物語「薔薇の妖精と王子」より、お忍び中の王子
「へーこれがバルかー」
ハイリンヒは周りをキョロキョロしながらバルに入って行った。下町の飲食店街が並ぶ路地に並ぶバルは、カフェ兼飲み屋でもある。リーズナブルな軽食が出来るし、お酒やジュースも出て来る。そのかわり間取りは狭く、縦長に出来ていた。
デート向きのバルは、小洒落ていて、シャンデリアが鹿の角で作られて、狭くとも隣の席と少し隙間があいているので窮屈さは無い。
当然の様にシャルロッテの隣に座ろうとしたハイリンヒを素早くルッツが抑え、フェルディナントが座って阻止をした。
「酷いな〜」
ハイリンヒが苦笑しながら、シャルロッテの斜め前に座った。
「今は、只の青年、ハイリンヒだ」
そう言って睨んだのは、横に座ったフェルディナント。
「そうだそうだ。嬢の横と前は譲らない」
同じくルッツもハイリンヒに向かって言えば、それに対して、ハイリンヒは妖艶な笑みを浮かべて言った。
「障害があればあるほど燃えるね」
「「こいつ・・・」」
「はいはい、二人ともその辺にして、ルッツ、ここのおすすめメニューはなに?」
シャルロッテは飽きれながら話しを変えれば、ルッツが胸を張って教えてくれた。
「ここのおすすめは、珍しくスイーツで。女性受けしやすい、梨のムースだ!」
「じゃー私はそれにする。それとレモネード」
「俺は、ビール」
「俺も」
「じゃー僕は、レモネードとジャガイモと卵のオムレツ」
4人ともメニューが決まり注文すれば、飲み物は直にきた。
「早くて良いね」
ハイリンヒは楽しげにレモネードを飲んだ。
「お高い所は時間かかるからな」
ルッツは苦笑しながらビールをあおれば、サービスで出されたナッツを口にした。
「確かに、それにしても意外だった。バルに連れて来てもらえるなんて」
ハイリンヒは楽しげにそう言った。
「バルは駄目なの?」
シャルロッテが不思議そうに聞けば、フェルディナントが肩を竦めながら理由を教えてくれた。
「本来なら・・・王都の身分が高い人が下町のバル何て論外だな。まー嬢はうちの領内で慣れてるから良いけど。ここだと、バレたら俺たちの首が飛ぶ。」
「だな。物理で」
「え?!」
「そう言う事。でも、言わないよ。こんな楽しい事言える分けない」
ハイリンヒは楽しげに、後からきたオムレツを食べはじめた。
「はー暖かい料理!うまい!」
シャルロッテは、ハイリンヒが美味しそうにオムレツを食べる姿を見ながら、王子なのに普通に下街に慣れている様子に思わずルッツと顔を見合わせた。
「レオンハルト様と一緒だな」
「そうね」
「だな」
3人の様子に、もうお皿の半分も食べ切っているハイリンヒは食べ物を飲み込んでから聞いた。
「ん?レオンハルト?アムストラ辺境伯か?」
その問いにシャルロッテは頷いた。
「そう。執務室に居ない時は大抵町のバルに居るの」
「・・・なるほど」
「因に何回目なの?」
「ご・・・何が?」
ハイリンヒは一瞬言いかけて、固まったが笑顔で誤摩化して、また食事を再開した。
「コレが初めてって感じじゃないでしょ?」
「そうだな」
「嬢、ルッツ。”好奇心は猫をも殺す”だ」
「「はーい」」
フェルディナントの忠告に、二人は行儀良く答えた。
「それが食べ終わったらちゃんと家に送るからな。」
「はーい」
ハイリンヒも真似して返事をした。
デザートも平らげてハイリンヒは満足げに食べ終わり、シャルロッテも食べ終えれば後は帰るだけだ。その前に会計をしているフェルディナントを店の前で待っていると、シャルロッテの指に手が当たった。見れば、ハイリンヒとシャルロッテの間にはルッツが柱の様に立って邪魔しているのだが、その後ろから手を伸ばしてハイリンヒが触れていたのだ。
ちょっとしたお遊びだ、そう思いながらシャルロッテも腕を伸ばしてハイリンヒが握りやすい様に手を繋いだ。なんだかいけない事をしている気分にむず痒い思いと、本来なら触れる事も叶わない王子との接触になんだかドキドキしていた。
「甘酢っぺー。そろそろ手を離しな、お二人さん」
ルッツの言葉に慌てて二人は手を離した。騎士であるルッツがすぐ後ろで動く気配に気づかない筈が無いのにっと今更ながら思いながら、シャルロッテは頬を赤らめた。ハイリンヒは素知らぬ顔で、フェルディナントに食事代を奢ってもらった事に対してお礼を言っていた。
