物語「薔薇の妖精と王子」より、茨の騎士
カールは、ほんの少しふて腐れながら、王子のサロンに一人でいた。まだ来るのには早すぎたのだが、早く目が覚めたので来たのだ。
ここ数日、グロリア様のマナーの勉強に呼び出されていたり、レオはやっとシャルロッテの魅了から解放されて落ち着いたり、好きな剣術ができたりもして充実していたはずだった。だが、今日は違う。それは今、手に持っている物だ。
これは、やっとシャルロッテが書き上げたハイリンヒへの返信の手紙だ。
片手でペタペタと乱雑に手に当てながら、渡すべきかどうしようか悩んでいた。後から入って来たジークハルトはその様子を見ながらも定位置であるチェンバロの席に着くと弾きはじめた。最初は指の慣らし曲を弾いて行く。
無言な様子のカールにジークハルトが珍しく聞いてきた。
「・・・珍しく早く来てると思ったら、妖精さんのお使い?」
指を動かしながら聞いて来たジークハルトに、カールはムスッとした顔のまま答えた。
「・・・そうだよ。ジークハルトはいつもこんなに早く来てるの?」
「うん。ココだと、ずっと弾いてても怒られないからね。家だとご近所に煩いって言われちゃうんだ。同じ曲ずーっと弾いたりするからね」
楽しげに言う様子に、カールはソファーの背もたれに顎を乗せながらジークハルトを見た。
「好きなんだね。」
「うん。好きだよ。色んな音を奏でられるからね。指を動かしてないと落ち着かないっていうのもあるかな?音楽に取り付かれてるって他の友達には言われてる」
「そうなのか?そこまで夢中になれるって凄いよ。だって、集中力も必要だし体力も必要だよ。僕は音楽がからっきしだったから、そんなに弾けて凄いなって思う。」
「ありがとう。でも、カールの体術も凄かったよ」
「へへへ、僕は体を動かす方が得意なんだ。だから、こういうのは性に合わない」
そう言って、ソファーの背もたれに肘をつきながら手に持っていた手紙をひらひらさせた。
「本当は渡したくないって顔だね」
「だって・・・。」
ふと、シャルロッテに教えてもらった薔薇の妖精と王子の話しを思い出し、それに例えて言う事にした。
「ん〜僕はさ妖精のお話にすると、茨の妖精だね。可愛い薔薇に触れる奴には容赦なく傷つける役目なんだよ。」
「なるほど、正しく騎士だね」
そう言うと、手慣らしの曲が終わり、激しい曲に変わった。
「この曲は、オペレッタで流れる”茨の妖精騎士”が登場する曲だよ」
ジークハルトが笑いながら弾きはじめた。激しくときには優しく、波打つような曲調だ。細かなリズムで奏でられる曲を聴きながらカールは立ち上がって言った。
「そしたらさ、僕はこの手紙焼いても良いかな?茨なら許されるよね?」
と顔を明るく話をすると背に重みが増した。
「何が許されるんだ?カールが茨って?」
背中に寄りかかって来ていたのは、ハイリンヒだった。
「おはようカール」
「おはようございます。ハインツ」
「ん?その手紙。」
「あっ」
持っていた手紙に気がついたハイリンヒは奪う様にカールから手紙を取り上げてしまった。
「待って違う!」
「違くない!」
見上げた蝋印と宛名にハイリンヒはにっこり微笑みながら高く手を上げた。取り返そうと腕を伸ばすカールには若干届かない距離だ。
「宛名が僕宛だ!青の森の王子ハイリンヒへって書いてある!」
「見間違い!」
ぴょんぴょん跳ねながら、取り返そうとするも、ハイリンヒは笑いながら踊る様に逃げ出した。その様子にすぐ後から入って来たジェームズは苦笑しながら言った。
「なるほど、正しく茨だね!」
「あははは、そうだね。」
ジークハルトも同じ様に笑いながら、違う曲を弾きはじめた。
「そんな二人にはやっぱり、王子と茨騎士の剣舞の曲だよね」
「流石ジークハルト!良い選択だ!」
ジェームズは楽しげにジークハルトに賛同し、手拍子まで仕始めた。
それに会わせて、ハイリンヒは胸ポケットに手紙を押し入れると、剣を構えるポーズをした。カールはむすっとしながらも、同じ様にポーズを構えた。
ハイリンヒが突きをすれば避け、カールが腕を振るえば向こうが避けて、っとエア剣士ごっこだ。次第にカールも笑いながら、エイ!やぁ!っとかけ声をかけながら見えない剣を振るう。
くるりと舞いながら、1、2、3っと剣の型を振るえば、今度は相手も同じ様に違う型をしてくる。何も言わずに息ピッタしに出来る事が楽しくなり、いつのまにかカールも楽しくリズムを口ずさ見ながら踊っていた。
曲のクライマックスに会わせて、ハイリンヒの剣を受けて倒れ込めば、拍手が起こった。
