棘 ト 角砂糖
20XX年。
理事長室は核の炎に包まれた。
喉は枯れ、地は裂けあらゆるは思考力は絶滅したかに見えた。
しかし、僕は考えるのを辞めてはいなかった。
核戦争は全ての思考を破壊し、理事長室は一人の女子が支配する疑問と混乱の部屋になっていた。
『宮崎さん!?』
『宮崎さん…… 今何と?』
『あら、二人とも聞こえなかったのかしら?
“この学校を辞める”と言ったのよ』
〜文学乙女〜
〜棘 ト 角砂糖〜
どうやら理事長も驚きを隠せないらしい……
そりゃあそうだ、突如現れた生徒がいきなり爆弾発言をしているのだ。
それも問題児ではなく、国際的な超優良児がそれを言っているのだから……
『それは困った、君が居なくなるとこの学校の尊厳に関わる。
何より、私の大事なライバルが居なくなってしまう……』
『207戦 全敗の人をライバルとは呼ばないわ』
名残惜しそうに将棋の盤を触るおっちゃん。
なる程ね“例のアレ”とは将棋の事だったのねって凄い負けてんじゃんおっちゃん。
『せめて辞める前に、理由を聞かせて貰っても良いですか?』
『良いわ、理由はここに居る相内拓馬君よ』
へ? 僕?
『その子は昨日一緒に来た子だね。 彼は一体?』
『私達、付き合ってるの』
目の前が真っ白になる。
もし彼女が芸能界か何かに行った場合、さぞ事務所は大変だろう。
こんなにもプライベートをリークするアイドルは、常時ボーズで決まりだ。
前代未聞の野球部系アイドルが誕生する。
『それはまた……
節操のある関係をして下さいね』
『そのつもりよ。
ただ、残念な事にこの学校は私達二人の仲を引き裂こうとしている』
『物騒な話ですね、それは何故?』
『そんなの知らないわ。
大方、私が持ってる大量のガラクタと進路先とのコネクションって所かしら?
確かにこの学校は私によくしてくれる。
図書室も、大会の申請も、そしてこの学校の長である貴方との関係も……
でもね、相内君と付き合えないのならそんなの全部ゴミ同然。
それら全てを足して100だとしたら、相内君は500億以上ね、話にならないわ。
この学校に居る以上、彼と付き合えないのなら。
私はこの学校を辞めるしか無い』
何だかむず痒く、赤面必須の発言だけれど、本人は至って真面目なんだと思う。
惚気話にしては空気を凍りつかせるのが上手だ。
理事長は黙ったまま、宮崎さんも沈黙を続けてる。
こんなに攻撃的な一面もあったなんて……
今後、もし何かがあり喧嘩する事になった場合、絶対口喧嘩は避けよう。
じゃんけんとかそんなので決着をつけよう。
『そうですか…… それは困りますね、何とか考え直して貰えないでしょうか?』
『そうね、条件次第では、考え直しても良いいわ』
『その条件とは?』
まるで学生と理事長が行う会話では無い。
僕が入り込む隙間も無いまま、会話が猛スピードで展開されていく。
チョットだけヤムチャの気持ちが分かる気がした。
『まず、むこう二年間、私達の関係に干渉しない。
これは絶対条件よ、外せないわ。
次に、図書室の蔵書および管理に関しては今まで通り私が行い。
書物の量を現状の1.5倍に増やす事。
いわば慰謝料ね、不当で不快な思いを受けたんだものこれぐらい当然だわ。
そしてこれらを学校関係者各位に徹底させる事、以上ね』
何だかサラリととんでも無い事を言い出したぞ?
そんな条件通るのか?
『仕方がないですね、分かりました』
通ったーー!!どんだけだーーー!!
『ただしこちらとしても条件があります』
ですよね……
無償であんな条件を飲む訳が無い。
何かを得るには何かを支払う必要がある。
等価交換と言うのなら、この身を鎧にされても構わないつもりだ!
『何かしら? 言っておくけれど、絶対条件に関わる事なら即却下よ?』
『そんな野暮な事はしませんよ。
まず、健やかなる関係を築き、学業に勤しむ事。
貴方達の本文は学業です、それを疎かにしてはいけません。
次に、図書室は今まで通りにしますが、増やす量は1.25倍にしてもらいます。
単純に置き場所がありません。
最後に、たまには私の相手もして下さい。
貴女が卒業するまでに一回は勝ちたいのでね』
あ、この人、良い人だ。
宮崎さんが出した条件は全て宮崎さんが有利に運ぶ物。
学校側にメリットは何ひとつ無い。
まさに条件と呼ぶに相応しい内容だ。
そして理事長が出した条件は、条件と言うより“お願い”に近い。
その差には天と地程の差がある。
宮崎さんの影響力はこんなにも凄いのか……
まあでも、これなら宮崎さんも
『気に入らないわね』
お断りします!?
