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文学乙女  作者: 月乃輪
2/12

決戦ハ イツノ間ニ


《不意を突かれた人間は、本来の力を発揮するまでに、通常の倍以上の時間を費やす。

だから油断をしてはいけない》


中学の頃に所属していた剣道部の顧問が、夏休み前に僕ら生徒に向けて言った言葉だ。


確かに油断は禁物。

歴史で名のある武将が起こした名戦も、相手を油断させて勝った勝負が多い。

つまり油断をしたら負けって事。

常に不測の事態が起きても良い様に準備を心がけ、いついかなる場合においても冷静にせよ。


そうだCoolだ、Coolになるんだ。


そうすれば万事OKだ。


もはや、こんな事を考えてる時点でCoolでは無いという客観的な指摘はとりあえず置いて。

ひとまず、冷静な判断力と、この現状を把握する必要がある。





『い、いきなり何ですか?』


『話をはぐらかさないで。

私は答えを聞いているの』



不意を突かれた攻撃によって、我が陣営は崩壊。


逃げ道すらも包囲され、ただでさえ非力な兵士達は奇声をあげながら右往左往している。


素数を数えようにも、もはや素数すら思い出せない。

2では無いのは辛うじて思い出せる。




『いや…… あの、ですね…… そのー』


『10、9、8』


『ちょ!ちょっと待って下さい!』


『7、6、5秒前よ?』



まさに脳内一人混戦状態。


こんな時、高明な諸葛亮先生なら、どうするのだろう?

タイムマシンがあれば聞きに行きたいぐらいだ。



『4、3』


『え?あ、ちょっと、ちょっと待って……』



そんな脳内コントを繰り広げていても、この人型タイマーは無情に時を刻む。


どうしてこうなった?


どうしてこうなった?


どうしてこうなった?


姉に頼まれて本を借りに来たら宮崎さんが居て鞄が重くてパブロフで僕は図書室でででででで



『2、1』


『り、理由を教えて下さい!』



真っ白になった頭から絞り出したのは僕の素直な言葉だった。


およそ数秒前、僕の頭はパンパンだった。


沢山の?マークで埋め尽くされた脳内は崩壊。

限界まで振ったコーラを開けた時の様な感じ。

膨張した炭酸の如く、僕の脳味噌に居る凡人パイロットも泡を吹いてしまった。


土壇場(修羅場?)になって出て来たのは”?”の集合体。

小さな“?”が集まって出来た大きな“?”


僕はそれを、某サイヤ人がよく劇場版で最後に敵へと投げ付けるかの如く、彼女へとぶん投げた。



『り、理由が無いなら、付き合えません!

でも、理由があれば考えられます!』


『理由ね……』



何とか秒読みは止められたみたいだ……

しかしこの人は恐ろしい。


見た目は小柄で、まあその正直、美人だ。

今までチラッと見た程度でも綺麗だな、と思ったけれど、ここまで間近にまじまじと見ると、その輝きに磨きがかかる。


綺麗なシンメトリーに整いつつも、僅かに幼さの残る面持ちの中に、艶っぽい切れ長のツリ目。

可愛らしいというよりも美人という言葉がまさに相応しい。


恐らく僕が今まで生きて来た中で、最も和服が似合うと思う。

これは直感だが、彼女以上に和服が似合う人を、もう僕は見れない気がするぐらい似合いそうだ。


しかし、問題はその中身。


見目麗しい器に秘められてるのは、隠しきれない知性と呼ばれる凶器。

よく女性は爆破物に例えられるが、彼女は違う。

外部的な殺傷力は無いが、二度と復元出来ないぐらいの内部的殺傷力を持つ恐ろしい危険物。


多くの実績に裏付けされたその知性と言う名の危険物は、フナムシ程度の僕を再起不能にするぐらい容易く行えるだろう。


というか、こんな人だったなんて……


知的なオーラを身に纏い。

他者との関わりを自ら作ろうとせず。

鋭利な知性で自分の道を切り開く。

そんな美しい日本刀の様な人かと思って居たが、どうやら僕は彼女の事を過小評価していたらしい。


確かに日本刀だけど、その鋭さはもはや妖刀。

下手に素人が手を出した場合、怪我どころか腕の一本や二本を軽く持ってく代物だ。


ああ…… 出来る事なら帰りたい。

今すぐ帰って枕にヘッドスライディングしたい……



『じゃあ、こうしましょう。“一目惚れ”』


『う、嘘だ!! 何だそのとって付けた様な理由は!

一目惚れの時点で怪しいのに、その前の言葉で確信犯だよ!』


『なら、相内君みたいな人が私のタイプとかは?』


『自分を誤魔化しちゃいけない!

