シャルロッテとハイリンヒ
ふと目が覚めて、カールはベットから出た。窓の外は月が真上に差し掛かってて夜空を照らしている。この数日間はあっという間に過ぎ去った感じがした。それほど濃密で、複雑だった。
「はぁ」
小さくため息をつきながら、息苦しい胸元のサラシを緩めるとほっとした。ふと、この間会議から戻ってきたハイリンヒを思い出した。空元気に振舞う姿は痛々しかった。全てそつなくこなして、うまく振舞っているように見えても、近くで一緒に過ごしていくうちに、色々つまずきながら進んでいる事に気付いた。
「そういえば、初めて、ハイリンヒが弱音を吐いたのを聞いたのか」
カールはなんとも言えない思いが胸を締め付けた。思い出すのは昼間のハイリンヒだ。彼は王子だ、ジェームズが前に出て汚れ役をやるように彼は決して汚れてはいけない、彼がそう望んだとしても、それを周りが許さない。彼は大人達と何を話したのだろうか。結局夕方になっても部屋に戻ってくることはなかった。
部屋の中は真っ暗闇だ。外の空気が吸いたくなって、もう一度サラシを巻く気分にもなれず、ランプに火を灯して、部屋の中にルッツが用意した女物の服を着て、大判のショールを羽織り、カールはベランダに出た。
細い階段をおりて、庭に降り立てば、まだ外は真っ暗だ。月明かりが上がる程度、誰もいない庭園は静かで心を落ち着かせた。
大きく息を吸い込むとお腹が痛むが、ずっとベットの中にいた体には気持ちがいい。
さわさわと風がそよぐ中、カールは空をぼーっと眺めていた。
「カール?」
はっとして振り返れば、そこにはハイリンヒがいた。気配に気づかないほど気を抜いてた事に驚きながらも、ふと今の自分の姿を思い出した。
「あ」
シンプルな女物のドレスの上に大判のショール姿だ。後ろ姿であれば、分かりづらいが、正面から見れば、胸元が少し開いたドレスだとわかってしまう。
「あ」
今の姿はシャルロッテだ、そう思った瞬間気持ちはシャルロッテに戻ってしまう、あまりにもラフすぎる格好は、淑女にとって端ない格好だ、顔に熱が上がるのを感じながら、慌てて走ってその場から逃げようとするも、ハイリンヒが慌ててそのあとを追い、その手首を掴んだ。
「ごめん。待ってくれ」
ぎゅっと握られた手は強く、抜けそうにもない。
「ハイリンヒ様・・・」
おずおずと振り返れば、月夜の逆光で顔は見えなかった。
「その、どうしてここに?」
その問いに悩みながら、シャルロッテは言い訳を考えた。
「・・・私はカールを見舞いに来て、その・・・遅かったのでそのまま泊まらせてもらっただけです」
部屋に戻ったらちゃんと、ルッツに忘れずに言い訳の内容を言おうと思いながらも、まだ離されない手に困惑した。
「そうか・・・」
握られたまま、そっとシャルロッテはハイリンヒの手首に手を触れた。
「ハイリンヒ様?」
ハッとした様子に、シャルロッテが首をかしげ。
「シャルロッテ。・・・ここじゃまずいか。移動しよう」
そういって、周りを見渡してからハイリンヒはシャルロッテを室内へと連れて行った。
「あの」
「カールのお見舞いで来てたんだろ。ごめん、君がいるのに勝手に連れて来て」
室内には誰もおらず、ハイリンヒやっとシャルロッテから手を離し、自ら室内のランプに火を灯して行った。
「いえ、私は大丈夫です。他の人が来てくれてますし」
「そうか」
「「あの」」
「いや、君から」
「いえ、ハイリンヒ様から」
ランプが灯された室内で二人っきりだ。本来ならマナー違反だなっと心の中でハイリンヒは思いながらも、カールによく似ているシャルロッテを前に、どうしようもなく胸が締め付けられていた。もしかして、いま幻想を見ているのではないかと思いながら、それを確認したくてしょうがなかった。先ほど掴んだ手はしっかりと生きている人だと感じていたのに、それでももう一度。
「抱きしめて、良い?」
ハイリンヒの問いかけに、シャルロッテは一瞬何を言われたかわからなかった。
「え?」
「す、すまない」
そういったハイリンヒはなんだか小さく見えて、過去を思い出してしまった。シャルロッテは思わず、ハイリンヒに抱きついた。
「大丈夫です。」
