少年は恋をする
カールは眼が覚めると、暫く考えてから今日はシャルロッテの姿で外出する事にした。隣の部屋に移動し一人で着れるドレスに着替え、くるりと姿見の前で回る。
若草色のジャケット風な上着に、足首までの長さのドレス。男女兼用の帽子を被れば完璧だ。
「おはよう、シャルロッテ」
手を振って瞬きすれば、眠たそうな顔のシャルロッテに変わった。
「おはよう〜チャールズ」
「今日はどうする?」
「今日は、一人で外に出てみるわ。王妃様に心配されてしまってるし。大丈夫な事を証明するわ!それにカールが全部廻ってくれたから、大丈夫よ」
舌をペロッと出しながらシャルロッテは言った。その様子にカールは苦笑した。
「それは良かった。」
「怖くなったら、出てきてね?」
「もちろん」
シャルロッテは安心して、鏡の前から離れた。朝食を食べた後は外出だ。辻馬車を使って外に出れば一気に人の賑わいを感じる。
アムストラ領とは違った賑わいだ。この場所であれば、元の自分を知らないこの王都であれば明るく振る舞える気がした。シャルロッテは領内だと大人しくいつも怯えて暮らしていた。だから、元気に振る舞いたい時はカールに出て来てもらうし、アムストラ辺境伯のお手伝いもカールがしている。見聞きする事は共有できるから、屋敷に引き蘢ってばかりでは駄目だと辺境伯に言われて連れ出されたのもある。
シャルロッテはラーベンスブルク男爵家の唯一の跡取り娘だ。それはアムストラ領と隣り合わせの小さな領地だが、主要な街道沿いにある大切な領地でもある。今はシャルロッテが幼いという事で、あの地域で一番力を持っているというのと、ある事件が会った時に助けたのがアムストラ領だという事で身を寄せている。
「婿を迎えないと行けないのかな?」
シャルロッテはいつも考えない様にしていた言葉を口に出してみた。それを考えただけで憂鬱な気分になる。
気分を切り替える様に、シャルロッテは頬を叩いて馬車を降りた。気になっていたお店でお菓子を買ったり、アクセサリーを見たりしながら。アムストラ領では味わえない雰囲気を感じた。
あそこは、良くも悪くもシャルロッテやカールの事情を知っている人達ばかりだ、その視線にシャルロッテは耐えられなかったが、ココではそんな事を知らない人達ばかり。明るく声をかけ買い物が出来るし、無駄口も叩ける。
「お嬢さん可愛いから一個おまけだよ」
「ありがとう」
それだけのやり取りでも、シャルロッテにとってはホッとする会話だった。
お菓子の入った紙袋を抱えて、レーオンハルトが教えてくれた静かな教会の庭で一息ついた。
「いっぱい買っちゃった」
町中で買った戦利品に思わずにっこりと笑顔が溢れながらシャルロッテは、砂糖をまぶした焼き菓子を一つ摘んだ。
遠くで子供達が楽しそうに騒ぐ声が聞こえ、町中で馬車が走る音が聞こえる。自分たちが居た領内と違った平和な喧騒にシャルロッテは穏やかな気持ちになった。
「早く平和になるといいな」
アムストラ領はいつもどこか緊張を孕んだ空気があったので尚更だ。
「カール?」
草を踏む音に、シャルロッテは気づいたが、気にせずに二つ目のお菓子を手に取り頬張った。今度は中には木の実があって歯ごたえがあり、こちらも美味しいと吟味していると、目の前に男性の顔が現れた。
「?!」
シャルロッテは驚いて手に持って居たお菓子を落としてしまった。シャルロッテの腿の上で跳ねたお菓子はコロコロと地面を転がり遠くの方へ。
「「あっ!」」
「ごめん、人違いだった!その!僕の知り合いに君が似て居て、でも全然あの!」
顔を真っ赤にさせながら慌てているのは貴族の男性だった。ベンチに座るシャルロッテの斜め後ろから覗き込まれていた。向こうは慌ててシャルロッテの前に来たが、こちらも頬張っていた姿を見られたのも恥ずかしいし、口の周りに砂糖がついているのも気づいて慌てて拭ぐった。
驚いたが、向こうも顔を真っ赤にさせてブツブツと女性だったなんてとか、不躾な事をしてしまったと慌てている様子に、なんだかとたんに冷静になれた。男性をよく見れば、カールの時にあって居たレーオンハルトだった。
「いえ、私もおどろき過ぎてしまいましたから。」
「いえいえ!その、此方の方こそご令嬢を不躾に見てしまって申し訳ないです!いつもはこんな事しないんです!本当に!知り合いの男性に似ていたような気がして、いえ!決して男性に見えた訳ではなく!!その!友人がとても中性的な顔立ちでして」
「えぇ、お知り合いに似ていたからなんですね、こちらこそ紛らわしい格好をしていましたわ。」