自分を偽って生きる事に何の意味があるんだ!

みたいな人って何だ?具体的にはどんな人だよ!?』


『難しいわ。あ、これならどう?私が……』


『ちょ、ちょっと待って!!話がおかしい!』



何だコレは……

そもそもこれを会話と呼べるのか?


理由を聞いたら交渉されてる。

しかも一方的な交渉だ。


椅子に縛られて、額に銃口突き付けられながらの取り引きは、ギャング映画ではお決まりかもしれないけど、平和な国の平和な学生には刺激が強過ぎる。



『宮崎さん!

僕は僕が納得出来る理由じゃ無くて、宮崎さんがどうして僕に“あんな事”を言ったのか、理由を聞きたいんだ』


『あら? 相内君は“勇気を振り絞った女性の告白”をあんな事呼ばわりするの? 意外と冷たいのね』



確かに、カウントダウンを伴う告白は世の中に沢山あると思う。

だけど、あのカウントダウンはどちらかと言えば爆発するタイプのヤツに近い!

時間切れ即ち爆死の代物だ。

木曜ロードショーで筋肉ムキムキのアクションヒーローが好きなヤツだ。


それに振り絞られたのは僕の脳味噌であって……ああ、もう色々とおかしい!



『それにね……

相内君は今凄く矛盾してる事を言ってるわ、気付いてる?』


『え?僕が?』


『そう。 確かに私の理由はどれも嘘っぽく聞こえたかもしれないわ。

でもね……


もし、それが本当だったら?


本当の事を言えない恥ずかしがり屋な女の子の照れ隠しだったら?』


『え?いや、それは……』



何だろう。凄くドキッとした……


この人、本当に同い年なのか?

どうしてこんな艶やかな表情が出来るの?

小柄な身体から時折見える妖艶な表情。

そのギャップに、吐き出しそうになった言葉もろとも飲み込まれる。



『……ね?ホラ、確かめられらない。


相内君は私の理由を求めてるんじゃ無くて。


自分が納得出来る理由が私から出て来るのを求めてるの。分かるかしら?』


『凄く複雑だけど、宮崎さんが言いたい事は何となくは分かる。でも……』



スッと近付く彼女。

揺れる長い黒髪からは、微かな柑橘類の香りがする。


甘みの中に酸味を含ませた、まさに宮崎さんらしい匂いだ……


こんな至近距離で女の子を見たのは生まれて始めてかもしれない。



『理由なんて必要無いの、ただ相内君が求めてるだけ。

自分が納得したいから求めてるだけ。

それでいて、自分が納得出来ない私の理由は全部却下。

そんなのズルいじゃない?』



甘く、囁く様に呟かれると、まるで直接脳に話し掛けられてる様な錯覚に陥る。

喉の奥が痒い。

首筋がビリビリする。


切れ長でツリ目のブラックホールが僕の目を捉え、微動だにせずじっと見てくる。


きっとギリシャ神話に出て来るゴーゴンもこんな目をしてたんだろう。

僕は自分の意思では身体を動かせない、完全な石になってしまった。




『私ね…… 興味があるの。


それが理由よ。


ダメかしら?』



ああ、ヤバい。

飲まれる、雰囲気に、飲まれる。

あぁ。

あぁぁ………







『ご、ごめんなひゃい!!』





そこからの事はあまり覚えて無い


無我夢中で家に帰った後。

光の速度で、布団に入り、我を無くして夢の中へと旅立った。


途中、姉の“本はどうした?”攻撃を受けて。

何も言わずに借りた本を鞄ごと手渡したのだけはハッキリと覚えてる。



そう。



僕は逃げた。



戦局が不利とわかり、我が軍が取った行動は逃亡。しかも敵前逃亡。


時代が時代なら打ち首である。


いっその事、切腹でもして、このモヤモヤが外に出て楽になるのかと、狂気に似た発想すら出る。


後悔と失念に身も心も覆い尽くした後に残るのは、ベッドにへたれこむ、ヘタレがそこに居るだけ。


近隣の村に逃げた落武者の気持ちが、今なら分かる気がする……









《文学乙女》


〜第二章〜

〜決戦ハ イツノ間ニ〜







貧しい人、裕福な人

突き進む者、迷える者


どんな人間にだろうと、必ず朝は平等に訪れる。


例えばそれが。

今世紀最大の後悔を前日に残したままの“最低最悪の男”でも、必ず夜明けはやって来る。


ただ、唯一の救いは、今日が土曜日な事。

これほどまでに救いのある週末があっただろうか?