シャルロッテよりも大きな体は小さく震えていた。昔、怪我をして弱っていた狼を思い出した。群れからはぐれ、人に威嚇する事も出来ないほど、悲しい声で泣いていた狼。恐る恐る抱きしめて撫でてあげると、安心したかのように目を閉じた。
「あ、すまない。ありがとう」
戸惑いながらも、ハイリンヒはシャルロッテの背中に手を回した。その温もりを確かめるように、まるですがりつくように。
「・・・カールから聞きました。お友達が大変な事をしでかしたと、それをハイリンヒ様が思い悩んでいると」
「うん。・・・カールはおしゃべりだな」
「私がしつこく聞いたんです。」
「そっか」
ハイリンヒの体は小さく揺れていた、なんだか泣いているように感じて、シャルロッテは背中に回した手を優しく撫でた。
「ハイリンヒ様が無事でよかったです。」
「・・・カールの心配はいいの?」
「カールは平気です。私の騎士だから」
「なんだか焼けるな」
「ふふふ」
シャルロッテは久しぶりに誰かに抱きついた気がしたが、すぐに違うと気づいた。こんな風に震えている人を抱きしめたのが久しぶりなのだと。昔はよく震えたチャールズと抱きしめ合っていた。寂しい時も怖い時も、二人で抱きしめ合えばほんの少し落ち着けた。お互い抱きしめ合って、交互に寝ていた。
どのくらいそうしていたのだろう、ふわりとランプの炎が揺らめくと、そっとハイリンヒの腕が解けた。
「もう大丈夫。ありがとう」
「いいえ、ハイリンヒ様。・・・こちらこそ、ありがとうございます。・・・部外者ですが、私もハイリンヒ様を心配しておりました。」
意外にも、自分も落ち着けた事に気付いて、シャルロッテは思わずお礼を言ってしまった。その様子に、ハイリンヒはそっとシャルロッテの頬に手を添えた。
「シャルロッテ嬢」
近く顔に、思わず目をつぶってしまうと、こつりと額が合わさった。
「もっと、一緒にいたいな・・・目をつぶってはダメだよ。キスがしたくなる」
そう言って、ふわりと優しく唇に触れた。驚いて目を開ければ、もう顔は離れていた。
「また、城下町で会えるかな?」
ニッコリと微笑むハイリンヒにシャルロッテは苦笑しながら答えた。
「また抜け出すんですか?もう今年は無理だと思いますよ」
たぶん、そろそろ領内に戻されるはずだ、社交シーズンも後半に入った。早い人は戻ってもいい時期なのだ。
「そうか、残念だ」
「・・・来年は社交デビューです。」
「そうだね。一緒に踊ろう」
「はい」
「部屋まで送ろう」
ハイリンヒが優しくエスコートをして、うまく警備の者をうまく避けながら、カールの部屋まで連れて来てくれた。
「警備が穴だらけですよ」
「気を使ってくれたんだよ。」
ニッコリと微笑みながら、ハイリンヒは帰っていった。
部屋に入れば、仁王立ちのフェルディナントとルッツが待っていた。
「パパの目を盗んで部屋を抜け出すなんて、なんて娘だ!」
「本当よ、ママにも黙って抜け出すなんて!」
ルッツの裏声に、シャルロッテは思わず吹き出してしまった。
「ぷっ・・・はははやめて!ルッツ!!」
「笑ったな。」
頭を乱暴に撫でられながら、シャルロッテは小さな声で言った。
「ごめんなさい、勝手に抜け出して」
「本当だよ、あと10分でも戻ってこなかったら、部屋に殴り込みに行ってたよ」
そう肩をすくめてフェルディナントは言った。
「本当よ、パパを抑えるのも大変なのよ」
また、裏声でルッツが言った。
「ふふふ、やめて、ルッツママ。夢に出て来そう」
「ほらほら、良い子はもうベットに入りな。入退室の履歴はこっちでなんとかするから」
「そんなことできるの?」
「まぁね」
肩をすくめてみせるフェルディナントに、聞かなかった事にした。
「じゃーおやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
「今度は抜け出すなよ。今日はおとなしい狼だったが、つまみ食いはするみたいだしな」
その言葉にシャルロッテは、軽く口づけされたことを思い出し顔を赤くした。
「図星だったか・・・くそ・・・あのガキ」
ルッツの言葉に鎌をかけられただけなのに気付いたが、後の祭りだ。そそくさと部屋に戻って着替えればベットの中に潜り込んだ。




