赤い薔薇の秘密
次の日、王子のサロンに向かうと、皆困惑した様に集まりながら視線は、ハイリンヒに向けられていた。ジークハルトが弾くチェンバロの音も思い悩むような緩やかな音楽だ。当のハイリンヒは一人ソファに腰掛けて一輪の紅い薔薇を手に物思いにふけっていた。
「おはよう・・・ございます?」
カールが挨拶すれば、ジェームズが手招きした。皆はジークハルトがいるチェンバロを囲う様にして立っている。その輪に加わった。
「おはよう、カール。」
「あの、ジェームズ様、ハイリンヒ様はどうされたんですか?」
「それが、昨日の夕方からずっとあのままなんだ。」
「夕方から?」
カールが驚きながら見れば、愁いを帯びた顔も色っぽい。ハイリンヒが小さくため息をついていた。
「なんでも、可憐で小さな赤い薔薇の妖精を見たんだって」
身を乗り出して耳打ちをしたのはペーターだ。
「赤い薔薇の妖精?」
ハイリンヒは妖精が見えるのだろうか、っとカールは首を傾げた。魔力持ちであれば妖精が見える事があるらしいが、一般の人は、妖精が見せようと思わないと見えないと言われている。妖精はとても気まぐれだ。力を貸す者もいれば、ただ悪戯をするだけの者もいる。魔法使いで妖精の力を借りる人が隣国にはいるそうだが、この国に居るというのは聞いた事が無い。そう真剣に考えていると、フィリップが小さく笑って言った。
「本物の妖精じゃないよ?カール」
「そう。女性の事を指してるだけだよ。ハインツはさ、気に入った女性を妖精とか女神〜とかに例えるだよ。時々、あぁいう風になるんだ。大抵、手を出しちゃ行けない女性に対して、そうなるんだ。そんでもって、俺たちが暴走しないように見張らないと行けない。」
やれやれと言った風にジェームズが肩を竦めた。
「今回はどんな子かな?またすっごい大きな猫を被った令嬢だったりしたら面倒だ」
フィリップは過去の事を思い出して苦い顔をした。
「あれは凄かったな。見た目はとても可憐で守ってあげたくなる程華奢だったが、裏の顔が凄まじかった。」
そう言ったのはフィリップだった。
「少々我が儘なのは美人には良くあることだがな、あれは我が儘の域を超えていたな。」
ジェームズも頷きながら答えた。
「あれを見ても冷めない奴はいたけど、俺は無理。あんな他の令嬢を蹴落とす姿見たら・・・」
レーオンハルトは過去の出来事を思い出したせいか、顔を青ざめて言った。
「僕も無理ーというかはじめっから無理だった」
三人の話しが脱線してきているのに気づき、カールは苦笑しながら言った。
「つまり、今、ハイリンヒ様は恋をしてるんですね。」
カールが言えば、皆が頷いた。それにあわせて、ジークハルトが弾く曲が愛を主題とした物に変わった。
「まぁ、大抵さ。恋に恋して楽しんでるだけだよ。本気じゃないんだ。そんで周りに色気を振りまくんだ。迷惑なことにね」
ジェームズが大げさに言った。
「聞こえてるぞ、ジェームズ」
「おや、聞こえてたか。で、恋の酔いは冷めた?」
ジェームズの言葉に、カールは眉根を寄せたが薔薇に視線を戻しながら言った。
「どうだろうな。まぁ、今年はもう会えなさそうだ、まだ大切な時期だからね。来年、出会えるさ。」
ハイリンヒの言葉に、レーオンハルトが聞いた。
「へぇ〜。で、どこの令嬢なんだい?どうやら身元は分かってるっぽいけど」
「それは、秘密さ。来年の花開く時期までのお楽しみさ」
そう笑顔で告げ、薔薇に優しく口づけをした。
「色っぽいですね。」
カールが思わず呟けば、周りはため息ついた。
「あの状態のハイリンヒは危険なんだ。周りの令嬢があの色気にやられて、わらわら寄って来るだよ。ガッツのある女性は結構大胆な行動に出るから大変。しかも令嬢以外に、御夫人までいるからね」
小声で教えてくれたのはペーターだ。
「そして、今日は王妃様が開くお茶会がある日だ。」
レーオンハルトの言葉に、カールは驚いた。
「え、王妃様のお茶会?わ〜凄そうですね!綺麗な令嬢がいっぱい居そう、いいな〜!」
「・・・何を言ってるんだ?お前もくるんだぞ?喜べ、綺麗な令嬢と出会えるぞ」
ハイリンヒの言葉にカールは固まった。
「え?」
「そうですよ。僕たちは新しいメンバーが増えたら王妃様と顔合わせしないと行けないんですよ。」
「き、聞いてない。」
カールは冷や汗をかきはじめた。綺麗な令嬢とかお茶会は楽しいかもしれないが、王妃様と出会うのは勘弁してもらいたかった。
なんてったって昨日会ったばっかりだ。
「そうだな。今言ったな。」
「まぁ〜大丈夫だよ。宮廷音楽家の息子の僕だっていられるんだから。」
ジークハルトは笑顔で言った。
「よし、そろそろ移動するか。」
そう言って、ハイリンヒは愛でていた薔薇を胸元に飾り立ち上がった。
「さぁ、行こうか。カール」
