43.手をとりあって
ジークが企画した『結婚応援イベント』は大盛況。
各国から集まった応募数は百を越え、見事私の《婚約破棄》のスキル解除に必要な人数はすぐに集まりました。
魔族の多いジークの城で行うのは難しいため、開催場所はアベア神のいるダンジョン《ウェディングケーキ》近くの広場。
天気もありがたいことに晴天で、目の前には集まった百組のカップル達は皆、幸せそうな顔をしています。
この日のためにつくった特設会場の壇上に、一柱の女神が現れました。
金色の髪に、一房混じる赤。
整った顔立ちに豊満なボディ。
アベア神の女版にしか見えない彼女こそ、結婚の女神であるユリア神です。
この日のためにオファーを出し、わざわざやってきてもらいました。
ユリア神は、アベア神の姉であると同時に上司でもあるので、ときおりアベア神のダンジョンにやってきます。
アベア神との仲は最悪なのですが、私は彼女にとても気に入られていました。
結婚の神から直接祝福をもらえるなんてと、参加者は大喜びしています。
呼んでよかったなと思いました。
「今日この日、互いを愛する者達がここに集いました。お互いを慈しみ、末永く共にいることを誓うならば、わたくしから祝福を与えましょう!」
ユリア神がバッと腕を掲げれば、広場に細かな光の粒が降ってきます。
それはまるで、ライスシャワーのようでした。
婚約の証しである《エンゲージ》の紋章が手の甲から浮き上がり、互いの心臓部へと吸い込まれていきます。
夫婦となった参加者達は、抱きしめあったりキスをしたりと、幸せに溢れた雰囲気でした。
それを舞台の袖から見守っていたら、横にいたジークが手を握ってきます。
「次は、俺達の番だな。アベア、スキルを解除してもらおうか」
ジークが、近くに立っていたアベア神に声をかけました。
「まぁ、ジークとクレイシアちゃんが両思いなのはわかってたし? スキルを解除するのは時間の問題かなって思ってたから、そこはいいんだけど。この方法はちょっとずるくない!?」
アベア神が、参加者達を指さします。
その気持ちはわからなくもありません。
「手段は自由だろ? そもそもお前が最初にだまし討ちをして、俺からクレイシアの記憶を奪ったと聞いてるんだが」
婚約を破棄した状態で、アベア神のダンジョンに私と共に入ることは、好意を示すこと。
自分から婚約破棄をした者が、婚約破棄をした相手に好意を告げる場合、大きなペナルティがありました。
ジークから私の記憶が消えてしまうということを知りながら、アベア神は一切忠告しなかったのです。
「わざわざ教えてあげる義理もなかったでしょ? あんたが自分からきたんじゃない」
アベア神にも、少しは後ろめたい気持ちがあったようです。
あからさまに目を逸らしました。
「クレイシアちゃん、こんな卑怯な男が相手で本当にいいの!? 確かにルール違反じゃないけど、それなりの方法ってやつがあるわよね!? 絶対アタシのほうがいい男よ!」
ジークと結婚しても苦労するわよと、アベア神が私に訴えてきます。
「アベアもアベアだと思いますよ。ジークがヴェルフレイム様だって、私に教えずに《婚約破棄》のスキルを渡してきたじゃないですか。友達なら教えてくれてもよかったはずですよね?」
私がにこやかに言い放つと、アベア神が言い詰まります。
アベアは、結構いい性格をした神様でした。
「だって、クレイシアちゃんがジークに取られるの嫌だったんだもの!! 落ちた神の元に嫁いだって、絶対いいことないのよっ!」
少しいじめすぎたでしょうか。
アベア神が私に泣きついてきます。
まぁ、百パーセント嘘泣きなのはわかっていますが、私を心配してくれていたというのは本当でしょう。
長年のつきあいだから、それくらいはわかっています。
「それでもジークがいいんです。ごめんなさい、アベア」
改めてはっきりと口にすれば、しかたないわねとアベアが顔を上げます。
それから、ジークをまっすぐ睨みつけました。
「クレイシアちゃんが幸せなら、それでいいって思うことにする。でもこの子を大切にしないと許さないんだからね、ジーク」
「お前に言われなくてもそうする。いい加減、クレイシアから離れろ」
ジークに後ろから抱き寄せられ、アベア神から引き離されます。
やれやれといったように、アベア神は肩をすくめました。