この条件を飲めないって事は、ほぼ全ての条件が飲めないぞ!?
美食家で陶芸家の人でさえ認めるぞコレ!
『何処がダメなのかい?』
『最後ね。
私は一回も負ける事無く卒業するって決めてるの。
だから“たまには”じゃなくてちょくちょく来るわ。
私に勝とうなんて思わなくなるまでね』
『ハハハハッ!それは楽しみです!』
結局、終始僕が入る間もなく、話し合いはお互いの笑顔で終わった。
何だか凄い場に居た気がする。
つーか理事長、どんだけ将棋好きなんですか?
それともただの負けず嫌い?
いや、両方か。
何より、また宮崎さんの秘められた一面を見た気がして、何だか少し嬉しい。
一歩も引かず、優然と立ち向かうその姿は、ちょっと格好良かった。
『ところで、宮崎さんは何処からその情報を聞いたんですか?』
『そうね……』
その時、初めて目が合い軽くウィンクされる。
無表情のウィンクは中々妙な物だね。
『相内君、ちょっと耳を塞いでいてくれるかしら?』
『え?』
『流石の私も今回の件は頭に来たの。
だから耳を塞いでくれるかしら?』
何かも分からぬまま耳を塞ぐフリをする。
“頭に来た=耳を塞ぐ”
が、どうしても結びつかないので、何が起きるのかとても気になる。
僕が耳を塞いだ(フリだけど)事を確認すると。
彼女は理事長に向かい、新たな一面を曝け出した。
『私の担任の【自主規制】です』
oh…… コレはひどい。
その後“ちょっと早急に電話をしないといけなくなってしまった”と言った理事長によって、僕等はその場を後にする。
何だかとても長い一日だった気がする。
正直チョット疲れたよ……
今なら絵画の前で寝れるかもしれない。
『随分と嬉しそうね?』
帰り道に先に声をかけたのは宮崎さんの方だった。
『実際、僕もかなり頭にキてたからね。
あれだけ強気にズバズバ言ってくれたら、僕としても気持ちが良かったよ!
でも、コレで本当に大丈夫なの?』
『大丈夫よ。
あの人、将棋は弱いけど本当に理事長だから上手くやってくれるわ』
『宮崎さんは凄いね。
学校に理事長が居たなんて初めて知ったよ!
てっきりどっかから来るタイプの人かと思ってた。
何処で知り合ったの?』
『私が8歳の時ね。将棋の先生よ』
何かもう、一々驚かなくなってる自分が逆に怖い。
『それよりも相内君』
『何?』
『理事長室での私の事、もっと聞かせてくれない?』
『え?ああ。
いやー本当凄かったよ! 一歩も引かずにさ!!
僕なんて何も出来ずに立ってただけだか』
『ストップ』
話が遮断される。
会話と共に、歩みも止める宮崎さん。
無論、僕だけ歩く訳にも行かないので足を止める。
真っ直ぐな目がこちらを見る。
全てを見透かした様なその瞳は、力強くまた、何処か憂いを帯びている様にも見えた。
『私があそこまで出来たのは、隣に相内君が居てくれたから。
相内君が居なかったら、私はあんな事絶対に出来ないわ』
『本当に?』
『本当よ、もしあのまま学校を辞める事になったらと思うと、今でも怖くなってくるもの』
『そうか。じゃあ尚更だ!!』
『え?』
『宮崎さんは怖くて怖くて仕方ないのに、それを自分で乗り越えたんでしょ?
なら尚更凄いと思うよ!!
普通の人は中々出来ないよ!
よく言うじゃん?
最大の敵は自分って』
『本当?』
『ああ本当だ!! 僕が保証する!』
『そう、ありがとう。
じゃあ“ご褒美”を貰っても良いかしら?』
『え?』
『ご褒美よ。
頑張った人には何かあるものでしょ?』
まさかその“ご褒美”とやら。
今、僕に求められている?
マズイぞ…… 今、財布にいくら入っていたっけ?
コンビニ行ったから少ない気がする!
相手は理事長にとんでもない条件を要求する人だ。
全ての要求に“一年分”のタグを付けてもおかしくない!
『僕が、で、出来る範囲なら何でも大丈夫です。出来る範囲なら』
『そう、それじゃあ……』
僕は言ったぞ?
大事な事だから二回言ったぞ?
出来る範囲=出来そうな範囲じゃないからね!!
料理出来る人と料理出来そうな人の差は僅かだけど深いからね!?
『頭……』
『はい?』
『頭を撫でて』
いやいや宮崎さん。
それは僕に対するご褒美ですよ?
