表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文学乙女  作者: 月乃輪
1/12

僕ト 密室ト 二択


世界は“選択肢”で出来ている。


CMや広告で散々目にし、耳にしたお決まりのフレーズ。


だが、常々その通りだと感じる。


世界は“選択肢”によって回り、“選択肢”によって進んでいる。


朝も“起きる”か“起きない”で始まるし。

そっから外に“出る”か“出ない”で選ぶ。


いわゆる“Yes”or“No”の選択肢を常に選びながら世界は進んでると思う。


だから、選択肢の連続=人生。


選んだ先の未来=自分が出した答え。


不平不満、愚痴罵倒。


色々あるけど、結局は自分が選んだ道な訳なんだ。


でも、もし……



『ハッキリ答えて』



もし、他人にその選択肢を与えられたら?

しかも“予測の範囲外”からやって来たら?

ゲームで例えるなら、かつて自分が倒した元魔王が、仲間にしてほしそうな顔をして、コッチを見てる状況。



『沈黙は、答えになってないわ』



ゲームなら、wikiかGoogleで調べれば答えは載っている。

でも、このリアルタイムゲーム“人生”には、攻略本はおろか説明書も、クリアした人のネタバレや製作者のあとがきも無い。

全てを自分でクリアしていく他無いのだ……



『黙ってないで。

相内君はただ答えれば良いのよ?』



ましてや、その突如として現れた選択肢が回避不能だとしたら?


あらぬ方向からやってきたボクサーのパンチ。

数発のジャブからガードを崩し、狙い澄ましたかの様な軌道を描くその一撃

僕が出来る答えは、そのパンチを“受ける”のみ。

だけど、問題は……



『さあ……答えて……

答えてくれない限り、私はここを一歩も動く気は無いし。貴方を動かす気も無い』



どう受けるか。


狙われた箇所は急所。

的確に息の根を止めるかの様に繰り出された必殺の一撃。

その的確な攻撃から狙われた箇所を守るか守らないか


もっとシンプルに言えば。


受けるか逃げるか。





……あれ?

何だ、結局は“選択肢”じゃん。



『もう一度言うわ……』



世界はやっぱり。



『私と付き合って欲しい』



選択肢で出来ている。







〜ここに至るまでの選択肢〜









『えーじゃあ、出席を取ります。“相内”』


『はい』



兼ねてから思う。

この“生徒管理のシステム”である出席番号には納得がイかない。


“あいうえお順”という日本古来の文法式により。

“あ”と“い”を連番で含む僕の苗字はぶっち切りのNo.1。

おまけにその後は“う”ときてる。

相川にも相澤にも相園にも相田にも、その他“相”の名を記す者の中では、他の追随を許さぬ独走状態。


おかげで最初期の席は一番前だし。

自由に席が決められる様になったとしても遅刻は許されない。


このシステム最大の恩恵を受けるであろう和田や渡辺は。

名前が呼ばれるまでの数分間は遅刻を許されるのに対し、僕は問答無用のトップバッター。


これを不公平と言わず何と言う?


先祖にケチつけるわけじゃ無いけど、生贄として“あああああ”という苗字の人物ぐらい居ても良いんじゃ無いか?

彼の祖先は勇者の出来損ないか、極度の面倒臭がりって設定か何かで……



『斎藤』


『はい』


『佐々木』


『はい』


『高橋』


『ほーい』


『野田』


『はい』



畜生、高橋め!

僕だってあんな風に気怠く挨拶したい!

“最初=模範”の風潮のせいで

絶対あんな風に挨拶したら怒るのに(実際に小学生の時に怒られた)

教師は生徒の味方じゃないのか!?

スルー力は教師をやる以上必要の無い能力だと思う。

国民的猫型ロボットの黄色い妹に搭載された無駄に高い女子力ぐらい必要の無い物だ!

貴方の様な人が居るからイジメは無くならないんだ!