もしこれが火曜日だった場合。

僕は学校に隕石を落とす為に悪魔と契約をするか。

インフルエンザ感染者が居る病室を全裸でカバディするハメになっていたと思う。



『よっ!ねぼすけさん。

あんたがこんな時間まで寝てるなんて珍しいね』



自室からリビングへと続くドアを開けた先に待って居たのは姉の【真理】

一年間のチャージを経て、念願の国立大学へ進学した強者。


狭き門をくぐり抜けるどころか、“相手に門を開けさせる”というとんでもない事をやってのけた相内姉弟の出来る方。


“乙女の秘密”という神秘のベールに隠された勉強方法は、“逆推薦”という、受験生なら命を賭してでも手に入れたい物を作り出す錬金術なのかもしれない。


来年は僕に教えてくれるよね?

僕は乙女じゃ無いけど、秘密ぐらいは教えてくれるよね!?




そんな僕に来る予定だった陽の部分を全て受け継ぎ生まれた姉は。

特殊な勉強方法の他に、類稀なる才能を持っている。



『おはよ、姉ちゃん』


『おはよー、ん?どうした?

悩みでもあるの?その様子だと色恋沙汰っぽいな〜?』



そうこれ。

小さい時からそうだが、姉は異常な程に勘が鋭い。

もはや超能力としてTVに出ても誰も文句を言わないぐらいに、その的中率は神懸かっている。


虫の報せとは良く聞くが。

ここまで来ると、虫がカンニングペーパー握りしめてやって来ているとしか思えない。


まさか、この力で、テストのカンニングペーパーも?



『いや、別に無いよ、そんな事』


『へぇー、あんたいつから私に嘘が付ける様になったの?

その様子だと随分とまぁやられたみたいね。

でもフられた訳じゃないわね?うーん気になるぅ!』



虫!!どこだ!!!

俺のカンペを返せ!!!


と、まあこんな風に。

嘘発見器まで内蔵してる始末。

ここまで来るとチート疑惑すら浮上する。

しかも、それを暴く事が至上の喜びにしており、なおかつ自覚している。


正直、大学なんぞ行かなくても、そのままお目当てのカウンセラーには簡単になれると思う。


むしろここまで行ったら弁護士か検査官の方が良いのでは?


“異議あり!”とドヤ顔すれば、どんな困難な状況すらも逆転出来そうだ……



『さあ!! このおねーさんに話してみなさい!

安心して、悪い様にはしないからグヘヘヘヘヘヘ』



ああ……


悪い顔をしている……


きっと姉が大学に行き、学ぶ事は。

この顔とその癖を治す事ぐらいじゃないかな?






〜説明中〜






『なるほどね。で、拓馬はどう思ってるの?』



予想外の答えが帰ってきた。

てっきりもっと。

“その子は可愛いのー?”

とか。

“では初めて告白された拓馬君!ズバリ今の感想は!?”

とか。

“暇潰しの時間”として遊ばれると思ったのに、意外にもキチンとカウンセリングをしてくれている。

意外と姉もマトモになっているかもしれない。



『僕? うーん…… わかんないんだよね』


『分からない? 何ソレ』



確かに宮崎さんは綺麗だ、だが、外見だけで人を判断するのは良くない。

でも、その肝心の中身が分からないのだ。


例えて言うなら。

何の記念日でも無い日に、見ず知らずの他人から綺麗にラッピングされたプレゼントボックスを貰った気分だ。


正直、開ける気にはならない。


理由は簡単だ。


中に何が入ってるのか“分からない”から。



『いくら何でも、そんなすぐに答えなんて出せないよ』


『じゃあ、あんたはキチンとそれを伝えたの?』


『伝えた。 理由を教えて欲しいってキッパリとね!』


『は?…………拓馬、正座しなさい』




……ん? あれ?

おかしい、僕はカウンセリングを受けて居た。

しかしどうやらそれはいつの間にか“尋問”に代わっていたらしい。

そして今、それが“拷問”に切り替わった気がする。

フローリングは冷たくて痛い。





『この馬鹿ッ!!!!!!』



まずグー。



『あんたはどうしてそんなに!!』



そしてパー。



『大馬鹿なのかッ!!!』



トドメは週刊少年誌の増刊号、これが一番痛い。


少年、少女、大きな少年や大きな少女達の夢や希望を拡げる物も。

丸めてしまえば立派な鈍器だ、痛いです。



『だ、だって……』


『だってじゃない!

