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文学乙女  作者: 月乃輪
4/12

飴 ト 鞭


他人の目は色んな物を見る。

見て欲しい部分。

見て欲しく無い部分。


そして、ありもしない部分。


憶測とか、推測とか。

噂とか、挙げたらキリが無い。


言って見れば“言い掛かり”


コレは僕達二人が最初に直面した最大の壁であり。

僕達二人が最初に乗り越えた最大の壁の話。



~文学乙女~

~飴 ト 鞭~




時はあの“逆転告白”から二日後の月曜日から始まる。



暑さが本格化して来た初夏。

快晴の空模様とは反対に、僕の心模様は少し曇っている。


それは、このクソ暑い日に体育がある事でも、右手に持ってる体操着袋が、先程地面に直撃した事でも無い。

曇りの原因は“僕の彼女”という、未だに信じられない存在がもたらす物。


こんな悩みなんてある種の人間からは“幸福な悩み”として、相手にされないんだろうが、当事者としては割と大きな悩みの種だったりする。


色々と問題は山の様にあるのだけれど、一番の難所は僕達は“お互いの事を知らない”


宮崎さんに関する僕のデータは。

・頭脳明晰

・壊滅的運動力

・冷静沈着

・無口

・寝顔が可愛い←NEW

ぐらいな物。


そのデータの殆どは、このショーケースに並ぶ、41個のトロフィーに刻まれた【宮崎 香菜里】から得られた物だ。


ん?41個?


衝撃の事実に直面した僕は。

この驚くべき偉業を確かめる為に、懐に忍ばせた携帯を取り出す。

見るのはメールボックス、日付はあの土曜日の夜。


現代に取り残された原始人では無かった宮崎さんから、番号とアドレスをGETした僕は、当日だったという事と、何故か僕以上に喜び、踊り狂ってた姉ちゃんのせいもあり、完全に有頂天モードのままメールを送ったのだ。


生まれて初めて出来た彼女へ送った初めてのメール。


状況からしてとてつもない地雷臭がするが、一応“送信メール”から確認する。



《件名:彼氏より》



うっっ…… い、痛ぇ……

件名からすでにこの破壊力。

さりげなくも全開な彼氏アピールに、あの日の僕はどうかしていたとしか思えない。


手が震える。



《本文:今日は色々あったからさ。

今度は落ち着いてゆっくり二人で紅茶でも飲みながら話そうよ。

明日なんてどうかな?

時間はいつでも空けるよ、連絡待ってるね》




これはヒドい。

色々あったのはお前の方だろ!?

こんなんイケメンが送ってもダメなヤツだ。

紅茶って何だよ。

お前はコンビニに105円で売られてる大量生産パック型の紅茶しか知らないだろうが。


間違いなく僕の黒歴史ボックスにダンクシュートだ。

ゴリラの顔した高校生に二度と這い上がれぬ様に、力いっぱい叩きつけてもらおう。


思い出して奇声をあげるとか、枕に顔を伏せてバタバタとかそんなレベルじゃない。

思い出す度に死にたくなってくる。


とりあえず、このメールは早急に消そう。

僕の精神衛生的によろしくない……


耐え難い苦痛を堪えながらフォルダを受信メールに切り替える。


こんなメールを受けても。

キチンと返してくれるなんて、やっぱり宮崎さんは優し……



《件名:Re:彼氏より》



なんだろう、この切なさは。

バレンタインデーのチョコが家族からのみだった時より切ない。



《本文:明日は用事があります》



違う、違う。

これは業務連絡なんかじゃ無い。

紛れもない彼女からのメールだ。

そう、あれだ。

彼女からのメールだ、大丈夫だ。

夢にまで見た彼女からの、初めてのメールだ大丈夫だ……



呆然と携帯を握り締める事数分。

ようやく僕は落ち着きを取り戻す。


冷静にこう見ると本当にヒドい(主に自分が送った文)

しかし、コレで分かった事がある。

宮崎さんは日曜日に、このトロフィーを獲得した、しかも二個。


よく見ると、トロフィーに刻まれてる種目は“川柳”と“書道”


アーチェリーの大会で優勝したその足でボクシングの大会に出場し、そのままチャンピオンになった様な物だ。


もしかしたら彼女は二人居るとか?