振り向けば、いつのまにか来ていたペーターとフィリップが興奮した様に言った。
「凄い凄い!!演劇を見てるみたいだった!」
「王子の剣舞なんてなかなか見れないもんね!」
「おっと、見物料貰わないとな」
ハイリンヒはウィンクをしながらカールに言った。
「そうですね。何にしましょうか?」
「そうだな〜」
悪巧みをしている顔をしながら顎に手を当てて思案しはじめた。
「「げっ!!」」
ペーターとフィリップは同時に声を上げて、ジェームズの背に隠れた。
「フィリップの魔法を使って、完璧な変装して外出っていうのはどうだ?」
「それは面白そうですね」
「で、ペーターにはお父上の秘蔵品であるワインを一本くすねて貰う!」
「それはスリリング!」
カールも悪のりして相槌を付けていたら、ペーターが叫んだ。
「やだよ!こないだ、とうとう悪戯が父上にバレて怒られたんだから!一本くすねたりしたら速攻でバレるよ!」
「なんだ、バレたのか。上等のワインラベルに騙されなかったのか、流石ヴァイスコップ子爵!舌がこえてる!それとも、安物のワインすぎたか?」
既に悪戯済みの様子にカールは苦笑した。
「僕の魔法もそんな簡単に使ったら怒られるよ!王子が申請してくれたら出来るけど!まだ学生だからね?!」
「申請なんてしたら、脱走っとじゃなかった、お忍びがバレるだろ?」
「脱走する気じゃないか!それこそ反省室行きだよ!」
フィッリプは嘆く様に天を仰いだ。
「まぁまぁ、からかうのはそのくらいにして、今日はどうする?」
「そうだな〜っと、ん?今日もレオは来てないのか?」
ハイリンヒが周りを見渡して言えば、ペーターが肩を竦めた。
「いく時に寄ったけど、何でも最近忙しいだってさ〜」
「忙しい?」
「そ、扉もちょっとしか開けずにバタン!って閉められた!酷いよね〜酷いよね〜カール慰めて〜」
ペーターが頭突きをしながらカールの腹に向かって突進した。
「どうしたんですかね?」
「アイツらしくないな」
ジェームズは顔をしかめて呟いた。
「そうなんですか?」
「そうだな・・・」
ハイリンヒはほんの少しだけ顔を曇らせたかの様にしたが、直に手を叩いた。
「よし、今日やる事を決めたぞ、遠乗りだ!!」
「「えー!」」
ピーターとフィリップは不満そうに叫んだ。
「いいね〜」
ジェームズは楽しげに、廊下に出て直ぐに近衛に指示を出し、いく気満々だ。
「競争だぞ!カール!一番早く着いた奴が半日王様になれる!」
「いっつもハイリンヒが一番じゃないか!」
フィリップが叫べば、ジークハルトがチェンバロから離れておずおずと聞いて来た。
「僕も参加かな?」
「当たり前だろ?ジークハルト!」
「だよね・・・、はぁ。馬苦手なのに」
「遠乗りって何処でするんですか?」
カールが疑問に思って聞けば、ハイリンヒはニヤリと笑った。
「王宮の庭に決まってるだろ!」
「それって遠乗りなんですか?」
カールが疑問に思って聞いた事もさらっと無視され、連れてかれた。
移動した場所は、確かに王宮の庭だったが、それはとても広い場所だった。町と反対側にある森は全て王宮の持ち物だったとは、カールは今知った所だ。
立派な馬も用意され、跨がれば遠くの方でご婦人方の黄色い悲鳴が上がった。遠くを見渡せばと奥の方に丘のような高い場所に小さな屋敷があり、そこのバルコニーに女性達が居るようだ。
「今日はご婦人方が、母上とロシリアン風の離れでお茶会をしてるんだ、そこに一番早く着いた奴が勝ち!」
遠くを眺めながらハイリンヒが言った先が、先ほど黄色い悲鳴を上げている館らしいことが伺えた。
「あの場所に行けばいいんですね?」
「そうさ」
ハイリンヒは楽しげに頷いた。
「茶会ってことはお菓子あるよね?」
とたんにピーターは元気が出て来たようだ。
「じゃーいくぞ!よーいどん!」
ハイリンヒが叫ぶと同時に駆け出した。広い庭園の真ん中は舗装されておりまっすぐと噴水の場所まで続いている。その先は均等に植えられた林だ。
縫う様に走りながらほんの少し丘になった場所にある館へ向かって走って行く。
ハイリンヒとジェームズとカールが並んで走る中、他の3人は後ろで必死に追いかけて行く。
「うっそー!カールも早いよ!」
「本当だ、流石アムストラ領出身だね」
そんな事を後ろで話しながら走っている中、前の三人は必死に駆けていた。
「流石カール!やるな!」
「本当ですね。俺たちについて来れるなんて!」
「何となく、負けるのは嫌なので!」
カールも必死に手綱をさばきながら駆けて行った。林を抜けて開けた場所に出た瞬間、一気にカールは馬の尻を叩き前に出た。
「うおっ!」
「よし!」