『平井』


『はい』


『福田』


『はい』


『……宮崎』



そんな風に、クラスメイト高橋と、大人な対応をする大人な教師に対し、思春期独特のどーでも良い敵意を剥き出しにしていた時。

コソコソと後ろから入ろうとしている和田以上に目に付く、一人の少女が放った“違和感”に、教室が静まり返る。



『…………』



彼女は無言だった。



『宮崎、返事は?』



いや“違和感”って言うよりも。

“憧れ”に近い感情と言った方が正しいかもしれない。


何故なら。


その長い黒髪を棚引かせ、小難しい古文を読みふけっていた彼女は。

未だに中二病を引きずる僕の様な虫ケラが、言いたくても言えなかった事を、無味麗しくも冷徹な表情で代弁してくれたから……



『居るのが分かってる相手に、わざわざ返事をする必要があるのですか?

それよりも、今こっそりと後ろから入って来ようとしている和田君の名前を、真っ先に呼ぶべきではありませんか? 先生』



宮崎(ミヤザキ) 香菜里(カナリ)


彼女の名前が教室中に知れ渡ったキッカケ、その2だった。


そのインパクトは凄まじく。

その1でしてくれた名前とよろしくだけの自己紹介よりも遥かに優れている。


その証拠に。

不意を突かれた和田は、ガチャガチャと音を立てながら、教室のドアノブを弄っている。



『あ、そ、そうだな、おい和田!お前は後ろに立ってろ』




何よりも困惑してたのは、和田よりも先生だったのかもしれない……







《文学乙女》


〜第一章〜

〜僕ト 密室ト 二択〜






【宮崎 香菜里(ミヤザキ カナリ】

この学校に居る者なら、知ってる人は知っている。

知らない者は、どうかしてる。


中学は他校。

同校の友人はゼロ。

発言は授業中に先生に指された時のみ。

スポーツに関しては、誰も彼女の体操着姿を見た事が無い。


友人と楽しくお喋りをしてる所はおろか。

フランクに挨拶を交わす友人すら見た事が無い。



そんな、本来なら昼食を食べる場所=トイレな彼女だが。


悠々自適に自分の机でランチタイムを楽しめるのは、学生を縛り付ける物の一つ、成績システムがもたらす部分だったりする。


完結に言えば、彼女は天才だ。


現代文は勿論。

漢文、古文、ひいては俳句や書道まで。


ありとあらゆる国語的分分野に関して、彼女の右に出る物は居ない。


この校だけでは無く、全国レベルで……


噂では各種の大会で殿堂入りらしく。

実際の所、我が校の正面玄関入ってすぐ左にある“特設スペース”が全てを物語っている。


ゴールドに統一された、多種多様な形のトロフィーやメダル

全て、彼女が去年の一年間で成し遂げた功績である。


その数、39個。

一ヶ月に3.25個の計算だ。

これは。

百人一首を完璧に覚えながら、古事記をフル暗記した挙句。

万葉集を一語一句逃さず翻訳しつつも学業に勤しむというウルトラC級の離れ業。

ここまで来ると、もはや学業は副業に聞こえてくる不思議。



その、圧倒的かつ現在進行系で来賓者の注目を集める彼女の所業は。

同じ文科系のみならず、花形である体育系の者達からも畏怖され、いつしか“あだ名”がつけれていた。



【運動部涙目】


【青春の汗ブレイカー】



数多ある金色のトロフィーが並ぶ隣に、半端な成績では飾って貰えない始末。

試合に負けた悲しみを乗り越えた選手に対し、真のラスボスとして彼女は君臨している。

(※彼女は彼等に対し何もしていません)


更には、努力して勝ち得た金色トロフィーも。

飾ってしばらくすると“置き場所に困る”という残念な理由でやむなく撤去される。


当たり前だ。

なにより“ペースが違う”

年間39回も優勝出来る部活なんて聞いた事が無い。


そんなこんなで。

運動部からすれば、単独でフラグごと心までも根元からへし折る存在。


去年の野球部が残した。

“甲子園の砂と校庭の砂は、なんだか同じ気がする”は名言。

(※彼女は彼等に対し何もしていません)


そんな彼女に関する事ならまだまだあるが、最も大きな部分を言えば“図書室の私物化”だと思う。


何を言ってるのか分からないと思うが、事実、この言葉を耳にした時に、その言葉の意味から疑ったのを今でも覚えてる。


“私物化”と言う言葉と“図書室”の言葉が、広辞苑を使用して考えても結びつかない。


化学的にも無理だ。

きゃりーぱみゅ○みゅと和田ア○コを足しても、ケミストリーは起きない。



しかし、その疑問は、実際に図書室に行けば簡単に分かる。

いや、その。

“理解”よりも“衝撃”と言った形で把握する。


我が校の図書室は別名“古文書保管室”と呼ばれており、青春時代はおろか、今後の人生において、お世話になる事なんて無いと思われる書物から。


“あれ?これ、もしかしたら右から読む系?”

