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おいでください、コックリさん

心霊ダウザー水落の、高校時代の思い出話。今回はミステリー寄りです。

謎を散らかす問題編。


 大学のカフェテラスにて、俺と由佳(ゆか)は、銀杏並木を見ながら話していた。夏休みの思い出話や、最近あった講義の話など、他愛ない話をしばらく続けた後、俺はコーヒーが空になったところで、由佳に切り出してみた。


「で、今日は、何を頼むつもりなんだ?」

「え?」


 ところが、由佳はカフェオレを手に、きょとんとした顔をした。


「え? 特に頼むことはないですが……?」

「ん?」


 その答えに、俺の方が虚を突かれる。由佳は少しむくれた。


「そんなに私、先輩に頼み事ばかりしてますか? お話しようと誘っただけなのに」

「えっ、あ、いや」


 由佳から、暇だったら、カフェテラスで会いませんかとメールが来た。てっきり、何か捜してほしいと頼まれるのかと思ったのだが、まさか、正真正銘、お茶の誘いだったとは。

 このままでは今後に支障が出る。俺はごまかすために、話を逸らした。


「ほら、高校の時に、色んなこと頼まれたなあって、色々思い出したんだよ」

「ああ、そんなこともありましたよね」


 俺、水落幸晶(みずちさちあき)は、ダウジング――人間の潜在能力を利用して、物を捜す技術だ――を得意としている。ダウジングと、その基本となる鍛えた五感、その延長戦上にある、ちょっとした霊感で、高校の頃から、後輩の由佳の頼みを聞くことがよくあった。

 といっても、由佳は几帳面で、そんなに物を失くしたりするわけではない。

 由佳は純粋というか素直というか、困った人を放っておけないらしく、自分の頼みだけでなく、他人の頼みまで、俺のところに持ってきてしまう。


 そんな依頼の一つ、高校時代の出来事を、俺は思い出していた。


 ■■■


「あ、先輩!」


 帰ろうと教室を出たところで、呼び止められた。声の方に振り向くと、一つ下の後輩、由佳が廊下に立っていた。


「もう帰るところですか?」

「あ、いや……何か用か?」


 俺は、特に部活などもやっていない。なので今日は、部活の練習のない友達と、適当に街でブラブラする予定だったのだが。

 悪友たちは、教室まで女の子が迎えにきたという事実に、ニヤニヤして肩を叩いてさっさとどっかに行ってしまった。

 だが、お前らが期待するようなことは何もない、……多分。


「実は、先輩の力をお借りしたいことがありまして……」

「……ダウジングのこと?」


 俺は制服の内ポケットに入れている水晶の感覚を確かめた。鎖の先に青い水晶がつけられていて、振り子になっている。ダウジング用の振り子――ペンジュラムは、常に持ち歩いていた。


「はい、私の友達が失くしたものがあって、一緒に探していただきたくて……」


 ほらな。 


 ■■■


 由佳に友達を連れてくるからと言われ、放課後の教室で、俺は頬杖をついて待っていた。しばらくすると、教室の戸が、ガラガラと開いて、後輩の由佳と、女子二人がやってきた。


「お待たせしました、先輩。えっと、紺野(こんの)さんと、滝川(たきがわ)さんです」


 由佳に連れられて教室に入ってきた二人は、同じ高校の生徒なので、名前までは知らないまでも、見覚えがある。ショートカットの方が紺野、ポニーテールの方が滝川と名乗った。制服のリボンの色を見れば、俺の一つ下で、由佳とは同学年の二年生だと分かった。


「……本当に、頼めば何でも見つけてくれるんですか?」


 紺野という子が、俺に尋ねた。滝川さんの方は、探るような目で俺を見ている。

 まあ、同じ高校の生徒に、『どんなものでも見つける能力のある人がいる』なんて言われても、困惑するのは当然だろうな。


「何でもは無理だけど、それなりには?」

「大丈夫ですよ、水落先輩にはすごい霊感がありますから!」


 あまりフォローになっていない由佳の言葉に、二人は顔を見合わせた。霊感なんて言ったら、大抵の人はむしろ疑う。俺は違う違う、と手を振った。


「霊感なんてもんじゃない、ちょっと勘が鋭いだけだ。――で、何を失くした?」

「……。」


 少し躊躇った後、紺野さんは言った。


「私の十円玉、です」

「は?」


 思わず聞き返してしまった。

 十円玉? 俺は由佳の顔を見る。しかし、由佳はそれを知っていたらしく、真面目な顔で頷いた。いや、お金を粗末にするつもりはない。だが、十円くらい失くしても、人に頼んでまで捜すものだろうか、と思う。