「ここから歩いて駅馬車まで行くか。そこまで行けば、そこそこ良い馬車が拾える」
そう言ってフェルディナントが言ったので、4人は歩いて移動となった。ハイリンヒにとっては普段なかなか通れない下街の道に楽しげだ。
「キョロキョロすんな、坊ちゃん。狙われるぞ」
「何も持って来てないから平気だよ」
「それは、それで問題が」
そんな風に軽く話しながら進んで行くと、路地裏で争う声が響いた。ルッツとフェルディナントはすぐさま、剣に手を添えて当たりを警戒し、ハイリンヒはシャルロッテの手を握り守られやすい様に密着した。
「今は許すが、安全になったら離れろよ」
何も言わずにシャルロッテと密着したハイリンヒに、ルッツがすかさず釘を刺した。その言葉に、ハイリンヒは小さく舌をだしていたのを見たのは、シャルロッテだけ。そして真面目な声でハイリンヒは答えた。
「もちろん、紳士ですから」
「おう、紳士で居てくれ」
「移動しよう」
フェルディナントが周りを見ながら、そう告げた。自分たちがいる通りに居る人達も路地裏の喧騒を聞いて、足早に移動しはじめたからだ。
早足で進む中、建物の隙間から走り去る青年にハイリンヒは足を止めた。
「レオ?」
ハイリンヒの呟きにルッツが反応した。
「どうした?」
「知り合いに似てる」
その言葉にルッツが天を仰いだ。ハイリンヒの知り合いという事は、高位貴族もしくは重要人物ばかりだ。
「あーーまじか」
一般人よりも危険度が上がったと嘆いたルッツを尻目に、次の角を曲がった瞬間。目の前の細い路地から飛び出した青年はやはりレーオンハルトだった。
「レオ!」
ハイリンヒが叫べばレーオンハルトはびっくりした顔をしながらも、そのまま通りを駆け抜けて、道を挟んだ向こう側の細い路地へと走り去って行った。
その後を柄の悪い男達が2人追いかけて行く。
「君は色々引っ張って来るね〜」
フェルディナントは眉間を揉みながら、今見えた状況に頭を悩ませた。
「・・・今の人ってレーオンハルト様ですよね?」
「嬢に迫って来た男だしほっとくか」
「いや、駄目だろ」
「だよなー」
そんなやり取りをルッツとフェルディナントがしている間に、シャルロッテはポケットから紙を取り出し息吹を吹き込んで飛ばした。小さい小鳥となって飛んだ紙は一直線にレーオンハルトが走って行った方向へと向かった。
「何をしたの?」
ハイリンヒが聞けば、シャルロッテは答えた。
「追跡魔法よ。しといた方が良いでしょ?フェルディナント、応援を呼んだ方が良いじゃないかしら」
そうシャルロッテが聞けば、わかったという返事とともに、首から下げていたチェーンの先に着いた、銀色の小さい笛を吹いた。息が抜けるような音しかしない笛は、吹き終わると青く光った。
何度か点滅すると、また笛をふいた。
「何をしてるの?」
ハイリンヒが聞けば、ルッツがそれに対して答えた
「連絡してるんだよ。衛兵を呼んでくれてる。あと応援もな。・・・コイツの存在も伝えたらどうだ?」
ルッツがハイリンヒを指差しながら聞けば、フェルディナントはちらりと見たが首を振った。
「何処に何がいるか分からない」
「なるほど」
ルッツは頷きながら、当たりを見回した。
「シャルロッテ嬢、逃げてる彼は今どこらへんにいるかな?」
その問いに、シャルロッテは目を瞑って紙の鳥と同じ目線になる。路地裏を走り回るレーオンハルトの先には川があり、橋もあった。
「ん〜ここより奥の下町に向かってるわ、このままだと川を渡りそう」
「それは不味いな」
「何故?」
「下町の最下層の地域だ。かなり治安が悪い、あんな格好で入った瞬間袋叩きだろうな」
そう話している間に、騎乗しながら、馬を3頭連れた領内の騎士が現れた。
「来た、シャルロッテ嬢とハイリンヒは一緒に乗れ、俺たちは単騎」
そうフェルディナントが指示すると、止まった騎士は直に馬をつないでいたロープを投げ渡し、フェルディナントに報告をした。
「橋の方に、うちの領内の奴らを行かせた。衛兵にも知らせた。」
「分かった。とりあえず、俺たちは中央広場まで移動する。お忍び中の貴族がいるんでね」
「わかった。助け出した後また連絡する」
そう言ってその人物は走り去って行った。
「早いな。」
ハイリンヒはびっくりした様子でやり取りを見ていた。
「こちとら常に前線なんでね。情報の早さは命さ」