そう言って、カールの腕を捕まえるとそのまま歩き出してしまう。なんだかデジャブを感じたが、カールは逃げ出そうかと模索したが、周りをみて無理だなっと思い直した。連れられるまま歩き出し、その後ろに皆が楽しそうに会話をしながら着いて来ている。
昨日と同じ庭に来れば、今日は庭にテーブルが並べられ、あちこちで可愛らしいパラソルが花開いていた。
「あら、ハインツ遅いじゃない」
そう声をかけたのは王妃様。王妃様は淡い薄紅色のドレスに、その色と合わせたレースのパラソルを広げていた。
「急なお呼び出しでしたので、準備とメンバーの招集に時間がかかりましてね」
ハイリンヒが言えば、王妃様はほんの少し頬を膨らませて怒ってみせた。
「私は、昨日ちゃん伝えたわよ。急じゃないわ。」
「前日な時点で急ですよ。母上」
「まぁいいわ!それより、その子が新しい子なのね。確か、カールよね」
「は、はい。王妃様」
カールは慌てて返事をした。
その様子に、王妃様は何か気づいた様子にカールは冷や汗が出て来た。
「・・・気に入ったわ、ハイリンヒちょっと貸しなさいな」
そう言って、ずいっと前に出て来たが、それを避ける様にハイリンヒはカールの腕を掴んだまま一歩下がった。
「嫌ですよ。俺のです。」
そう言ってハイリンヒはカールの腕を掴んで抱きしめた。
「いいじゃない。一回くらい、昨日少しだけ情報をあげたでしょ?」
そう言って逆側のカールの腕を掴んだ。
「今日のお茶会参加でチャラです。」
「足りないわ。・・・お父様に言うわよ。そしたら、乗り気で縁談が」
「・・・分かりました。」
ハイリンヒはすぐにカールの腕を解放した。
カール的にはもう少し頑張って貰いたかったが、流石に王妃様がいる前では、なにも言えない。人形のように、成されるがまま、王妃様のテーブルに座らされた。
王妃様専用のテーブルは、他のテーブルよりも小さく、殆ど二人掛け用だ。他のテーブルとも少し離れ、話している内容が聞き取れないくらいの距離だ。
「で、カール。どういう事かしら?」
「えっと、初めまして「ではないわよね。チャールズって呼んだ方が良いかしら?」
「いえ、この国の呼び方でお願いします。」
「そう。で、貴方は今どっち?」
「僕は・・・どちらでしょう。」
そう苦笑するカールを見て王妃は大きなため息をついて、扇子を広げて口元を隠した。
「その魔法は余り多用しては駄目と言ったでしょ?魂は、一つの体に一つだけよ。その体はシャルロッテのモノ、カールのものではないわ、それを忘れては駄目よ。幼い頃は良いけれど、いずれ限界がくるわ。」
「・・・そうですね。」
「どちらの記憶も持っているのかしら?」
「・・・ある程度は。」
そう言ってカールは机の上に置かれていた紅茶を口にした。
「どちらが今主導権を握っているの。」
強い視線を感じたが、カールは王妃を見ずにカップの中の紅茶の波紋を見つめた。
「はぁ、貴方なのね。という事は、昨日のシャルロッテはほぼ貴方かしら?正直に答えなさいな」
「どうでしょう?殆どシャルロッテの意識通りに動いていたと思いますよ。ただ、お話する時だけ僕が手助けした感じでしょうか?シャルロッテは緊張すると吃ってしまって会話なんて出来ないですよ。完全に彼女だけになると、どういうわけか男性が現れるようで。昨日も王子に会ってしまいましたからね。」
「あぁ〜侍女から聞いたわ。」
王妃は、ぱたりと扇子を閉じてテーブルの上にあるお菓子を手に取った。小さなシューは一口で王妃の口の中に入って消えてしまった。カールも同じ様にお菓子を取って食べれば、バニラの香りと甘くて滑らかなクリームに思わず笑みがこぼれた。
「やっぱり、彼女の力は強いのね。貴方の時はあまり魔力を感じないのね。」
「僕はもともと、そんなに魔力が無いですからね」
「そう。・・・いつまでも、貴方が表に立っていては駄目よ?カール。シャルロッテは、男爵家の唯一の跡取りですからね。いずれ、誰かと婚姻を結ぶのよ。男性が怖いからと貴方に全て対応をしてもらっていたら、結婚後に困る事になるわ」
「・・・分かっていますよ。王妃様、お言葉ですが、シャルロッテも昔ほど弱虫ではないですよ。使用人や町の人であれば萎縮せずに堂々と居られるようになりました。ただ、貴族やアムストラム領以外の騎士の服を見るとダメみたいですね。」
「それは・・・」
「心の傷はなかなか難しいものです。僕は・・・シャルロッテが切り離してくれましたから、大丈夫なだけです」
そう言って、クリームがサンドされたクッキーを両手ではがしてみせた。
「そう」
美味しそうにお菓子を食べるカールに、王妃様は小さくため息をついて紅茶を飲んだ。奥のテーブルでは令嬢を相手にしながら、気にする様に此方をチラチラ見ている息子がいる。
その様子に、相当カールを気に入ってる事が伺えた。
「貴方は今幸せ?」
王妃様の言葉にカールは笑顔で答えた。
「僕は幸せですよ。シャルロッテの騎士になれましたし、友人もできた。」




