはリレーメンバーが勢ぞろい。香蓮や涼、未来がこちらに向かってくる。
香蓮が周りを見渡して言った。
「いよいよねみんなっ! 頑張って空手部に…いえ全部活に圧勝するわよ!」
「その前に謝らんか」
「いたっ!? た…叩いたわね凛っ!! 親にだってぶたれたことないのに! 責任とって結婚して!!」
「うるさっ…香蓮さんうるさ」
「んなんですって!?」
楓が心底うざそうにする。香蓮が激昂する。あんたらの気持ちは分からんでもないけど私から言わせると二人共うるさい。
「如月の言うとおりだ」
素っ気なく言い放ったのは我らが部長の涼だ。さすが役職が上なだけあってまとめ役といった感じ。
「なにが上の役職だ。そんなふうに扱ってきた事実が過去にあったか? キミ達が誰よりもやかましいから注意してるんだ」
「そらどうも。っていうかはっきり言っていいかしら?」
「なんだ言ってみろ」
「注意したっていうかただ単に緊張してるんでしょ。プレッシャーに押しつぶされそうだから口動かしただけじゃん」
「ぐ…」
バレてないとでも思っていたのか驚きと共に顔面を赤面させている。いやバレるでしょ。付き合いはそんなに長くないけどあなたの事は結構知ってるつもりよ。すぐ見栄を張るんだから。
とまあ私としては緊張をほぐす為のちょっとしたギャグみたいなものだったんだけど…涼はともかく皆の反応はとても冷たかった。
「お姉ちゃん…それを言うのは可哀想だよ」
「そうよ凛…いくら何でも自尊心を傷つけるのは良くないわ」
「相変わらず如月は口悪いね」
「……すいません」
誰かが言ってたんだけど戦争を終わらすには共通の敵を見つける事が一番なんだって。どういう意味とか思ってたんだけどその意味が分かった気がする。泣きたい。
「勝手に泣いてろ。俺は反対側のレーンだからもう行くぞ」
「はいはい。いってらっしゃい」
走る人数は五人。一人グラウンド半周ずつ走る。涼は二番だから私とは反対側。ちなみに最終アンカーの私はグラウンド一周走る事になっている。
「追い抜かれないでよ」
「やるだけやってみる。約束だしな。如月も…その…忘れるなよ」
「分かってるって。お互い頑張りましょ」
軽く手を振ってやると涼が照れ臭そうに表情を曇らせる。今さら別に照れなくてもいいじゃない。
「どういうことっ!!?」
「うわっ! びっくりしたあ~…なによきゅうに…」
顔を二センチぐらいの近距離まで近付けて興奮してるのは香蓮である。頭を捕まれて楓に引きはがされたけど別に楓は味方じゃないらしい。凄く私を睨んでる。
「あー…別に大した話しじゃないんだけどね…涼から映画誘われてるのよ。一緒に行かないかって」
「はあああああああっ!!!?」
「いやいやいやいや怒り過ぎでしょ! なんなのよ!」
二人して驚愕の声上げてるけどそんな驚くこと!? たいした話しじゃないじゃない。アイツが対決嫌がるから交換条件で行くだけなんだから。
「そういう問題じゃない。それってデートだよお姉ちゃん。空手部に勝っても結果一緒じゃん!」
「全然違うでしょ。柚子がなに言いだすかなんて分かったもんじゃないんだから」
空手部が勝った時の商品は何でも言う事聞くである。決して映画を見に行くとかじゃないし条件的には涼のが全然優しいと思うんだけど。
「はああ分かってない! お姉ちゃん全っ然分かってない!!」
「凛って人を弄ぶ天才よね。好きだけど」
「如月。謝りな」
「…ごめんなさい」
呆れる面々に気圧されつつそれぞれのレーンへと移動する。なんか納得いかないなあとか思ってると第三走者の未来が言った。
「みんな如月のことが好きなのよ」
「なんの話しよ」
「さっきの話し。結局勝負だなんだって言ってるけどみんな如月のこと大好きなのよ」
「はあ…」
「だから誰かが如月と二人でいるのが許せないのよ。単純に嫉妬ね。この場合」
「なによそれ? はあ…はた迷惑な話しね」
「そうね。でも自業自得だとも思うわよ」
「? どうしてよ?」
「そりゃ…わたしも…だから…」
「あ? なんだってヤンキー?」
「そういうところはマジ嫌いっだっつったの! ほら空手部がこっち来たわよ」
肩を怒らせながら準備運動をする未来に笑っていると柚子が近づいてくる。どうやら同じアンカーらしい。
「おい如月! どうやら決着の時が来たようでしね!」
「そだけど…大丈夫?」
「何がでしかっ!」
「足ガックガクに震えてるけど」
「ふえっ!!?」
まさかみたいな感じで自分の足見てるけど震度五くらいの勢いで震えてるからね。ツッコんじゃダメかとも考えたけど無視しろって方が無理よ。だって笑っちゃうもん。
「またバカにしてえ~こ…これは武者震いってやつです! 真剣勝負の前の!!」
「あらそう。べつに何でもいいけど。あと柚子、一つだけ言っときたい事があるんだけど」
「な…なんですか改まって」
なんとなく口調が変わったのが気になったのか少しだけ後ずさる。別に怒っちゃいないけど勘違いされたくないんだよね。さっきからさ。
「あのねえ…私べつに柚子の事バカになんかしてないからね」
「へ?」
「だから舐めてなんかないって言ってんの。アンタ勘違いしてるけど別に下になんかみてないわ」
柚子は前から勘違いをしている。
私は別に柚子の事をバカになんかしてないし舐めてもいない。相手にしてないなんてこともない。それどころか気にしてる方だと思う。何だかんだでこうして対決だって受けて立つんだ。
「そうね。今日でいえばライバルって感じかしら?」
「ライ…バル……」
うんそうだ。この関係こそ私たちを示す最適解ではないだろうか。
一瞬、戸惑うような表情を見せて固まっていたものの徐々に顔色が変化していく。照れたような虚を突かれたような感じだ。
「そ、そ、その言葉忘れるなよっ! 今日こそ絶対負かしてやるんだからな!」
そう言い捨てるとさっきの未来ばりに肩を怒らせて去っていく。少し顔が朱色に染まっていたのは何故だろう? やはりお怒りだったのだろうか。
そんなようなやり取りを見ていた一番走者の楓がぼそりと呟く。
「この天然ジゴロ…」
は? いったい誰の事?
私にはさっぱり分からなかった。
読んで下さりありがとうございます。
また更新します。