と錯覚するほど困難な代物。


更に、常人には古代ヘブライ語としか読めない書物まで取り揃えており。


ありとあらゆる暗号に囲まれた空間に、学生の甘えである漫画等は一切存在しない。

きっと週に一度殺人事件に遭遇する星の下に生まれた方々なら。

全て“ダイイングメッセージ”として事件を解明すると思う、多分。


もはや“ちんぷんかんぷん”と言う言葉をすら陳腐に思える場所。


彼女が気に入った書物。

見たいと思った書物。

欲しいと思った書物が全てそこに存在する。


学生は勿論、教員すらも立ち寄らない(解放はしてます)

彼女と、掃除のおっちゃん以外は鍵も持たない(職員室に引っかかってます)

それがこの学園の“図書室”だ。



おかげで、我が校の一名を除く生徒は皆、地元に存在する“国民的な都営図書館”にお世話になっている。

ベストセラーは恐らく一年生、夏季の読書感想文候補NO.1の夏目漱石【こころ】

この【こころ】を日本一置いてある都営図書館はココだけだろう。

古い物なんて、もはや宝の地図になっており。

借りパクなんてしよう物なら、名前を上げて晒し者になるレベル。


夏休み前日ともなると、この【こころ】をめぐり猛暑に負けない暑い争奪戦が繰り広げられる。

事情を知らない人から見れば

“この地域に居る学生はなんて勤勉なのだろう”と感心するレベル。

何もおかしくは無いが。

学生からすれば、この争奪戦に負けた者は、タイトルから内容を推測し、オリジナルの作品を作り出す程度の想像力が求められる為。

敗者はまさに【心ここに在らず】といった状況に陥る。





と、まあ、長ったらしく言ってはみたけれど。

要約すると、この【宮崎 香菜里】という人物は、文字通り、かなりとんでもない人物だって事。


この筋金入りの文学乙女と僕との接点は今考えると数奇な物だったと思う。

ドラマチックな物が好きな人からすれば運命。

何かに付けてこじつけるたがるストーリーテラーからすれば伏線。

だが、僕からしたら些細な偶然であった……





〜〜〜〜〜〜



出席コールの爆撃から数時間。


僕は実に晴れ晴れとした放課後を過ごしていた。


あの【宮崎 香菜里】が朝一にミサイルをぶっ放してくれたおかげで、今日の僕は実に気分が良かった。


豆鉄砲を食らった鳩

…… は、そもそも豆鉄砲を見た事が無いので何とも言えない。


だが、言葉の弾丸によって打ち抜かれた教師の顔と、それが引き金で被弾した和田の顔は今でも忘れない


漫画でよく見るキョトンって多分、ああいう時に使われる擬音に違いない。

明日からの出席が楽しみである。


そんな浮ついた面持ちで帰宅準備をしてる時、携帯が震える。



《件名:緊急指令》



送り主は、去年留年し。

今年志望校に受かった姉だった。


当時の成績では立ち入る事すら不可能とまで言われた志望校を。

僅か一年で向こうから招き入れられるまでになった化け物。


【乙女の秘密】と言われたその勉強方法は、解明されれば新たなメソッドとして、全国の留年生相手にビジネスが出来るのでは無いかと睨んでいる。



《本文:イワン・パブロフの参考文献が欲しい。

あんたの学校にある図書室からいくつかピックアップしてきてくれない?》



日本で随一の心理学を先行する国立大学はこういったマニアッ……

もとい難しい書籍を必要とするのだろう。


この様に、我が校の図書室は。

そのマニアックな保管書物のおかげか、一部のマニアックな地域住民からはマニアックな支持を受けてたりする。


“そんなん良いから【こころ】を置けよ……”