「それって……本当に十円? そんなの、探すのか?」

「そう思うのは当然だと思うんですけど……それが、その」


 紺野さんが口ごもったので、滝川さんが続きを話した。


「いえ、その十円玉でないと困るんです――その、コックリさんをしていて、その最中に、十円玉がなくなってしまって……」

「コックリさん」


 俺は再び由佳の顔を見たが、由佳はまた真面目な顔で頷いて返した。


 ■■■


 コックリさんとは、狐などの低級霊を呼び出し、質問に答えてもらう降霊術だ。

 机の上に「はい、いいえ、数字、五十音」を書いた紙を置き、その紙の上に十円などの硬貨を置いて、参加者全員が人差し指を添えて、呼びかける。すると、硬貨が独りでに動き、答えを指し示すというものだ。


「……話をまとめると。図書室で、コックリさんで遊んでいたら、指が動いて十円玉がうっかり机から滑り落ち、どこかへ転がって行ってしまった。コックリさんに『おいでください』と言ったが、『おかえりください』とは言っていない。このままでは、憑かれそうで怖いから、ちゃんと終わりにするために、その十円玉を見つけたい、と……」


 話を聞いて、俺は思わずため息をついた。

 コックリさんって……。小学生の時に流行っていたような気がするが、俺は興味なかったな。

 俺の霊感を完全に信じている由佳もそうだが、みんなそんなに、オカルトを信じているのだろうか……。霊感がある俺が言うのも微妙なことだが。

 紺野さんは言った。


「私達も、その時に一生懸命探したんですが、見つからなくて。そういうわけですから、図書室で、私達の十円玉を捜してほしいんです」

「他の十円玉を使って、帰ってもらうよう言うんじゃ駄目なのか?」

「……あの十円玉でないと、いけない気がして、捜してるんです」


 主張したのは滝川さんの方だ。俺が目を向けると、少し顔色が悪そうだった。どうも、彼女の方が緊張しているように見える。


「呼び出したのと、同じ十円玉じゃないと駄目、とかあったかな……」


 そもそも、子供の遊びみたいなものだし、正式なやり方があるようなものでもないだろう。おかえりなさい、だって別に言わなかったところで実害があるとも思えない。

 ただ、問題は、霊が降りてきているかどうかではなく、彼女達がそれをそうと信じているかどうかだ。

 例えば、コックリさんをした子供達が精神的におかしくなる例もある。

 モノの有無なんて、実は曖昧なものだ。本人がその存在を認めなければ、そこに何があろうと、ないものと同じであり――霊がそこにいると信じれば、それは本人にとっては霊がいるのと同じなのだから。


 紺野さんも滝川さんも、コックリさん、もとい霊的な存在を完全に信じている方なのだろうか……。

 まあ、コックリさん云々の話は置いておいて、俺ができることは、なくなった十円玉を捜すことだ。俺達は図書室に向かう。生徒は一人も残っていなかった。少し暗かったので、電気をつけた。


「捜す範囲は、図書室だけでいいんだな」

「はい、ここから外に転がっていったとも思えないので」


 コックリさんをしている時は、図書室のドアは閉めていたらしい。


 俺は、いつも持ち歩いている青い水晶の振り子を出した。

 静かに垂らし、鎖が地面と垂直になったところで、探すものをイメージしながら、ゆっくりと歩き出す。


「な、何あれ」

「先輩のダウジング。探したい物の近くに来ると、あの水晶が揺れるの」

「え……ヤバくない」


 俺のダウジングを初見の紺野さん、滝川さんの二人は、やや引いているようだった。

 声を潜めて話している女子達には悪いが、五感を研ぎ澄ませている俺には、全部聞こえているからな。


 そうして、金属をイメージしながら、図書室中に意識を集中させると――振り子が、小さくピクリと揺れた。


 ■■■


「結構落ちてるものなんですね」


 由佳の感想がそれだった。まあ、俺も同感だ。

 捜索を始め、およそ三十分後、図書室のカウンターには三十円が並べられていた。俺がダウジング技術で図書室を隅から隅まで歩いてみたところ――本棚と床の隙間とか、本棚と本棚の隙間とか、隠れたところから、十円玉は三枚も見つかった。なお、十円玉以外の小銭もいくつか見つかっている。


「ひょっとして、先輩が本気で街を歩いたら、すごくたくさんお金が見つかるんでしょうか」

「……できるけどな」


 小学生の時、ばあちゃんにそれはするなって、言われている。

 俺と由佳がそんな話をしている横で、紺野さんと滝川さんは、三枚の十円を見て――微妙な顔をしていた。

 三枚も見つかってしまったが、どれが自分の十円か分からないとか言い出さないだろうか。そんなことを言われてもそこまでは俺の手には負えない。そう思っていると、紺野さんは、ぼそり、と呟いた。