「じゃ、行くぞ。シャルロッテ嬢は何か変化があったら言ってくれ」
「分かったわ」
そうして、4人は人が少なくなった道を駆け抜けた。走り抜ける下町は、この時間では珍しくやはり人が少ない、皆窓をうっすらあけて外をうかがっている様子に、他の場所でも何か置きている事が伺えた。
その様子にルッツとフェルディナントは焦りを感じていた。
広場に出れば、人と馬車が走っていた。それにほっとして、馬の歩みを緩めれば、一つの馬車から降りた青年が慌てて此方に走ってくるのが見えた。
「なんだ?」
「あ、やばっ」
ハイリンヒが顔を確認して直に顔をそらした。走って来た青年は、魔法学校の制服を身に着けていた。
「いたあああああああ!!!」
そう叫び、半泣きで駆け寄って来たのはフィリップだった。
「知り合いか。まずいな」
「お前、なんでココにいるんだよ」
ハイリンヒが嫌そうに言えば、フィリップが泣きながら怒った。
「君を捜してたんだろう!!僕の道具勝手に持ち出して抜け出して!!しかもおお何可愛い女の子とデートしてんだよぉおお!!しかも密着してるし!!」
「おい!!走れ!!」
唐突にルッツが叫び、泣いていたフィリップを片腕に持上げて馬を走らせた、それに習って二人も馬を走らせれば先ほどまでいた場所に固い音が響いた。
振り返れば、矢が数本落ちている。
「どうやら、こっちもバレたっぽいな」
ハイリンヒは呟きながら、慌てて走らせた為に、二人から離れてしまったので戻ろうと周りを見渡すと、怪しい単騎を乗った男が此方に向かって来ていた。
「おい!逃げろ!!」
ルッツの叫び声に、ハイリンヒは慌てて馬の腹を蹴った。
「斜め右の道に行って!ってああ、そっちはだめ」
シャルロッテがハイリンヒの後ろから行き先を指示したが、運悪く馬車が遮り、生きたい方向に行けず一本奥の道に入ってしまった。
「まずい感じ?」
ハイリンヒは冷や汗を感じながら、呟けば、シャルロッテは後ろを振り返りながら言った。
「まだ追いかけて来てる、そのまま左回りでいけばまた広場に戻れると思うけど」
「塞がれてる可能性があるってことかな?」
「あの手際の良さならね」
シャルロッテは必死にハイリンヒの腰を掴みながら周りを再度見渡した。
「はーせっかくのお忍びデートが台無しだ」
「冗談言ってないで、早く二人と合流しないと」
下町に舞い戻ってしまった二人は、そのまま馬を走らせ続けた。シャルロッテの指示の元なんとか、追っ手を巻けば、教会の中に避難した。
「こっちよ」
そう言って、シャルロッテと一緒に入ったのは懺悔室。
「なんだろう、邪な思いが・・・」
「静かにして!」
シャルロッテが怒りながら、ポケットからまた紙を取り出し小さく呟けば紙がふわりと輝き消えた。
「何をしたの?」
「フェルディナントに連絡しただけよ」
そうして二人が狭い懺悔室に隠れていると、教会の中に誰かが入って来る音がした。
「「?!」」
じっと息をひそめて、ほんの少し扉をあけて見れば、そこにはジャケットを身に着けていないレーオンハルトがいた。シャツは汚れて、息も上がっている。隠れる様に柱の影に入ったレーオンハルトに二人は顔を見合わせ回りの様子をうかがった。
「大丈夫そうか?」
「でも、出るのは危険です。こっちに呼ぶわ」
そう言ってシャルロッテは、呪文を唱えた。
”レーオンハルト様、懺悔室に来て”
そう声を風に乗せて届けた。
驚いた顔をしながら此方を振り向いたレーオンハルトは、訝しげながらも急いで懺悔室に入って来た。反対側の個室に入ったレーオンハルトにハイリンヒは小窓から覗いて声をかけた。
「レオ、大丈夫か?」
「ハイリンヒ?!」
「しっ声を落とせ」
「てか、無事だったんだね。もう心配したよ。君が居なくなってさ。幸い知ってるのは僕たちと王妃様だけだけど。」
「何でバレたんだ?」
「ヴェンツェルの奴が気晴らしに〜とか言って、君の宮に入ろうとしたんだよ。僕たちで追い返したけどね。」
「そっか、悪かったな。でも、それで何で下街にいるんだ」
「まーあれだ。色々調べてたら・・・、てか君を捜してたら柄の悪い奴らに追いかけ回されただけだ。」
その問いに、レーオンハルトはちらりと、シャルロッテの方を見てから、言葉を濁した様子にシャルロッテは首をかしげた。
「なるほど」
「で、何か言う事は無いかな?」
「すまない。今度は迷惑がかからない様に抜け出す」