考えれば考える程に、どんどんと僕と宮崎さんの距離が遠くなる。


僕ハ トンデモナイ 人ト 付キ合ッテル ノ カモシレナイ……



とりあえず、まずはあの黒歴史メールを消そう、話はそれからだ。

アレだけは後世に残してはいけない。

出来れば宮崎さんの携帯からも抹消したいが、とりあえずはコレを早急に……



『相内おはよう!

宮崎ゾーンで何してんだよww』


『おぴゃよう!!』



背後からの刺客。

僕は咄嗟に、噛みながらも体操着袋へと携帯を忍ばせる。

危ない、もしこんな物が見つかったら大変な事だ。

一瞬にして人間としての誇りを失う。


この携帯は命よりも重いッ!!!!



『すげーよな!なんかまた日曜日にトロフィー取って来たらしいぜ!』


『ハハッ ハハハ 本当ダネェ……』



ダメだ、乾いた笑いしか出ない……

いかんいかん気持ちを切り替えるんだ。



~一限目~



『出席取るぞ~ 和田』


『はい』



先週末に行われた宮崎さんの爆撃により、出席は後ろからになった。


何かそういう問題じゃあない気がするけれど、正直今はどうでも良い。



『宮崎』


『はい』



今の注目は勿論彼女だ。

手前味噌だが、今日も宮崎さんは美人。

粗悪な蛍光灯の下でも、ツヤツヤと艶めく長い黒髪。

切れ長で、ツンと釣りあがった目。

無表情だと少しムッとした風に取れる整った顔。

そこに居るだけで品があり、凛としている。

ルックスだけでもトロフィーを取れるぐらい、完成されている。

きっと神様がまだ、手先が器用だった頃の作品に違いない。

ああ、僕も『相内ィ!』



『ヒャイ!!』



世にも奇妙な返事をすると、クラス中から笑い声が聞こて来た。



『相内、一番最初じゃ無くなったからって油断してただろ?

何なら、真っ先に名前を呼ぼうか?

先生も、最初に相内の名前を呼ばないとしっくり来ないんだよ』


『あは、アハハハ、すんません』



“宮崎さんに見惚れてました”なんて口が裂けても言えない。


いや、ここは“僕の彼女に見惚れてて……”

何を言ってるんだ僕は!?


思わず授業中なのに大声をあげたくなる。

危なく、新たなブラックヒストリーを築き上げる所だった……


実際問題、僕と宮崎さんの関係はまだ誰にも知られていない。


いや別に知られたくないって訳じゃ無いんだけど、ただでさえ話題の多い彼女なのだ。

僕みたいなのがくっついて変な話題にならなければ良いと思ってる。

僕の負担は一向に構わないが、宮崎さんへの負担は少なければ少ない程良い。

出来ればゼロに越した事は無い。

だからこそ、不安要素は出来るだけ作らない方が良いのだ。


それにこの、付かず離れずの微妙な距離感も、僕にとっては悪く無い。

出来ればこのまま平和に過ぎてくれる事を祈るばかりだ。



祈りが通じたのかどうかは定かでは無いが。

願望通り、とても平和で、あまりに平和過ぎて退屈するんじゃ無いかと思う様な時間は過ぎて行った。

ただし、四限目が終わるまでの間だけ。

短いよ神様。



~昼食時間~



ランチタイムは全ての学生に許された憩いの時間。

各自が持ち寄った弁当や、素敵で脂っこい食堂の弁当を楽しむ貴重な時間。


昼休みはね、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ……


ようやくやって来たブレイクタイムに僕は油断をしていた。

鞄に入れた弁当箱を出そうとゴソゴソしていなければ、背後より近付く“美しき破壊神”の存在に気付いただろう。



『相内君、図書室でお昼を食べましょう』



その時、僕に電流が走る。


突如として放たれた爆弾発言は。

僕のみならず、クラス中を巻き込む形となった。


斧の代わりに赤い巾着袋を携えた美しい破壊神は。

この憩いの時間を木っ端微塵に吹き飛ばし、楽園だった教室を、戦慄の空間へと誘った。



『み、み、宮崎さん!?き、急にどうしたの?』



ヤバいヤバいかつて無い程に注目されている!!