思いもよらぬサプライズに、思わずテンションが上がる。
だ、ダメだ落ち着けcoolになるんだもしここでそんな鼻息を荒くしたら変態だと思われるあくまでも紳士にそう紳士になるんだべつにやらしいことはしてないんだそう髪を触るだけ触るだけなんだ何も変じゃないうひょーー
『良いのですか?』
『うん、お願い』
そう言って、差し出された頭に手を伸ばす。
や、柔らかい……
艶のある黒髪は、しっとりと手に吸い付く様な手触り。
よくCMでやってる“上質なシルク”と言うフレーズを彷彿とさせる感触。
何より、自分の彼女を撫でているという摩訶不思議なアドベンチャーで、胸がパチパチする。
『髪、凄い綺麗だね』
『ありがとう。私の自慢の一つなの』
触れば触る程、手放したくなくなるその魔性の黒髪は、まさにブラックホールだった。
なんだかあまり触っていると、壊れてしまいそうなので、少し気が引ける。
『ま、まだかな?』
『まだよ、もう少し続けて』
そう言って僕に頭を撫でられる宮崎さんは。
非常に満足そうな顔をしている。
目を閉じ、口を歪ませるその姿は。
まるで子猫の様に思えた……
もう二度と、この手は洗わない。
〜翌朝〜
『出席取るぞ〜 和田』
『はい』
この日から、僕等の生活は大きく変わる事になる。
まず最初の変化は、担任が変わった事だ。
別の人に変わった訳じゃ無いが何処か様子が変わった
『宮崎“さん”』
『はい』
この通り。
きっともう二度と僕等に対し何かを言う事は無いだろう。
『相内“君”』
『はい』
ここまで来れば、担任(笑)を許そう。
僕も大人だ、いつまでも昔の事をとやかく言うつもりは無い。
次の変化は我がクラスメイトの事だ。
宮崎さんの力添えもあり、僕のホモ疑惑は払拭された。
『なあ、相内悪かったって!!
だから機嫌治してくれよ!!!』
だが高橋、テメーはダメだ。
お昼休みに関しては。
『相内君、これ新しく作ってみたの。
食べて貰えるかしら?』
『喜んで頂くよ! 僕の方も新作があるんだ、宮崎さんも味見してね?』
以前よりもお供え物コーナーが充実した。
いつか夢の様な味を現代に復元出来る日は近い(多分)
『宮崎さん、もしよろしければ早速放課後にでもお相手をお願いでませんか?』
『ではお茶と菓子を用意して頂けるかしら?
勝利の後に飲む一杯は格別ですので。
あ、洗剤とスポンジありがとうございます』
いつの日か僕が将棋のルールを覚える日も近いと思う。
後で分かったのだけど、この理事長、元プロ棋士らしい。
僕にその凄さは分からないが。
世界一の物知り博士であるWikipediaは、遠回しに宮崎さんの恐ろしさを教えてくれた。
こんな感じで、僕の当たり前な日々は“新たな当たり前の日々”へと変化していった。
きっとこの先も色々とあると思う。
でも、宮崎さんと一緒なら何でも乗り越えられる気がする……
同じ速度で横に並ぶ彼女は。
僕をそんな気分にさせ、いつでも僕に力をくれる。
僕も強くなろう。
この愛する彼女に相応しい男になろう。
そしていつか、彼女の事を守ってあげられる様な……
『ねえ相内君』
『どうしたの?』
『もうすぐ期末テストだけど』
『ああ、勿論期間中は勉強するよ。
理事長と約束したからね。
任せて!ちゃんと勉強はするからさ』
『違うの、せめて私と付き合うのだから、今よりも点数を上げて欲しいのよ。
アベレージ+20点って所かしら?』
『ファッ!?』
『私の彼氏が“私と付き合って点数下がった”だなんて言われたく無いの。
安心して、分からない所があれば教えるわ』
『……ちなみに、宮崎さんの“全科目平均点”っていくつ?』
『“百点”よ、それがどうしたの?』
どうやら次に僕が乗り越えなければならない壁は。
とても厚くて、とても大きく。
とても綺麗で文学的らしい。
『これは理事長、どうされました?』
『たまにはこうして掃除してあげないと、折角綺麗な物が台無しになってしまいますからね』
『流石ですね、理事長自ら掃除とは、私も手伝いますよ』
『いえいえ、私が好きでやってる事ですから。
それに、コレに関しては私の手でやらないといけない責任がありますので』
『そうですか?』
『ええ、生徒を見守るのは教員の義務ですからね。
それにしても……
立派なトロフィーですねコレは』
《第38回 全国高校川柳大会》
〜恋愛川柳部門〜
【優勝】
【最優秀賞】
【宮崎 香菜里】
《高校夏の書道大会》
〜青春の思ひで部門〜
【優勝】
【最優秀賞】
【宮崎 香菜里】