は、この学園を選んだ者なら誰もが思う事だったりする。



《本文:OK!任せて!!》



弟として、勉学に励む愛する家族の頼みを断る事は出来ず、素直にパシリとして走り、目的地へと歩を進める。


【一人の在学生が所有する図書室】

響きで言えば、僕の内に眠る中二心が擽られるのだけど。

実際、中にあるのは黒魔術よりも難解な書物達。


そんな開けっ放しの封印された禁断の地を家族の為に訪れ、ドアノブを握った所だった……



『図書室に何か?』



ガラスの様に透き通った声が、脳みそを突き刺す。

不意の一撃をお見舞いされ慌てて、ガチャガチャと音を立てドアノブを捻る。


その瞬間に、ホームルームで失態を晒した和田の気持ちが僅かに理解出来た。

ああ、こんな感じだったのかアイツは、こりゃ無理だ。とんでもない……



『何か、要件ですか?』



鋭利な言葉の銃口を見ると。

この図書室の持ち主がそこに居た。


夕方特有な橙色の夕日を受けた黒髪は、経験した事は無いのにどこか懐かしさを感じさせ。

ツンと上がった目尻から覗かせる、透き通る様に白い肌とは対象的な黒い瞳。

その二つの丸い物は、まるで猛禽類が獲物を真っ直ぐ見る様な眼差しで此方を見ており、思わず心臓を鷲掴みにされた。



『ええ……あ、その……』



まさに蛇に睨まれたカエル


圧倒的な存在感から放たれた圧力により、僕のパラメーターからコミュニケーション能力が簡単に奪われる。



『ごめんなさい。

今、閉めたの、開けた方が良いかしら?』



『あ……あ……』



どうやら、言語能力まで奪われたらしい。


ぐるぐると思考を回す僕をよそ目に、懐から取り出した鍵をクルクルと回し、その扉を開ける彼女。



“クックックッ、禁じられた封印の扉か……”



肝心な部分はは回って無いくせに、どーでも良い部分はイキイキと回転する自分の脳味噌をミキサーにかけたい。


そう思いながら入った図書室。


そこは、なんとも言えない不思議な空間だった……



もうすぐ夏の風物詩“こころ争奪戦”が行われる7月初旬だと言うのに、その部屋は冷んやりとしている。

そして、薄暗い。

“ワインセラーの本版”といった所だろうか?



『御所望の書物は何でしょうか?』


『あァ、エっと。

イワン・パブロフの参考文献なんだ、姉が大学で使うらしくて、いくつか貸して欲しくて……』


『そう。 ちょっと待ってて』



少しずつ言語能力を取り戻し、何とか日本語を話したのも束の間。


要件を聞いた途端、パチリと入口にあった電気を付け、彼女は本棚の迷路へと消えて行く。


私物化の名は伊達じゃない。

彼女はこの図書室に存在する全ての書物を把握している様だ。


噂では聞いていたけれど。

頭蓋骨の中に居るパイロット性能の違いを、こうまざまざと見せ付けられると、凹むを通り越して感服する。


下唇に指を当て、もう片方の手の指で本棚をなぞる彼女を見ている内に。

奪われたコミュニケーション能力が復活し。

感謝と共に、些細な興味が湧いた……



『チ、ちょっと聞いて良いかな?』


『どうぞ、お構い無く』


『ミュ、宮崎さんて、どうしてこの学校に居るの?』



それは、とてもとても些細な興味だった。

が。

それを口にしてすぐに、非常に大きな後悔が襲って来た。



あれー?これ、悪い意味に捉えられない?

“お前、早く卒業しろよ!!”って意味に捉えられない?



『どうしてそんな事を聞くの?』



ピタリと指を止めた宮崎さんの様子から。


僕が今。


人間ぐらい簡単にミンチに出来る地雷を、渾身の力で踏み込んだ事が理解出来た。


この哀れな子羊は小指の無い人に、その小指の行方を聞いてしまったのだ。


後からやって来た悪気よ。

出来れば先に来てくれたら嬉しかったよ。



『いや!その!!ほら!!!