そんなにざわつくなクラスメイト!

そんなにされると僕のアゴが尖ってしまう!!


どうする?


どうする?


そ、そうだ、図書室だ……

朝の罰として図書室を掃除する係りに任命されたと言ってこの場を切り抜けるぞ!


よし……


堂々といけっ……!

やばい時ほど堂々と……



『恋人は一緒に食事をするものでしょ?

さあ行きましょう』



神よ…… 俺を祝福しろ……


教室のざわつきは最高潮に達しており。

心なしか、アゴが尖って来た気がする。


いかんいかん、コレはマズい。

もはや何の言い逃れも出来ない。

この中で恋人と掃除人(そうじびと)を聞き間違える人は居るだろうか?


そもそも掃除人って何だよ。


ダメだ、よし。

ここは開き直るぞ。



『うん、行こうか。』



今出来る限りの笑顔を貼り付け、出口へと向かう。

今の僕は一刻も早くこの場から出たい!!



『え?お前ら付き合ってんの?』



居た!恋人を掃除人と聞き間違えた奴が居た!!

空気読めよ!!!!

付き合って無い恋人って何だよ!

少食のデブぐらい矛盾してるだろ!!


一人の天才的な馬鹿の発言によって、教室の空気が変わる。

きっと誰もが聞きたかったであろうその質問に対し、教室が一つの耳になったみたいに静まりかえった。


多くの者が固唾を飲んで見守る中。

この場に終止符を打ったのは。

キッカケを作り上げた宮崎さんの一言だった。



『付き合ってるわ、それが何か?』



こうして、僕らの秘密の関係はあっさりと終わりを告げる。


まさかこんなに早く知られるとは……


今後の事を考えると少し胃が痛みそうだけど。

まあ、成るように成るだろう。

どーせいつかバレるんだ。

それが、少し早まって、オフィシャルの場で発表があったぐらいだ。

うん。

大丈夫、大丈夫。


それに、今の僕には、そんな事で凹んでいる暇は無い。


そそくさと図書室に向かうまでに、僕の脳は切り替わる。

それほどまでに、この後のイベントは重要なのだから。


この世には。

自分の箸で、相手の口に食物を放り込む“特殊調理法”があるらしい。

そうする事により、どんな食材でも美味しく食べれる上。

美味しい物は、更に美味しくなるという。

残念ながらその調理法は幻の料理人である“彼女”しか行う事の出来ない、まさに幻の調理法


その調理法によって作られた料理は“夢の様な味”と呼ばれ。

捕獲レベルは、計り知れないとまで言われている。


しかし、僕はラッキーだ。


何故なら今、目の前には、こんなにも美人な幻の料理人が居るのだから!


図書室の一角にある机と椅子。

日当たりの良いそこは、まるで最初からご予約席のプレートが置かれているみたいに完璧なロケーションだ。


人の出入りが全く無いこの図書室も、今では僕の味方をしてくれているって事。


赤い巾着から出てきたのは、宮崎さんらしい、塗り仕上げな朱色のお弁当箱。

そしてその中身は、これまた綺麗に彩られた料理が詰め込まれている。



『宮崎さんは、お弁当自分で作ってるの?』


『そうよ、相内君は?』


『僕も自分だね。

姉ちゃんの分も作るから、そんなに手が掛けられないけど』


『そう、家族想いなのね』



よし、まずは“お弁当の話題”はクリアだ!


よ、よし、では……



『それ、美味しそうだね?』


『そう?』


『うん。僕、あまり人の手料理って食べた事無いからさ、見てるだけで美味しそうだよ!』


『なら、あげるわね』



来た!遂にこの時が……




結論を言えば。

夢の様な味は相変わらず夢の様な味で。

幻の料理人は、僕の弁当箱の蓋に新しく“お供え物コーナー”を作ってくれた。


宮崎さんの肉じゃがは、どこか血の味がする。


だが、まだだ!!

