王子のブローチ
ハイリンヒは一人、窓辺に腰掛けて外を見ていた。もうすぐ夜明けだ。先ほど奇しくも、シャルロッテにあって、気分が少し落ちついた。
手の中で遊んでいるのは、歪んだブローチだ。最初は気まぐれに作ったブローチだった。自分だけの特別な友達が欲しくて作った。気をつけていたのになっと思いながらも、やっぱりこのブローチを手放せなかった。
「ジークハルト・・・どうして・・・」
ぎゅっと握りしめながら、ハイリンヒは初めてジークハルトと出会ったことを思い出した。
まだ10歳になったばかりのジークハルトは父親に連れられて神童としてハイリンヒに紹介されたのだ、チェンバロを大人顔負けに弾く彼に、ハイリンヒは初めて敗北感を感じたのだ。王子である自分は全てにおいて優れていないといけないと教わり、そうしてきた。だけど、音楽だけは絶対に彼にかなわないとすぐに思ったのだ。敗北感と同時に、全て完璧でなくてもいいことも知った。ジークハルトはハイリンヒのように語学が堪能でなくてもいいし、魔法もちゃんと知らない。そういう人がいていいという事を初めて知ったのだ。そして次第に、彼と遊ぶのが楽しくなった。王宮の外を知らない自分にとって、ジークハルトが語る王宮の外の話は物語のようで夢中になった。頼めば、どんな曲も、外の話も答えてくれる一つ年下の少年。
その当時は、他にもハイリンヒが気になった少年たちはいたが、裏で悪口や親に無理やり連れてこられたり、粗相をした後に大人たちに折檻されているのを見て、気安く声をかけられなくなっていた。その点、ジークハルトは教養もしっかりしていて、大人たちも怒らない。彼も嫌がっていない様子に安心していたのだ。
「・・・奢っていたのかな」
ハイリンヒは握りしめたブローチを見つめてから、鍵のかかる引き出しにそっとしまった。
扉の叩く音に顔をあげれば、そこにはジェームズがいた。
「やっぱり起きてた。少しは寝たほうがいい。」
「寝るさ」
「本当に?」
「あぁ」
「カールが心配してたぞ」
「うん」
ソファに腰掛けたハイリンヒの横にジェームズも腰掛けた。落ち込むハイリンヒにジェームズは肩を抱き寄せて言った。
「・・・俺はお前の友達だ。絶対に裏切らない。カールもお前のこと大切な友達だと思ってるさ。時々あいつ、お前が王子だってこと忘れてるし」
「・・・はは!確かに、忘れてるよね。時々あって顔してる」
「そうそう、忘れてるよな。あいつ、しかも結構強いだろ?魔法も使えて、武術も心得てる。」
「そうだな」
「それに、可愛いお姫様もいる」
「・・・ジェームズ」
「また会いたいだろ?ってさっきあったらしいな」
「見てたのか?」
「ちらっとね。俺たちは可愛いお嬢さんと会えないのに、一人だけあってずるいぞ」
そう言いながら軽く腹にパンチをすれば、ハイリンヒは笑った。
「悪い悪い。」
「・・・アムストラ領から兵が来るらしい。増員だってさ」
「そうか」
「事件が解決したらカールはアムストラ領に返されるらしい」
「それって」
「まー完全に餌だね。それだけ信頼されてるんだよ」
「すごいな。カールは」
*
朝起きて、カールはしっかりと着替えを確認してから部屋を出た。まだ腹は痛むけれどじっとしているのには飽きたのだ。服装を確認する。ちゃんと胸元にはアムストラ領とロイヤルズのブローチが付いている。
「おはよう。ルッツ」
「おう、おはよう。カール」
朝食を食べ終わればサロンに顔を出した。まだ誰もいないようだ。
部屋の端っこにチェンバロがポツンと置かれている。なんとなしに蓋を開けて、カールは手習いの曲を弾き始めた。教養として習ってはいるが、そんなに上手くはない。時々音を外しながら弾いていると、隣に誰かが座った。
「あ」
「おはよう、カール」
ハイリンヒが横でアレンジを効かせた伴奏をつけ始めた。
「ま、まって、わからなくなる」
「がんばれーほら、音がまたずれてるぞ」
しかも若干音が早くなってきているのだ。
「まって、まって!はやい!」
二人で騒ぎながら弾いていると、室内に誰かが入って来る気配がする。
「何してるんですか、二人とも。チェンバロが壊れますよ」
ジェームズの声だ。
「わーカール下手くそだな。僕と同じくらいじゃんか!」
ペーターが笑いながら言ってきた。
「いいんです!教養で習っただけなので!」
そう言いながらもなんとか最後まで弾ききれば、拍手がもらえた。ハイリンヒと一緒に立ってお辞儀をすれば、みんな笑いながら、今度は自分が弾くといって代わり番こに弾き始めた。
みんなの胸元には王子からもらったブローチが付いている。
全く住む世界が違うけれど、僕たちは友達になった。カールは不思議に思いながらも楽しかった。だからするっとこの言葉が出たのだ。
「ハイリンヒ、僕は離れていても、君の友達だよ」
「え?」
「アムストラ領はさ、城壁に囲まれて、みんな兵士ばっかりで、・・・僕もよく狙われていたからさ、年の近い友達って実はいなかったんだ。知り合いは皆んな兵士ばっかだし、僕嬉しかった。ずっとは王都にいられないけどさ。来年もしも、来れたら、また・・・一緒に遊んでくれるかい?」
ちょっと照れつついうと、ハイリンヒは驚いた顔をしながらも、嬉しそうに答えた。
「・・・もちろんだ!!カールは俺の友達なんだからな!!」
「ずるいぞ。俺たちも友達だぞ、カール」
後ろからのしかかりながらレーオンハルトが言ってきた。
「レーオンハルト!」
「そうだ!そうだ!僕たちも友達だぞ!」
「もちろん!ペーター!」