「おい!君は!!馬鹿だろ!この危ない時に外ほっつき歩いて!その様子だと何かあっただろう」
「「声が大きい」」
二人にたしなめられ、レーオンハルトは勢い余って立ち上がっていたのを座り直した。
「まー察しの通り、狙われた。フィリップが付けられてらしくってな、見つけられた途端追いかけ回されて、ここに避難中。シャルロッテ嬢の護衛と一緒にいたんだが、分断された。」
「まじかー」
突っ伏したレーオンハルトにハイリンヒは横に居るシャルロッテを見上げた。
「追跡魔法は今どうなってるのかな?」
そう言われて、シャルロッテは目を閉じた。鳥の目線になれば、この教会の頭上に居る。
「ここに来てるわ、周りに人がいない状態」
そう言った瞬間、また教会内に人が入って来た。その様子に3人は緊張した。
入って来たのは男二人、黒いローブを羽織っていて、顔が分からなかった。教会内を見回して何かを探している様子に、ハイリンヒ一つ息を吸って、立ち上がった。
そしてシャルロッテの頬にキスをすると、懺悔室から出て扉を閉めてしまった。
「「?!」」
「こんにちは、どうかされましたか?」
ハイリンヒは笑顔で男二人に声をかけた。
「やぁ、よかった。人に会えて」
「道にでも迷ったんですか?」
「えぇ、迷っていたのですが、やっとみつけました。」
そう言って、男はハイリンヒに向かって剣を振り下ろした。それをすかさず避けたハイリンヒはそのまま男の足元を蹴り上げ転ばすと、持っていた剣を奪い構え直した。
「酷いなー」
そう苦笑しながら、もう一人の男が魔法を使おうとする様子に、すぐさま腕を斬りつけ、喉を軽く切った。
「ひぃいい!」
男は首を抑えながら後ずさりし、話しが違うっと呟いて出入り口へと走って行く。それに続く様にもう一人の男も走って行くも、扉を開けた瞬間、二人の男に叩きのめされていた。
「あ、お疲れ様」
「”あ”じゃない!なんつー危ない事してるんだ」
ルッツが怒りながら入って来た。
「見た目は優男の癖に」
「どうも!」
「褒めてねぇ!!」
そんな二人のやり取りを見ながら、フェルディナントは肩に付けていたロープを使って男達を巻き、口にも紐を巻いて喋れない様にしていた。
「ルッツ、フェルディナント!」
シャルロッテは二人が現れたのにホッとしながら、懺悔室から飛び出した。
「嬢!無事で良かった!」
「まにあって良かったー」
二人の後にも、領内の騎士が来てフィリップとも合流できた。そして分かった事は、ハイリンヒはフィリップが持っていた変装薬をかってに拝借し、ちょっと部屋に小細工をして抜け出していたらしい。それに気づいたフィリップは、魔法学生として管理を怠った事がバレルと大変な事になるだけでなく、王子が居なくなったという事実に必死に探していたのだ。他の二人は王宮内で居ない事がバレない様にカモフラージュ要因として残されてるそうだ。
「あー帰りたくない。」
駅馬車の個室でハイリンヒはソファーにしがみつきながら言った。
「自業自得」
「雷はあと3つ残ってますからね」
「ほら、さっさと立て、お迎えの馬車が来たぞ」
ルッツがハイリンヒを無理矢理ソファーから引きはがして、馬車の所まで連れていく。その様子にシャルロッテはクスクス笑いながらついて言った。
「はぁ〜もうお別れなんて悲しいな、シャルロッテ嬢」
ハイリンヒが手を伸ばしながら言えば、シャルロッテも手を繋いだ。
「そうですね。でも、こんな周りを困らせる事はしちゃだめですよ?」
そう返すと、眉をハの字にした。
「じゃー暫くは大人しくしてようかな」
「暫くじゃなく、ずっとです」
レーオンハルトが釘を刺しながら、さっさと馬車に乗り込んだ。フィリップはハイリンヒのシャツを引っ張って乗せようとしている。
「酷いな〜まるで、引き離される二人だね。じゃあね、シャルロッテ」
そう言って離れたが、ハイリンヒはあっと声をあげて振り返った。
「忘れてた」
そう言ってシャルロッテの唇に軽く触れてから、逃げる様に馬車に乗って出発させてしまった。
「うわあああ!!」
「この糞ガキ!!!!」
フェルディナントとルッツが叫ぶ中、シャルロッテは顔が熱くなるのを感じながら頭の中が真っ白になっていた。
ー 今、口づけされた?
馬車の中でも同じ様に叫び声があがり、レーオンハルトにハイリンヒは首を絞められていた。