まだ“逆パターン”がある!!!



『うん、美味しいねこの肉じゃが(血の味)

僕の所も少し味を変えようかな?』


『そう、喜んで貰えて何よりね』


『お礼に、好きなおかずをあげるよ!』



宮崎さんの性格からして、絶対に自分から頂戴とは言わない!

ならば、多少強引ではあるが、この手しか無い!!



『そうね……』



さぁ言え!! どれだ!?


隠し味は昆布茶のこの“フワフワ出し巻き卵”か?


それとも、一晩塩ダレに漬け込んだ“我が家の野菜炒め”か?


はたまた、胡桃の油で調理した“エリンギとほうれん草のソテー”か?


女の子だろう!甘い物が好きだろう!

ならこの“ミカンの蜂蜜漬け”が良いかな!?



『その卵焼きを頂こうかしら』



よし来た!


後は、コレを……

宮崎さんの口の中に…………









『ご馳走でした』


『ゴチソウサマデシタ』






僕の意気地無し……




何の発展も無い昼食タイムが終わり、図書室を後にする。

出てすぐさま宮崎さんから勧められて、教室へ戻る前に、とある所に僕達は向かう。



『こんにちは』


『これはこれは宮崎さん、またアレですか?』


『ええ、いつものを貸してもらえないかしら?』


『どうぞどうぞ』



向かった先は用務員室。

そこで、掃除のおっちゃんから洗剤とスポンジを借りる宮崎さん。

何の抵抗も無くおっちゃんが貸している事から、頻繁にこのやり取りを行っている事が分かる。



『こんにちは、君は初めましてかな?』


『ええ、初めまして。おじさんは、いつも洗剤を貸しているのですか?』


『ええ、お弁当箱を洗うのに使うと彼女が言って借りに来てから、ずっとですよ』



何だか嬉しそうに笑うおっちゃんから、僕の分のスポンジを借り、宮崎さんと肩を並べてお弁当箱を洗う。

こうしていると、なんだか邪な妄想が出てくる……

まるで、一つ屋根の下で『相内君』


『はい!?』


『洗い終わったら、歯を磨きましょうね、一緒に』


『はい!!』




そんな素敵なお誘いに心を踊らせてたが、肝心な物が無いのでどうしようかと悩んでいた矢先。

何処からともなく現れたグリーンの歯ブラシによって僕は救われる。


ココに使って良い歯ブラシがあるって事は、宮崎さんがわざわざ用意していた物って事だよな?

聞くところによれば、これはスペアの物らしい。

つまり、この歯ブラシは宮崎さんが肌身離さず持っていた物。

パッケージにされている為、外気に触れては居ないが。

宮崎さんの所有物だった事は確定的に明らか。

と、いう事は、今宮崎さんが握り閉めているピンクの歯ブラシと同等の価値を秘めている!!