「……どれでも、ないです」

「は?」

「このうちのどれでもないんです」


 彼女は、十円玉に触りもせずにそう言った。滝川さんも、気まずそうな顔で頷く。


「どうして、どれでもないって分かるんだ……汚れ具合とか、発行年とか違うのか?」


 俺は、三枚の十円玉を、眺めた。どれもこれも普通の十円玉で、黒っぽく変色している。平等院鳳凰堂が刻印されていて、裏返せば、昭和五十九年、平成二年、平成四年――とそれぞれ発行年数が印字されていた。

 面倒臭いな、そんなこと覚えているのかよ――と思いつつ、自分のダウジング能力を駆使して探し回って、見つからなかったというのが悔しい。


「じゃ、もうちょっと十円玉の特徴を言ってくれ。金属の年代でも微妙に反応が違うから、それを調整してもう一度探してみる」


 俺はそう言ったが、紺野さんは首を横に振った。


「あの……もう、大丈夫です。もう少し私達で探してみるので……」

「……は?」

「すみません、ありがとうございました。張ヶ谷さんも、ありがとね。……行こう」


 紺野さんは滝川さんを連れて、静かに図書室を出て言った。後には、俺と由佳が残され、俺達は思わず顔を見合わせた。


 ■■■


 ちょうどよくというか何というか、校門を出た辺りで、生徒会が募金活動をやっていたので、見つけた小銭は募金箱に入れておいた。

 遠くにブラスバンド部が練習する金管楽器の音が聞こえ、人がまばらになった道を、俺達は並んで歩いた。夕焼けの影が、長く伸びる。


「……大丈夫なんでしょうか」


 帰り道、由佳がぽつりと呟いた。


「……いいんじゃないのか、別に」


 冷たいようだが、本人達がもういいと言っているのだから。


「……由佳は、二人とは仲いいのか?」

「そうですね、一年の時、同じクラスでした。でも、クラスが変わってからはそんなに話してなかったですけれど。あの二人は、特に仲が良くて、いつも一緒にいるのをよく見ました」


 紺野さんと滝川さんは特に仲の良いグループで、二人に対して由佳は、特別親しい友人ではないというところか。


「何で、二人の相談を由佳が受けたんだ?」


 偶然なんですけど、と由佳は前置きして話始めた。


「……昨日の放課後、図書室に、本を返そうと思って、行ったんです。もう時間は過ぎてたんですけど、私は図書委員だから、自分で手続きできますし」

「ああ」

「そうしたら、二人が、床を這って必死に何かを探していて……」


 そこで、由佳はちょっと震えた。


「どうした?」

「……いえ、あの。私、驚いてしばらくそこから動けなくて。私がドアを開けたのにも気付かないくらい、二人は必死で」


 夕焼けが差す図書室の中、床で四つん這いになり、ごそごそ動くその影に、一瞬ぎょっとした。それが知り合いだと分かった後、コンタクトレンズでも落としたのだろうか――そう思ったのだという。

 だが、紺野さんが、苛立つように呟いた言葉を由佳は聞く。


『どこに転がってったのよ、あの十円玉――!』

『えっ?』


 思わず由佳が聞き返し、そこで、紺野さんと滝川さんの二人は、由佳の存在に気付いた。

 赤い逆光に、振り向いた目は鋭くて――由佳は思わず、恐怖を覚えたという。


「何だか様子がおかしかったから、十円がどうしたのって、聞いたんですけど……」

「それで、コックリさんの話を聞いたのか」


 由佳は頷いた。


「先輩は……馬鹿にしないで、聞いてくれますよね?」

「……まあ」

「コックリさんの話を聞いた時、ああ、さっきの二人は、狐に憑かれてるみたいだったなって、思っちゃって」


 四つん這いで、ギラギラとした、獣のような目を向けた彼女達。


「コックリさんなんて――正直、本当かなって、思いました。でも、二人の様子は、単に十円玉を落としただけには、どうしても見えなくて、だから、心配で」

「……。」


 だが、由佳が気にする必要はない。

 由佳は二人のためにと、ダウジング技術のある俺を紹介したし、俺も言われた範囲で物を捜した。どんな事象があるにせよ、やはりたかが十円である。

 本来、関係ない二人のために、やれることをしたのだから。


 ――そう思っていたのだが、翌日、事態は思わぬ方向に発展する。


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