6.アベア神は×××であらせられます
「クレイシアちゃんったら酷いわ! あたしというものがありながら婚約だなんてっ!」
部屋に入るなり、私に抱きついて嘆きはじめたのはアベア神です。
金色の髪を、所々結った独創的なヘアスタイル。
毛先の方だけ鮮やかな赤色に色づき、長い爪も同じ色に染めています。
背は高く、その華美な服に包まれた体はわりと筋肉質です。
アベア神は整った中性的な顔立ちをしていて、くねっとした所作をしていますが、声はどう聞いても男のものでした。
愛の神・アベア神は――オカマであらせられるのです。
どのような愛も認め受け入れる愛の神。
人々は慈愛に満ちた女神を想像し、街中に売っているアベア神の絵姿は、全て優しげな女性が描かれています。
しかし――実際はコレです。
男心も女心も理解し、男同士の恋愛も推奨している時点で、皆はアベア神をオカマだと見抜くべきです。
懐が深い慈愛の神とか、そんなんじゃないです。
アベア神が男でも女でもイケる口で、手遅れなほどに腐りきっているだけです。
ちなみにアベア神の好みは、男色>>>>>>(越えられない壁)>>男女の恋愛という感じになっております。
それと、女同士の恋愛はあまりお好みでないようです。
感情移入できないのよね~と言っていたあたり、心は男寄りなのかもしれません。
「婚約を認めたくなくても、誓い合った二人に《エンゲージ》を与えなきゃいけない決まりだから、そうしたけど。あたし、まだ納得してないんだから! クレイシアちゃんは、あたしがようやく見つけた、眷属にしたいって思える子なのに!」
親友だと思ってたのにどうして相談してくれなかったのかと、アベア神は言いたいのでしょう。
ジークがいないせいで、婚約前もその後も、ダンジョンにずっと入れなかったのだから仕方ありません。
ちなみに眷属というのは、神子より格上の存在。神の力をその身に宿して不死となり、神と共に生涯を生きることを決めた者のことです。
なかなか眷属になれる神子は少なく、世間では『神様への嫁入り』もしくは『婿入り』と言われ、大変な名誉とされています。
「そのことなのですが、アベア様に折り入ってご相談があります」
「アベアって呼び捨てにしてくれなきゃ、拗ねちゃうんだから!」
頼み事だからとかしこまれば、子供っぽい仕草でアベア神が頬を膨らませます。
図体のでかいオカマなのに、その仕草はかわいらしいから不思議です。
「ではアベア。実はヴェルフレイム様との婚約を、円満に破棄したいのです」
「えっ!? なんで!?」
私の言葉に、アベア神は目をまん丸くしました。
「ヴェルフレイム様は私などには勿体ない方です……なんて、アベアに言っても仕方ないので、本音で話しをしますね。私はやっぱり、自分が好きになった人と結婚したいのです」
「……それは、クレイシアちゃんがジークを好きではないということ?」
「そこでどうして、ジークがでてくるのです?」
首を傾げるアベア神は、わけがわからないという顔をしていました。
私もいまいち、アベア神の言っていることがわかりません。
何か話しが食い違っているような気がしました。
「ヴェルフレイム様が魔族の王を体に封じ込めた英雄で、凄い方だということはよく知っています。ですが、私は見知らぬ相手と結婚したくないんです。ちゃんと想って、想われて……結婚したいんです」
こんな私にだって、選ぶ権利というものがあるはずです。
私個人の恋と、多くの人達の幸せ。
秤にかけるまでもなく、後者のほうが重要です。
しかし、だからといって簡単に割り切れるほど――私はいい子ではありません。
アベア神のダンジョンを訪れる人々は、皆ラブラブでした。
恥ずかしくないのかお前らと言いたいくらいには、彼らは互いを想い合っていたのです。
こんなふうにはなりたくないなと思いながら……本当は。
私は、彼らのような関係に憧れていたのです。
いつか自分も、周りが見えなくなるほど想える相手に出会いたい。
けれどそんな相手がいないから、人一倍彼らが羨ましかったのです。
認めたくはありませんが、嫉妬……という感情があったのは、事実でした。
一途に想える相手を見つけて、いつか結ばれる。
それを夢見ることの何がいけないというのでしょうか。
「裏ダンジョンを攻略した際にもらえるスキルなら、婚約を相手に破棄させることも可能ですよね、アベア?」
「人との絆を断ち切るスキルにも、色々種類があるわ。挑戦者にあわせて、与えるスキルは変わるのだけれど……クレイシアちゃんの望む《婚約破棄》のスキルも与えることはできるわよ」
必死にすがれば、アベア神は考え込みながら呟きました。
「……クレイシアちゃんはさ、ヴェルフレイム様と婚約したわよね。顔は見た?」
「恐怖のあまり、涙でにじんではっきりとは見ていないのです。ファウストに聞いた話とは違って、山のような大きな姿ではなく、人のような形をしていました」
私に合わせたのか、ヴェルフレイム様は人型をしていました。
確認するのが怖くて、目が八つあったかは見ていませんが、黒髪だったのは確かです。
「ふぅん……なるほどね。気づいてないってわけか。そういうことなら……まだオレにもチャンスはあるな」
何か納得した様子のアベア神は、真剣な顔。
しかも、地の男声です。
「気づくってなんのことです、アベア?」
アベア神が、自分のことをオレと言っているのはとても珍しいことでした。
思わず首を傾げれば、アベア神はふっと表情を崩します。
「ううん、気にしないで。こっちの話しだから! かわいいクレイシアちゃんのためですもの。もちろん、全力で協力するわっ!」
それは胡散臭い、とてつもなく胡散臭い笑顔でした。
普段の私なら、何を企んでいるんですと聞くところでした。
しかし、そのときの私は自分のことでいっぱいいっぱいで、アベア神がまさに救いの神のように見えていました。
いや……アベア神は紛れもない、神様なのですけれどね?
「本当ですか! ありがとうございます!」
頭を下げれば、アベア神は力強く抱きしめてきます。
「いいのよ、お礼なんて。あたしとクレイシアちゃんの……仲じゃないの」
耳元でする、アベア神の声は普段より低く。
なぜかぞくりと――背筋に冷たいものが走りました。