今日からこのグリーンの歯ブラシを一生使うと心に決めた。

どんなに毛先が爆発しても使い続けよう。


もう、何も怖くない。


それにしても、宮崎さんはしっかりしている。


わざわざ掃除のおっちゃんから洗剤とスポンジを借りて綺麗にお弁当箱を洗い。

一本一本丁寧に歯を磨くその姿に僕は心を奪われた。


別に深い意味は無い。


どんな場面でさえ。

普通の人が軽視する所をしっかりと、当たり前に行う姿勢が素晴らしいと思っただけだ。


決して。

宮崎さんの可愛らしい小さな口から、歯磨き粉が少しづつ垂れて行くのを凝視した訳じゃ無い。


途中、あまりに見過ぎたせいで。



『ふぁみ?(何?)』



と言ってコッチを見た彼女にズッギュゥゥゥンされたのは内緒だ。


何が不安だよ馬鹿野郎。

お前は今、幸せの絶頂じゃないか相内拓馬。


おっちゃんに洗剤とスポンジを返して教室に戻ると。

あの昼食前の爆弾発言が周囲に与えた影響によって、クラスメイトにある変化をもたらしていた。


なんと、クラスに戻った宮崎さんに女子が群がっているのだ。



『ねぇねぇいつ付き合ったの?』


『土曜日よ』


『どっちから告白したの?』


『両方ね』


『『えーー両方!!?どういう事ーーー!!!?』』



話の話題はさておいて。

内容の方は極々一般的なガールズトーク。


はたから見たら、どこのクラスでもよく見る光景だ。


僕としても。

彼女に同性の友達が居ない点は不安要素の一つでもあった。


しかし、これで大丈夫だろう。


コレは僕も経験者だから分かる。

みんな宮崎さんを“物凄い巨大なフィルター”で見ている

確かに“目が眩む程の輝かしい功績”と“あり得ない図書室”のせいで、だいぶ近付き辛い。

そして、宮崎さんの性格的にも、自分からはあまり近付かない。


接点が極端に少ないのだ。


でも、一回話してみれば分かる、案外普通なんだ。


人より少し無口で。

人より少し無表情で。

人より少し静かな。

どこにでも居る、ただの天才美少女だ。


何もおかしい所は無いな、うん。


まあ、つまり、そういう事なんだ。



『相内お前……』


『切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ』


『俺達を置いて行きやがって……』


『爆発しろ爆発しろ爆発しろ爆発しろ』



僕の場合は、六限目にある体育の時間に地獄を見るハメになったのは言うまでも無い。


ちなみに、制服から体操着への変身の際に発見した携帯は、未だ体操着袋の中だ。


公の場で恋人である事が発覚してしまったこの状況で。

血に飢えたパパラッチ共が、この個人情報の塊に目を付けない訳が無い。

もしこの携帯が彼等の手に渡った場合、僕の事を射殺する拳銃に変わる。


そんなのはゴメンだ。

僕は何としても生き延びなければならない。

その為にも、この携帯を絶対に死守しなければならない。



帰りのホームルームが終わった後も、宮崎さんの周りから女子が消える様子は無い。


しかし、一番の懸念材料である“クラスメイトの反応”がこんなにも上手く行くなんて、正直思って無かった。


今はちょっと祭りになってるけれど、暫くすれば落ち着くだろう。


そうすれば、大手を振って二人で過ごせる。


そう思った瞬間、何だか身体が軽くなった。


元々、コソコソするのは苦手だ。

別に悪い事をしてる訳じゃ無いのに、どうして後ろめたい気持ちで過ごさなければならないのだろう。

でも、今回の問題は自分だけの問題では無い。

僕には大切な人が居る。

彼女も嫌な想いをするかもしれない。

だから、だから、だから……


いつしか僕は、そんな下らない脅迫観念に取り付かれてしまっていたのかもしれない。


まだまだ小さいな僕は。



『宮崎さん、途中まで一緒に帰ろう』



カミングアウトのおかげで

帰りのエスコートは僕から誘う事が出来た。


クラスメートの茶化しは少し照れ臭かったけど、なんだか悪い気はしない。


やっぱり分かって貰えるって良い事なんだなぁ……



『質問攻め、凄かったね』


『生まれて初めてよ。

あんなに人から質問されたの』


『そっか…… 嫌だった?』


『正直、ちょっとうっとおしかったけど。

案外悪い気はしないわね』



優しく笑うその顔は。

夕陽よりも暖かく、優しく見えた。



『ねぇ相内君』



商店街へと続く並木道の途中。

不意に彼女に名前を呼ばれた。



『何?』


『良かった、元気になったみたいね。

朝から少し元気無かったからどうしたのかと思ってたのよ』



その言葉を受けた瞬間、急に胸が熱くなる。

彼女は心配してくれてたんだ。

僕の事を……


だからああして昼食に誘い。

歯ブラシまでくれて僕を元気付けてくれたのか……


宮崎さんを大切に想うあまり。

僕は宮崎さんを傷付けていたのかもしれない。



『うん。

ありがとう、おかげで元気になったよ!!』


『何かあったらちゃんと言ってね。

私達は二人だから恋人なのよ?』



木漏れ日の中、微笑んだ彼女を見て。

僕はこの人と付き合えた事を心から喜ぶと、傍らで揺らぐ小さな手を握り締める。


彼女は決してコッチを振り向かない、何の反応も無く、前を向いたまま。

その代わり、小さな手でギュッと返事をしてくれる。


僕はこの手を絶対に手放『おーいお二人さーん』



アイエエエ!!姉チャン!?姉チャン ナンデ!?