カールは館の門をくぐり抜ける直前に、発砲音が響き渡った。
「「カール!!」」
後ろで叫ぶ声を聞いた瞬間に馬のいななきが響き渡り、カールは浮遊感を感じ咄嗟に馬の首にしがみついた。馬が暴れ狂いふるい落とされそうになる。
ご婦人方の悲鳴も聞こえたが、カールは振り落とされない様にしがみつくので精一杯だ。視界はグルグルと曲がり、上下が分からない程だ。
「どうどう!!おちつけ!!落ち着くんだ!!」
「カール!」
「王子!!今直ぐ馬から下りて下さい!!」
駆け寄り男達の声を聞きながら、カールの馬はとうとう高く立ち上がり倒れる瞬間。カールは慌てて飛び降りた。
「はぁはぁはぁ、一体。何が、おきた?」
息を切らせながら、汗を拭い。カールが馬を見れば、口から泡を吹いていた。馬の尻には穴が三つ空き血が流れ出ている。
ハイリンヒは近衛達に囲まれ、身動きが取れない状況だ。
一人の近衛がカールに近づき、無事の確認と馬の様子を見て、顔をしかめた。
「毒だな。とりあえず、王子を館の中へ避難。他の方々も急いで」
そう指示をされて慌ててカール達は追いついて来たピーター達と一緒に館の中に避難した。
「カール大丈夫か?!」
館に入って直ぐに、ハイリンヒは近衛を押しのけてカールの元に駆け寄った。ご婦人方は別室に避難させられ騒ぎが遠くの方で聞こえて来る。
「大丈夫ですよ。ほら、どこも怪我をしていない」
腕を広げてみせるも、ハイリンヒの心配は尽きないようでカールの体を触って確かめた。
「そうだが、馬から落ちただろ?」
「馬から落ちる前に下りたんです。だから、平気でしょ?」
「そうだが・・・。よかった。・・・せっかくの遊びが台無しだな。」
ハイリンヒは小さくため息をつきながらも、顔色が悪かった。
「・・・ハインツ、僕は茨の騎士さ、とっても強いだよ?」
カールが言えば、ハインツは一瞬びっくりした顔をしたが直に苦笑した。
「そうだったな。お前は騎士だったな」
「それにしても、カールが無事で良かった。馬が凄い勢いで暴れて僕ヒヤヒヤしたよ」
ピーターが半泣きで言えば、ジークハルトもフィリップも顔を青ざめながら頷いた。
「本当だよ。肝が冷えた。これが・・・」
ジェームズは何か言いかけて口を閉ざしたが、カールは何となく察した。いつもはハイリンヒが一番に着く、それは誰もが知っている事のようだ。
馬の嘶きに、近衛達が反応して囲えば、玄関を開けて入って来たのは灰色の髪の毛の男性だった。
「おや、今日は姉上のお茶会だと思ったんだけど、ハイリンヒもいたのか。」
ニッコリと微笑みながらも、薄気味悪い雰囲気を持つ男性を、近衛達は緊張した面持ちで道をあけた。その様子にカールは訝しんだが、ジェームズ達も緊張した面持ちで、男性を見ながらもハイリンヒの後ろに廻り、直に飛び出せる位置に着いたのが伺えた。
「・・・叔父上はどうされたんですか?王宮の庭にいるなんて珍しい。いつも美しい御夫人達に引っ張りだこなのに」
普段は見ない、完璧な冷たい笑顔でハイリンヒは叔父上と呼んだ男性を見た。
「いや、今日は口直しに、さわやかの緑を吸おうと思ってね、散歩に来ただけだよ。そしたら館の前に物騒な馬の死骸があったからね。驚いて顔をのぞかせただけだ。」
「そうですか」
「君も、もう大人なんだから、子供染みた遊びはそろそろ止めたらどうだい?婚約が破談になってしまったのだしね。そろそろ相手を見つけたまえ」
「叔父上も早く、一人の女性に決めた方が良いのでは?」
「私は良いのだよ?一度結婚をしているしね。・・・君は見ない顔だね」
緊張したやり取りから一点、男性はずいっとカールの方に近づいて来た。
「え?」
「何処かで見た事がある気がする・・・女の兄弟はいるかい?」
「・・・いいえ」
燃えるような揺らめきを見せる赤茶色の瞳に見つめられ、カールはヒンヤリとする思いがした。目線を外したら駄目だっと思うのに早く外したくて仕方が無い。数秒、数分その視線はぱっと離れ、ホッとした気分になった。
「そうか・・・邪魔したねハイリンヒ」
体ごとすっと離れると、興味を無くしたのか男性はさっさと館から出て行ってしまった。
「な、何だったんですか?」
カールが呟けば、ジェームズが答えた。
「ハイリンヒの叔父上で現王の弟、ヴェンツェル様だ。色々とあってね」
苦々しそうに言う様は、ジェームズが嫌っているようだ。
「仲は良くない。王の座を狙ってるって話しさ。いっつもタイミング良く現れる」
ハイリンヒが忌々しそうに呟いた。それに賛同する様に近衛達も睨む様に扉の先、ヴェンツェルが去った方向を睨んでいた。