アレだよ!宮崎さんは頭良いじゃん?それにホラ!トロフィーめっちゃ凄いじゃん!?

頭良いしさ!!』





自分の頭の悪さに呆れを通り越し、怒りを感じる……


支離滅裂ってレベルじゃない。

踏んだ地雷の上でタップダンスを踊るバカなピエロがそこに居た。


疑問文に疑問文で答えてる時点で小学校からやり直すぐらいヒドイのに、何で同じ事を二回繰り返してるんだコイツは……


脇から変な汗が出る。

僕は知ってる、このタイプの汗が一番臭い事を。

僕は知ってる、このタイプの汗は危険な時に体から出る事を。




『…………家から近いの、この学校。』




…………あれ?



意外と普通。


てっきり、構えをとったままスーッと移動してきて滅殺されるか。

体のツボを押され、内側からバラバラにされると思ったのに、スゲー普通……



よく堪忍袋の緒が切れる音が聞こえると聞く。

今まで僕はそんな言葉の一切信じられなかったけど、今日からは信じる事が出来そうだ。


堪忍袋じゃないけれど、緊張の緒が切れるのを僕は確かに感じたからだ……



『………ぷっ』


『何?どうしたの?』


『アハハッハハッハハハハ!!

何だ!!スゲー普通だね!!!!』




よくドッキリTVで、騙された人がネタバレされた後、メッチャ笑ってるけど、その気持ちが今なら分かる!

コリャ笑うしかないね!!



『そんなに面白かった?』


『いやーゴメンゴメン!なんかもうゴメンなさい!

俺、本当馬鹿みたいだわ!!いやーおかしいおかしい』



殺される?誰が?誰を?


冷静に考えろ

今、目の前に居るのは、体操着すら持って来ない程の筋金入りな文学少女だぞ?

体育4の僕が負ける訳ない。


そもそもそんな事するわけが無い。


あーーーーっ馬鹿だなー本当。



僕は自分が作り上げた思考の樹海に勝手にハマり、勝手に迷って、

勝手に泣きながら遺書書いて、

勝手にアバアバしてたらしい。


宮崎さんは確かに凄い人物だけど、冷静に考えれば僕と同い年の女の子だ、しかも小柄。

殺意に目覚めてなければ何々神拳も伝承してない。

ただ、天才なだけだ。



『そう。ハイ、コレ。』



糸が切れた人形の様に振る舞う僕に対し、彼女はいくつかの本を手渡してくれた。



『こんなにあるの!?』


『イワン・パブロフの書物が御所望なら。

学習心理的な考察だと思うの。

だから他の記述にも使える書物を一緒に渡しておくわ』


『本当!? ありがとう!!姉ちゃん喜ぶよ!!』



予想外の収穫により、大量の書物を背負い込み、随分と重くなった鞄。

肩に食い込む重みを感じると同時に、思い付いた疑問を彼女に投げてみた。




『あ、ねぇこの本いつ返せば良いかな?

姉ちゃん大学で使うから結構遅くなると思うんだけど……』


『いつでもいいわ。返してくれればね』


『本当!?

いやーありがとう!この本と恩は必ず返すよ!』



この時、切れた緊張の糸が一本でもまともに繋がっていれば。

微かに変わった空気の変化に気付けたかもしれない。



『そう…… ねぇ相内君?』


『ん?何?』



不意に呼ばれた名前によって思考回路は。

“あ!名前覚えてくれてるんだ!”

へとシフトチェンジしていた。


自分でも本当に馬鹿だと思う。

何千冊もの本が、どの場所にあるのか完璧に把握してる人が、クラスメイトの名前を覚える程度、酸素を取り入れるぐらい容易な事だと思う。



『貴方は“ちゃんと返してくれる”の?』


『もちろん!僕は絶対に返すよ!!』


『じゃあ。今すぐ返してもらおうかしら?』


『え?いや、まだ姉ちゃんに渡して無いからさ!

返すのはまた……』


『違う。 “そっち”じゃないわ。』


『え?』


『相内君……』



そうして物語は。



『私と付き合って欲しい』



最初に戻る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