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《婚約破棄―エンゲージブレイク―》はスキルじゃなくて呪いです!  作者: 空乃智春
プロローグ 私が《婚約破棄の魔女》になるまで
5/44

5.出世払いでお願いします

 私がジークと出会ったのは、十二歳の時でした。

 姉や一番下の七歳の妹達にすらすでに恋人がおり、家業とも言えるダンジョンの手伝いをはじめておりました。

 

 しかし、私には一向に恋人ができる気配がありません。

 私の恋人になってみませんかと、将来有望そうな街の少年達に、お得情報満載で声をかけては見たのですが……彼らは興味を示してくれませんでした。


 彼らでは、話しにならない。

 そう私は気づきました。

 別にいいのです……私だって、彼らなんて全然好みではなかったのですから。

 負け惜しみなんかでは、決してありません。

 

 父様は、私を幼なじみのファウストとくっつけたいようでした。

 彼の実家であるダンジョンは人気がありますし、そのノウハウをいただくという点ではいいお相手かもしれません。

 ファウストなら、頼めばOKしてくれるだろうとはわかっていました。


 しかし、ファウストはダメです。

 物腰は柔らかだし、とても気の利く優しい男だったりします。

 しかし、油断して気を許すと怖い話しをしてきたり、とんでもない目に遭わされたりします。


 普段がとてもいい奴なので、謝られると「悪気はなかったのかな?」と私は思ってしまいがちでした。

 しかし、恐怖に怯える私を宥めながら、ごめんねと謝るファウストは……時折この上なく幸せそうな顔をしていて。


 ――もしかしてファウストは、優しそうなふりして人が泣いているのを喜ぶ、ドS野郎なんじゃないか。

 そういう疑惑が、私の中にはありました。


 それに私の好みは、ひょろい男なんかではなく、筋肉ムキムキの強い男です。

 女の子が憧れる、端正な顔立ちの優男なんてお呼びではありません。

 ダンジョンを一緒に駆け巡れるタフさこそが、私の求めるものでした。


 それなら、私が望むような男がいるところに行ってみればいい。

 私はこっそりと、少し遠くの領土へ足を運びました。

 そこには筋肉を愛する神が作ったダンジョンがあり、運営の参考になるからと父様に何度か連れていってもらったことがあったのです。


 私の家であるウォルコット家は七人姉妹で、男が一人もいません。

 それでいて姉や妹達は、家業であるダンジョン経営にさほど興味がないようでした。

 姉妹の中で唯一、ダンジョンに興味を示しているのは私だけ。

 父は私を大層可愛がり、色んなダンジョンへと連れていってくれていたのです。



 ダンジョン近くの酒場へと行けば、私好みの殿方がわんさかいました。

 右にも筋肉、左にも筋肉です。

 一番強い冒険者は誰なのか、酒場のマスターに尋ねました。

 するとつい先ほど、筋肉を愛する神・プロティーンが作ったダンジョン、通称《マッスル・キングダム〜TASUKE〜》を歴代最短時間で攻略した者がいると教えてくれました。


 このダンジョンも、うちのダンジョン《ウェディングケーキ》と同じく少々特殊でした。

 ただクリアしても、軽い恩恵しかもらえません。

 最短時間で攻略した者のみに、常に強力なスキルが与えられます。

 例え一度スキルを手に入れても、新たに挑戦してタイムを縮めた者へと、スキルは譲渡されていくのです。


 シーズンを区切ってのランキング形式で、我こそはというマッスルな人達の欲を煽り、再挑戦は期間中なら何度でも可能。

 一位をキープしつづけ、そのシーズンを乗り切った者には高額の賞金があり、一攫千金も夢ではありません。

 それを狙った挑戦者達が、後を絶たなかったのです。 


 チャンピオンの座を奪ったり、奪い返されたりするエンターテイメント性。

 それに加えて、外にはダンジョン内を見ることができる、巨大な魔法の水鏡がありました。


 定期的にイベントも開催し、水鏡で観戦する方々用にお酒やおつまみを販売。

 人気のある挑戦者のグッズを作り、公式な賭け事も用意。

 挑戦者以外の客も確保しているという点で、恐るべきダンジョンでした。


 

「あの記録は桁違いだ。誰にも破れないだろうよ。何であんなお方が、こんなダンジョンに挑戦しにきたんだろうな。まだ新しいシーズンは始まったばかりだっていうのに、これじゃ挑戦する奴がいなくなって商売あがったりだ」

