7.いざ裏ダンジョンへ
本来、裏のダンジョンに挑戦するなら資格を満たし、正規の手続きを踏まなければなりません。
しかし、アベア神は私に甘いので、特別に無条件で解放してくれました。
「いつでも前回の続きからできるようにしてあげるわね。これで毎日少しずつダンジョンを進めていくことができるわ。本当はすぐにでもクレイシアちゃんにスキルをあげたいんだけど、これは決まり事だから許してね?」
「いいえ、ありがとうございます。アベアには感謝しても感謝しきれません」
すまなさそうにいうアベア神に、首を横に振ります。
十分すぎるほどの寛大な処置でした。
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表のダンジョンは、愛を信じ切れば先へ進めるものばかり。
一方裏のダンジョンは、愛を信じれば先へ進めないものばかりとなっていました。
裏のダンジョンのテーマは『愛しさあまって、憎らしさ百倍』です。
愛しい相手への愛を憎しみに変え、最下層に辿り付いたとき……アベア神からスキルを授かることができるのです。
愛しい人に、気持ちをもてあそばれた。
愛しい人が、浮気をして許せない。
愛しい人が、振り向いてくれないのが憎らしい。
――愛故に憎い、だから復讐をするために力を欲する。
このダンジョンの裏メニューは、愛憎のスペシャルコースです。
ダンジョンにはびこる罠の一例をあげると、こうです。
ジークが泥沼にはまって助けを求めています。
手を貸せば、私が沈む可能性もあります。
助けますか、助けませんかって具合です。
ぶっちゃけ私は助けません。
それどころか、ジークの頭を踏みつけて向こう岸に渡ります。
普通の方だと、例え幻と分かっていても躊躇してしまうのですが、私に遠慮はありません。
本来ならジークのこのポジション、挑戦者の愛しくて憎い相手がやるポジションでした。
私は、いつもジークとダンジョンに入っています。
ダンジョンは管理者の神子であろうと、恋人や夫婦などのセットで入ることが基本。
私はジークを恋人だと皆に紹介していましたし、アベア神も勘違いしているのです。
「修行不足ですよ、ジーク」
よい笑顔で、沈む偽物のジークへ言ってやります。
たとえそれが本物のジークであっても、私はその頭を足で押して泥に沈めるでしょう。
私は剣やモンスターとの戦い方を、全てジークから教わりました。
ジークは鬼教官で、容赦がありませんでした。
なので、ジークの頭を足蹴にして得られるのは罪悪感ではなく、どこまでもスカッと爽快な気分です。
あきらかな人選ミスとしか言い様がありません。
そもそもジークなら、こんなちゃっちい泥沼にはまったりしないのです。
ジークは恐ろしいほどの強さを持つ男で、私はそれを見込んで彼を従者にしたのですから。
それに私は――アベア神の神子。
手の内なら、知り尽くしていました。
アベア神にも考えつかなかったえげつないダンジョンを作り上げたのは、何を隠そうこの私です。
裏ダンジョンは禁忌にも似た扱いをうけていたので、私は手を入れていませんでした。
作りが甘いとしか言い様がありません。
改良の余地有りでした。
アベア神も、これじゃ試練にならないなと思ったのでしょう。
途中から、普通にモンスターが襲ってくるようになりました。
やはり剣を持ってきたのは正解だったようです。
モンスターの強さはなかなかのものでした。
もうやばいなというところで出口に戻され、アベア神によって治癒をかけられます。
「はい、今日はここまで。また明日チャレンジしてね」
「ありがとうございます、アベア」
私はこう見えて、わりと肉体派です。
昔から、残念なカップル共の面倒を見てきました。
モンスターに腰を抜かして、女に愛想を尽かされた男をおんぶし、出口まで連れていったり。
私の見事な演技に騙されて、パートナーが浮気したと思い込んだ奴らに殺されそうになったことも一度や二度じゃありません。
文字通り、いくつもの修羅場を経験してきた私は、自分の身を守るために努力を惜しまなかったのです。
毎日の筋トレに素振り。
魔法の練習は欠かさずに、時にはジークと一緒に他のダンジョンへ行き、己を鍛えるために冒険者のまねごとをすることもありました。
「そんな暇あるなら、女を磨けよ。そんなんだから、アベア神のダンジョンに一緒に入ってくれる男がいないんだ。お前につきあえる物好きは、俺くらいだぞ?」
ありがたいと思えとばかりに、口の悪いジークがそんなことを言ってくるときもありました。
しかし、私は向上心を決して忘れなかったのです。
そんな私でも、さすがに毎日裏ダンジョンに潜っていると、ストレスがたまっていきます。
アベア神は治癒魔法をかけてくれていましたが、精神的な疲れまでは取れません。
三ヵ月というタイムリミットは、こく一刻と近づいていました。