『いやー熱いねー 青春だねー

おねーさん妬けちゃうなー』



大学入試祝いに両親から譲ってもらった車から。

“今、もし死神が落としたノートがあれば、真っ先に名前を書くランキング”で赤丸急上昇中の姉が顔を出している。


あんなに勘が鋭いのに、どうして空気は読めないんでしょうかね?



『よう拓馬、見せびらかしてくれるねー』


『何だよ姉ちゃん、何しに来たんだよ』


『あ?大学の帰りだよ。

このクソ暑いのに、電車なんか乗ったら死んじゃうでしょ?』


『こんにちはお姉さん』


『こんにちは香菜里ちゃん』



あまりにもナチュラルな挨拶に一瞬スルーしそうになったが。

ここは突っ込まざるを得ない。

初対面のハズなのに、姉が何故、宮崎さんの名前を知ってるのかも重要だけど。

宮崎さん自らが挨拶をした事が一番のビックリポイントだ!



『え?二人とも知り合い?』


『ああ、ちょっとね』


『ちょっとって何!?』


『うるさいなー“乙女の秘密”だよ』



またか……

推理漫画の氷ぐらい、困った時の必殺技になってる気がする。

そんなに秘密が多いと、シルクハットに白い仮面でタキシードの変態になってしまうよ?



『そんな事より香菜里ちゃん乗ってく?

家まで送ってあげるよ』


『え、いえ大丈夫です』


『遠慮しないの、ホラ乗って乗って!』


『姉ちゃん俺は?』


『あんたは歩きなさい。

その足はこのガイアから湧き出るパワーを得る為に存在している』



無茶苦茶だ……

足は歩く為に存在してるんだよ!



『じゃあまた後でね~』



弟の彼女を誘拐した姉は、颯爽と車で消えて行く。



仕方ない……

僕はガイアのパワーを感じながら帰るとしますか。


一人で帰る際は自宅の冷蔵庫を思い出しながら帰るのが僕の帰宅。


確か豚肉があったから今日はカツにしよう。


そうと決まれば話は早い。

我が家の誘拐犯は、揚げたて出来たてを出さないとヘソを曲げる性質を持ってるので、アジトには何時に戻るのかを聞く必要がある。


もしかしたら、姉が宮崎さんを誘ってくれるかもしれない。


そうなったら我が家で一緒に……



妄想が暴走気味になって来た所で、現実に引き戻される。



無い。



無いのだ。



現在、僕が最も紛失していけない携帯が無いのだ。



僕は猛スピードでガイアからパワーを貰う。


早くしなければ姉が宮崎さんを自宅に送り届けてしまう!


それにあの携帯は僕の手元を離れてる間は爆弾だ!!


畜生、どうしてこうもツメが甘いんだ僕は!!!!



汗だくになりながら教室に戻り、早急かつ無事に携帯を保護する。


本当に良かった……


安堵のまま姉に電話をかける。


《現在、この電話の方は運転中です》


流石は僕の姉だ。

交通ルールはしっかり守ってるみたいだね、弟の僕は安心です。

嬉しくて涙が出そうだ……



『ん?相内か。

すまないが少し良いか?』



すっかり意気消沈したまま廊下を歩いてる所を、担任の先生に呼び出される。

何だろう?

毎朝僕の事を呼び続ける腹いせに、影でホモ疑惑を浮上させたのがバレたかな?



『どうしました?』


『いやそのな、ちょっと言いにくいんだけどな……』



そこで僕は。


生まれて初めて


本気で人を殴ろうと思った。




























『宮崎さんと別れてくれないか?』












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