その子の気持ちを考えてみなさい!!』



はい、来ました。

現在“僕が言われたく無い言葉NO.1”がやって参りました。

微妙な関係の人から言われる“俺達、親友だよな?”を抜いて、堂々の1位に輝いた言葉です。


僕だって、そんな事ぐらい分かってるよ。

むしろ……



『考えてるからこんなに悩んでるんじゃん!』



僕は論破をしてみたよ!

おや?姉の様子が……



『あんたねぇェェェ……』



あれ?姉さん。

週刊少年誌はさっき頂きましたよ?

頭スパーキン済みですよ?



『そんなウジウジ悩んでる暇があるなら……』



どうして丸めないでそのまま持ってるんですか?

左手は添えるだけですよ?

そんなにしっかり持ったらページが捲れませんよ?



『今すぐとっとと……』



もしかして縦ですか?

縦なんですか!?



『その子の所に行きなさい!!!!』





結論から言うと。

目の前を高速で背表紙が通り過ぎただけで、僕は無傷で済んだ。


しかし、鋭角に凹んだフローリングがもたらした恐怖は、床と僕に一生の傷を残す事になった。


しかしそれ以上に。


『選べよ。天国にジャンプするか。

その子の所にジャンプするか。

どっちが良い?』


この姉が提示した“戦慄の選択”は。

今日のスケジュールを、瞬く間にハードモードへと突入させた。



まるで軍人の様に、何一つ無駄な動きを取らぬまま準備をし。

残機ゼロで外に出る寸前、姉が僕を咎める。



『拓馬、答えの無い答えは。

答えじゃないからね?』



一見すると意味不明なアドバイスたが。

この時限爆弾型アドバイスを僕が理解するのはもう少し先の事だった。





〜移動中〜





簡潔に言う。

僕が宮崎さんに会える可能性は極めて低い。



『OK!わざわざゴメンね!ありがとう!』



今、片っ端からクラスメイトに連絡を取っているのだが。



『マジか〜 いやうん。サンキュー!また学校で!』



誰も宮崎さんの電話番号を知らない。



『うん、そっか。 ゴメンね、ありがとう』



それどころか、現代人としてあるまじきケータイ未携帯疑惑まで浮上している。

ある意味マナー違反に等しい行為だ……



『 うん…… いや、大丈夫…… ありがとう、バイバイ……』



このままじゃ、僕の魂は死神の街に行くハメになってしまう。



『知らねぇじゃ困るんだよォォォォォォォ!!!!!

UREYYYYYYYYYYY!!!』



嫌だ、死にたくない、死にたくなーい。


そんな人間を辞める寸前な僕に、ひょんな所から一筋の光が見えた。



《アー、宮崎ナラ、学校 ニ 居ルンジャネ?

部活デ 休日 学校ニ行ッタラ 居タゼ?》



実はその時。

幸か不幸か、既に学校へと向かっていた。

僕も薄っすらと学校が怪しいと思って居たんだ。


別に、適当に時間を潰し、家に帰る為の隠れ家として利用しようなんてこれっぽっちも考えて無い。





それでも。

時間を潰す場所として学校を選んだのは本当に偶然だった。


漫画喫茶でも、ファーストフード店でも無く。


ただ、何となく。


そう。


本当に何となく僕は学校へ向かって居たのだ。



見慣れた正門を潜ると、これまた見慣れた景色がこんにちは。


いつも以上に憂鬱で訪れる下駄箱には幾つか靴が入っている。

多分、部活か何かだろう。

とは言っても、残念ながら宮崎さんの下駄箱の位置なんて知らない。

でも、ココに靴があるって事は、少なくとも、誰かが学校に居るって事。


可能性はゼロじゃない。


深妙な面持ちで上履きに履き替え、自分のクラスへ向かう。


案外、私服で学校に居るというのは悪く無い。

同じ景色なのに、着てる服でこうまでも変わるのかと思う程に新鮮。


さらに、休日登校の為に怒られる心配も無いので、背徳間と優越感が入り混じり、妙なテンションになる。


いつもは誰かしら居る廊下も、今は僕一人。


女子力を高め合う井戸端会議の代わりに、今日のこの廊下に響くのは、上履きのゴムがリノリウムを擦る音だけ。


教室には誰も居ない。


やっぱり居ないのだろうか……




いや、正直分かってる。

彼女が居るとしたら教室じゃない“あそこ”だ……


むしろそれ以外に無い……


にも関わらず真っ先に“そこ”に向かわないのは。

きっと僕自身、心の準備が出来て無いのだろう。


むしろ、心の何処かでは

居ないでくれ!と必死に願う僕も居る。


あ、でも居なきゃ姉ちゃんが待ってるのか。


結局BADENDには違い無いのね、辛い。


教室から“図書室”へと繰り出す道中。

僕を送り出した姉の言葉を思い出す。



《拓馬はどう思ってるの?》



僕はどう思ってるんだろう……


分からない……


分からない?