 ぼやくマスターの視線を追えば、そこには真っ黒な髪に綺麗な赤い瞳をした青年が、一人と一匹でお酒を飲んでいました。


 年は二十歳前半くらいで、コウモリの羽が生えたブタを連れています。

 彼はつまらなそうな顔でお酒を飲んでいて、その姿がとても絵になっていました。

 周りのマッスルボディ達に比べると、大分線が細く思えます。

 しかし、鍛え上げられた体をしていると、見ればわかりました。



 何より、ただ者じゃないそのオーラ。

 この人は強いと、私の勘が告げていました。



 周りの人達も彼を恐れているようです。

 こんなに人で賑わった酒場なのに、彼の座るテーブルの周りには人がいませんでした。


「初めまして! 私、クレイシア・ウォルコットと言います」

「……ジークだ。なんでガキがこんなところにいる。俺に何か用か?」

 いきなり声をかけてきた私に、ジークは怪訝な顔をしながらも名乗ってくれました。

 この酒場は荒くれ者達が集まる場所で、私はかなり浮いていたのです。


「私の恋人になってくれませんか? 出世払いで!」

 子供だった私は、かなり直球でした。

 ジークは唖然として……それから大爆笑しました。


「くくっ、いきなり何をいいだすかと思えば……この俺にいきなり愛の告白とは、ガキのくせに大胆だな」

「お褒めにあずかり光栄です!」

 ぺこりとお辞儀をすれば、ジークは褒めてねぇよと言いました。


「怖い物知らずだなって言ってるんだ。お前、俺が怖くねぇのか?」

「別に怖くありません。あなたは強いからと言って、子供に暴力を振るうようなお方ではないでしょう?」

 それくらいの見る目はあるつもりです。

 ジークが、面白がるように目を細めました。


「黒髪に赤い目。魔族の王を封じた、化け物国王の特長と一緒だと思うんだが、それでも怖くないと?」

 それは皮肉っぽく、脅すような言葉でした。


「だってあなたは人間じゃないですか! 山のように大きくもありませんし、赤い瞳をしていますがちゃんと目は二つです。口だって私を丸呑みできるほど大きくはありません。どこからどう見ても人間ですし、怖くなんてありません!」

「……」

 私の言葉に、ジークは無言で驚いたように目を見開きました。


 魔族の王を封じたヴェルフレイム様は、山のような大きさの黒い毛むくじゃらの体に、真っ赤な八つの瞳があるのです。

 何度もファウストから聞かされて、その特徴をすらすらと言えるくらいに、私はヴェルフレイム様の話しを覚えていました。


 このあたりの国では、金や茶の髪に、緑や青もしくは茶色の目が一般的です。

 ジークの髪は黒で、瞳は赤。

 その珍しい色合いは、ヴェルフレイム様と同じもの。

 きっとこの見た目のせいで、嫌な思いをしてきたに違いありません。


「私、愛を司るアベア神のダンジョンの神子なのですが、恋人役がいないとダンジョンにすら入れなくて困ってるんです。恋人役兼従者を引き受けてくれるのなら、ダンジョンに入ってお金を儲けた後、給料はたんまりはずみます!」

「……なんだそれ。おまえ、変な奴だってよく言われるだろ」


 ここぞとばかりに売り込みをした私に、ジークは失礼なことを言いました。

 しかし、話しを聞いてくれるつもりはあるようで、私に椅子を勧めてきます。

 ジークは、時折茶々を入れながらも、私の話を最後まで聞いてくれました。

 こんな反応は初めてで、説明にもつい熱が入ってしまいます。


「俺は高くつくぜ?」

「分かりました。それなら給料は十年後で、この金額でどうでしょうか!」

 にんまりと笑ったジークに、私はかなりの額のお給料を提示しました。


 それはまさに豪邸が一軒買える値段。

 ジークはもうダメだというように、大爆笑しました。

 机をバンバン叩いて、体をくの字に折り曲げ、涙まで零していました。

 

 もしかしてバカにされてる?

 そう思いはじめたとき、ジークが顔を上げて私を見ました。


「ははっ! この俺をこんな金で雇うつもりとか、腹痛ぇ! つーか、お前にとっては大金だろ。こんなに支払えるのか?」

「大丈夫です。私は世界一のダンジョンプロデューサーになる予定ですから!」


 当時の《ウェディングケーキ》は、人気ダンジョンランキングでも下位。

 自分の領土のダンジョンを盛り上げて、近隣で一番のダンジョンにするのが、当時の私の夢だったのです。

 

 ダンジョンを管理する者には入場料を挑戦者から取ることや、神様の恩恵で作ったお守り等のグッズを販売する権利がありました。

 姉妹達と違い非モテな私は、常々カップル達の仲を引き裂くもとい……試す案を山ほど思いついておりましたし、神様お気に入りの神子になる自信もあったのです。


「気に入った。いいぜ、なってやるよ。お前の恋人にな」

 そうして私とジークは、その日から手を組んだのです。

 なのに十年の期間が終わらないうちに、コンビを解消するはめになるとは思いませんでした。

 しかも、お互いの婚約が原因で。



●●●●●●●●●


 考え事にふけりながらも、私はジークとダンジョンの前まできました。

 もちろん、アベア神の裏ダンジョンへ挑戦するためです。


 しかし、扉の前まで来て思いました。

 私はヴェルフレイム様と、ジークは……知らない女の人と婚約した身です。

 それは全てアベア神の知るところのはずなのに、ダンジョンの扉は開いてくれるでしょうか。

 今更、そのことに思い当たりました。


「何ぼーっとしてるんだ。さっさとそっち、手をかざせ」

 扉の右にある石に手をかざしながら、ジークが急かしてきます。

 私はゆっくりと左側の石に手を置きました。


 石造りの扉が左右に開き、ジークが中に入っていきます。

 扉を開ける条件はカップルであることのはずでしたが、そもそも……偽の恋人同士だった私達でも今まで開けられていたのです。

 私の心配は、無用のものだったのかもしれません。


「それで、今日はどうするんだ? 宿の当番の日でもないだろ」

「今日はアベア神にお話があるので、適当に時間を潰していてください」

 ジークと別れ、私はアベア神の部屋へと足を踏み入れました。

 

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