「いえいえ!!全然!!とても可愛らしいです!」
「まぁ、ありがとう。王都で流行ってるって読んで着てみた服なんです。」
実はアムストラ領に居る時に読んだ雑誌で王都の流行服に似せた格好をしてみたのだ。ちょっとボーイッシュな格好をするのが流行だと書いてあったのだ。
「あ、あの」
「はい?」
「その、あの、せっかくのお菓子をダメにしてしまったので、せめてものおおおお茶でも如何でしょうか!」
顔を真っ赤にして言われ、シャルロッテは困惑したが、周りを見るといつの間にか人が現れこちらを気にして居た。一応断ってみようと「いえ、安いお菓子です。そんなお気になさらずに」と言ってその場を離れようと立つが、慌てたように両手を取られてしまった。
「いえいえ、貴方の貴重なお時間を少しだけでも分けて居ただけないでしょうか。安かろうとなかろうと、何かしなければ気が済まないのです!」
余りの気迫にシャルロッテは、この場から離れたい一心で思わずうなづいてしまった。
頷いた後に、しまったと思ったが、レーオンハルトに手を取られ。買った物が入った紙袋は持たれてしまった。カールの友達だし、きっと大丈夫だろうと思い直しシャルロッテはそのまま案内されるがまま、お洒落なカフェ屋に連れてこられた。
そこは、こないだハイリンヒ達と行ったカフェやとは別の女性が好きそうな淡いピンク色の内装がされたカフェ屋だった。
紅茶とケーキが出されたが、シャルロッテはなんだか気まずかった。というのも、彼はずっとシャルロッテを見つめているからだ。
「あの・・・そんなに見られると食べづらいのですが。」
「あぁ、すみません!いえ、美しい瞳だなって思って」
「はぁ・・・」
シャルロッテは初めて言われた言葉に、どうしていいか分からないがとりあえずケーキを食べる事にした。食べ終わったらさよならで良いのだろうかっと思いながら、周りのご婦人方の視線を浴びるのも痛い。そこかしこで、あれはロイヤルズのとか、レーオンハルト様だ、とかざわめいている。
「ぜひとも、私と友人になって頂けないでしょうか?」
「そ、それは困りますわ。私と貴方様では身分が・・・」
「大丈夫です、僕はしがない男爵家の三男。一般の女性と結婚しても問題なんて無い、それに見た所美しい貴方は貴族のようだ」
そう言って、シャルロッテの手を握った。
「・・・商家の娘かもしれませんよ?もしくは高貴な方に使える使用人かも」
「こんな綺麗な手が?それに仕草が貴族のそれだ。何より貴方ほど魔力を持っている人が一般人である事は難しい」
そう言って、その手の甲に口づけた。その言葉に、シャルロッテは息を飲んだ。レーオンハルトは魔力保持者だという話は聞いていない。
「怯えさせてしまいましたか?違うんです、僕は少しだけ魔力を持っているだけで、操れないですよ。魔法学校に通う資格に達しない程です。」
シャルロッテは深呼吸すると、胸を張って頭を引っ張られる様に背筋を伸ばしてっという心の声に従った。
「先ほどと違って、ずいぶんとお口が廻りますのね」
握られていた手をやんわりと離して言えば、レーオンハルトは困った様に首を傾げた。
「僕の友人に顔が似ているので、友人と同じっと思って話しかけているだけです。意識してしまえば、また上手く思考が廻らない。貴方はとても魅力的だ。可愛らしいというか、子猫のような感じで・・・僕の心をかき乱す」
そう言ってうっとりと見つめられてしまい、シャルロッテは冷や汗をかいた。これは自分の魔力が制御できていないせいではないかっと気づいたからだ。
「そ、そうなんですね。」
シャルロッテは急いでケーキを食べて席をたった。
「あぁ、待って」
「私、用事を思い出しましたの。ケーキありがとうございます」
シャルロッテは逃げる様にカフェやから飛び出した。
「名前を!」
後ろから追いかけて来る様子に、シャルロッテはますます焦った。
「どうしよう」
そう呟いたとき、どんっと誰かとぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「シャルロッテ嬢?」
聞いた事のある声に顔を上げれば、ぶつかった人物は領内の騎士であるフェルディナントだった。
「フェルディナント!」
「お嬢さん!」
「ん?」
追いついたレーオンハルトに、シャルロッテの肩を掴んだフェルディナント、そして困惑しているシャルロッテの姿に、一歩後ろを歩いていたルッツはそっと2歩程下がった。
「君は?」
レーオンハルトがシャルロッテの腕を取ろうとするのを、フェルディナントはすっと避けてシャルロッテを背に庇った。