いや違う……


どちらかと言えば“分かろうとしていない”だ。


“見てない”と“見えない”は全然違う。


同じ様に。

“分からない”と“分かろうとしない”も全然違う。


僕がやってたのは後者。

つまり“放棄”だ……


“宮崎さんの理由”を求めてるんじゃ無くて。


“自分が納得出来る理由”が、宮崎さんから提示されるのを待ってただけだ……



《じゃあ、あんたはキチンとそれを伝えたの?》



伝えて…… 無いね、僕は。


僕が宮崎さんに伝えたのは“ダメ出し”だ……


うん、そりゃあズルイわ俺……



《その子の気持ちを考えてみなさい!!!!》



冗談にせよ、本気にせよ。

“最初に仕掛けた”のは紛れも無く宮崎さん。

つまり“最初に勇気を振り絞った”のは間違い無く宮崎さんだ。


彼女には覚悟があった。


にも関わらず、僕はそれを最初から冗談だと決め付けたんだ……


しかも。冗談だと決め付けた上で、理由を聞いたんだ。


最悪だねマジで、くたばれば良いと思う。



《答えの無い答えは。答えじゃないからね?》



うん。そうだね。

放棄もダメ出しも答えにはなってないね。

決め付けも答えでは無いね。


ちゃんと……


ちゃんとその覚悟を拒否する事が僕の答えなんだよね……


言おう。


“ごめんなさい”って。



ちゃんと、僕も。

覚悟と勇気をもって

ハッキリとごめんなさいって言おう。




人は不思議な生き物で。

迷いが晴れると思考が変わる。


さっきまであんなに会いたくなかった宮崎さんに、今はとても会いたい。

遠回りした図書室も今なら直通で行ける。


さっきまでの気持ちが嘘の様だ。

と、言うか、何をそんな事でウネウネしてたのかが馬鹿らしい!


そりゃ姉ちゃんも怒るわな……



何だかこの数分で随分と強くなった気がする。

姉ちゃんと宮崎さんに感謝だね!



気持ちの整理と共に、一枚のドアに辿り着く。


図書室と書かれたそのドアは、昨日までとはまるで違い、僕を待ってるかの様に見えた。


ゆっくりとドアノブを回す。

何の抵抗も無く回る事から、中に誰かが居る事が分かる。

つまり、誰が居るのかも分かる。



ごめんなさいを言おう。

ごめんなさいを言ってありがとうを言おう。

いや、ありがとうを言ってからごめんなさいを言って、更にありがとうを言おう。


うん、コレだ!



脳内シュミレーションは完璧!

いざ出陣!!!!



意気揚々と開けたドアの先。


僕が望んだ人は居た。


しかし、彼女を見た瞬間。


喉元まで出かかってた言葉が胃の奥にまで引っ込んだ……




窓辺に座る一人の女子。

随分と古めかしい本の上には、無垢で無防備な顔がちょこんと乗っかっており。

僅かに空いた唇からは、掠れた吐息が漏れ。

閉じたその眼は、開いていた時以上に僕を石にする。


うつ伏せの姿勢の為か。

陶器の様な艶やかな頬は、うっすらと紅化粧が施されていて、正直堪らない。

微かに空いたカーテンから漏れた光に照らされた光景は。

まるで、名画から、そのままくり抜かれたかの様だ……




もっと近くで見たい


今、僕を動かすのは脳味噌を痺れさせる何か。


変わらないどころか増している吸引力は、今の僕でも抗う術は無い。

むしろ、今後、どれだけ強くなろうとも勝てる気がしない。



数歩。



この瞬間が崩れない様に、細心の注意を払いながら前に進む。


足音なんてたててたまるか。


こんなの絶対、二度と見れない。


どこの誰だよ、ラッピングされたプレゼントボックスとか言った馬鹿野郎は。

宝石にリボン付いてるじゃないか。


僅かな距離しか縮まって無いのに。

その光景がもたらす物は、以前の何倍よりも強い。


そんな彼女の寝顔を捉えた瞬間。


僕の口から出たのは、胃に溜め込んだ謝罪よりも。

頭に思い浮かんだ感想だった。




『か、可愛い…………』





僕は油断していた。




『じゃあ付き合う?』




パッと開いた二つの眼と目が会った時、僕は確信する。


ああ、僕はこの人に


絶対に勝てないな……

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