「君こそ誰だい?どうやら彼女が困っているようだけど?」
服の上からでも分かる鍛えられた体を見て、レーオンハルトは眉根を寄せた。
「君は、騎士か?」
「えぇ、そういう貴方様は貴族のようだ」
「分かっているならそこを」
「そして、私がお守りするお嬢様の虫の様だ」
言葉を遮り、ニッコリと微笑みながらフェルディナントはレーオンハルトに一歩近づいた。
「む、虫だと?」
「それ以外に何か?それで、うちのお嬢様に何かご用件でも?何かあるのでした用件だけは聞きましょう」
威圧感を出しながら前にまた一歩踏み出したフェルディナントに、レーオンハルトは負けじと踏みとどまった。
「なら、君のお嬢様の名を聞きたい」
「まずは貴方から名乗ったらどうですか?」
「・・・僕の名は、レーオンハルトだ爵位は」
「レオ!」
また新たに上がった声に、シャルロッテは声がした方を見た。するとそこには黒い馬車があり、窓が開いていた。そして窓を開けて此方を見てるのがジェームズとハイリンヒだった。
「不味いな」
そう言ってシャルロッテが被っていた帽子を深く被らせて顔を隠させたのはルッツだ。シャルロッテは明らかに不味い状況に不安そうに見上げれば、頭を軽く叩かれた。
「大丈夫だ。行くぞ、嬢」
ルッツの行動に気づいたフェルディナントが顎で示せば、ルッツはシャルロッテの手を取ってその場から離れた。
人の輪を抜け、違う大通りに出るとやっとルッツの足が止まった。
「ごめんなさい。」
思わずシャルロッテが謝れば、ルッツはまた頭を優しくポンポンと撫でた。
「気にするな。それだけ嬢が魅力的ってことさ。それにしても、あの男と何があった?」
「その・・・」
シャルロッテは気まずげに今まであった事を話すと、ルッツは頭を抱えた。
「ん〜・・・まぁ〜嬢には難易度が高かったか・・・領内にカフェなんて洒落たもんないからな〜。まぁ、あれだ。今後は誘われても無視して逃げるんだ。いくら、カールの友達と言ってもそれは男友達だからな。嬢とは友達じゃない、分かったか?」
その言葉にシャルロッテはちょと涙目で頷いた。
「どうして、こうなっちゃうんだろう」
落ち込んでしまっているシャルロッテにルッツは頬をかいた。彼女は領内に居ても男達によく絡まれた、それはあの場所では珍しい貴族の少女というのもあるが、なんというかほんの少しつり上がった目とは相反する、大人しそうな雰囲気なのがまた原因だろう。
「ん〜・・・嬢が可愛いからしょうがない!」
「可愛いかしら?チャールズと同じ顔なのに?チャールズは全く女性と間違えられないのよ?トラブルにも巻き込まれないし。」
「ん〜・・・雰囲気?」
「雰囲気?」
納得いかないっという顔をしながらも、その後はフェルディナントが来るまで情報交換をした。
今週はフェルディナントとルッツが駅馬車にいるらしい事や、来週は別の二人がくるとか、アムストラ辺境伯が心配していたとか色々だ。暫くすると、疲れた様子のフェルディナントと合流し一緒にヴォーヌングまで送ってもらった。そして、ふと気づいたのだ。
「あ!」
「「どうした?」」
「せっかく買ったお菓子、忘れて来た。レーオンハルト様が持ってしまって。」
「諦めろ。」
フェルディナントが飽きれた様に言うも、ルッツがぽんと手を叩いた。
「もしくはカールに取り返してもらえば良いんじゃないか?カールの友達なんだろ?」
「それだと、シャルロッテ嬢を紹介しろとか言い出しそうじゃないか。せっかく名前も身分も誤摩化してきた俺の努力はどうなる」
フェルディナントがルッツの耳を引っ張りながら言った。
「痛い痛い!」
「そうよね、フェルディナントがせっかく誤摩化してくれたのに。諦めるわ」
「「・・・」」
しょんぼりとしたシャルロッテに、二人は顔を見合わせて、お前が悪いとアイコンタクト言い合った。
「まぁー・・・あれだ。カールに頼むだけ頼めば良いと思うぞ。名前を教えないで取り返してって言えばきっと良くしてくれるさ」
フェルディナントが困った様に言った様子に、シャルロッテはパァッと顔が明るくなった。
「そうね、そう言ってみる!今日はありがとう!」
そう言って、シャルロッテは二人に抱きついた。
「「お、おう」」
元気に部屋へと戻ったシャルロッテに二人は、小さなため息をついた。
「嬢は大丈夫かな?」
「まぁ、カールが居るし平気だろ。もしくは今後外出する時は、俺たち騎士を付ける様にさせるかだな」
「んーそれは、それで俺たちの間で争いが起きそうだな」
「それは、駅馬車内だけの情報にとどめておけば良いんだよ」
「なるほど」