まるであたしが悪役みたいねと愚痴っていますが、わりとそうだったと思います。
「じゃあ、ノルマも溜まったことだし。スキルを解除しましょうか」
アベア神が細くて骨張った人差し指で、私の心臓を指さします。
その唇が呪文を唱えれば、体が熱くなったきがしました。
「《スキル解除》!」
ふわりと白い光の球が私の胸から飛び出して、アベア神の手のひらに収まります。
「はい、これでスキルは解除されたわ」
あっさりと解除の儀式は終わりました。
これで《婚約破棄》のスキルが消えたと言われても、あまり実感は湧きません。
しかし、どことなくすっきりした気分でした。
これでジークと心置きなく、結婚できるのです。
そう思えば、嬉しさがこみ上げてきます。
「ありがとうございます、アベア」
「どういたしまして。そんな顔されたら、アタシ何も言えなくなっちゃうわ」
ほんの少し困ったように、アベア神は笑います。
「はぁ……本当、さっさと眷属にしておけばよかったわ。あたし失恋したの初めてよ」
アベア神は、落ち込んでいるようでした。
気持ちに応えられないので、黙ってアベアを見つめます。
「クレイシアちゃんみたいに気が合って、あたしについてこれて、時にはこっちがドン引きするほどえげつなくて。欲望に素直で、笑顔で人を突き落とせる子なんて……もう二度と出会える気がしないわっ!」
「それ、褒めてます?」
人聞きの悪いアベア神の告白(?)に、微妙な気持ちになります。
そこが好きと言われても、素直に喜べません。
優しく私の頭を撫でてから、アベア神は離れていきました。
◆◇◆
イベントが終わって、ジークと二人っきりになります。
城にあるジークの部屋は、どうにも落ち着きません。
そわそわとしながら、ソファーに腰掛け、ティファニーをなで続けていました。
「クレイシア、少しは落ち着いたらどうだ? そろそろ皮膚が禿げる……」
日が落ちて少し薄暗くなった室内。
ジークがランプの明かりをつけようと立ち上がったのを見計らって、小声でティファニーがそんなことを言ってきます。
そう言われても、緊張するのは仕方ないというものでした。
これから私とジークは、《エンゲージ》を結ぶのです。
「クレイシア」
「ひゃ、ひゃい!」
名前を呼ばれて、思わず噛んでしまいました。
ジークがソファーに座る私の前に、片膝をつきます。
それから手を繋ぎ、指を絡めてきました。
「アベア神に誓って、ジークフリード・ヴェルフレイム・エイデルハインは、いずれクレイシア・ウォルコットを妻とすることを誓おう」
私の目をまっすぐに見つめながら、婚約の宣言をジークが口にします。
それを見ていると、なんだか嬉しくて泣きたい気持ちになりました。
「私、クレイシア・ウォルコットはアベア神に誓って、いずれジークフリード・ヴェルフレイム・エイデルハイン様と結婚することをここに誓います」
以前婚約を交わしたときのように恐怖からではなく、今度は心からの気持ちを込めて言葉を口にします。
繋いだ手のひらが熱くなり、手の甲に《エンゲージ》の証が刻まれました。
「ぐっ……」
「ジーク!?」
突然ジークがうつむき、胸を押さえました。
ソファーから立ち上がれば、大丈夫だというように手で合図をします。
「シア、俺との約束守ってくれたんだな」
柔らかく私を呼ぶ声。
ジークが笑いかけてきます。
「記憶、戻ったんですか?」
前に一度喜んで、ジークを傷つけてしまったことを思い出して、窺うように尋ねます。
ジークはそんな私の様子を見て、おかしそうに吹き出しました。
「あぁ、全部思い出した。この一年くらいの記憶もちゃんとある。なんでこんなことを忘れてたんだって、不思議に思うくらいだ」
床に座っていたジークが立ち上がり、私を抱きしめました。
「ジ、ジーク!?」
「なんだ? そんなに慌てて。真っ赤だな」
意地悪にジークはクスクスと笑っています。
どうやらからかわれているようでした。
「大分遠回りしたけど、お前が好きだ。シア」
近い距離で愛をささやかれれば、体温がさらに上昇しました。
「わ、わわっわたしも……」
じっとジークは見つめてきて、その続きを待っています。
「好きです……」
「この一年で、大分素直になったよな。シアから迫られるのも、悪くなかったぜ?」
色んなことがあって、決して楽しいことばかりではなかったはずなのに、ジークは笑っていいます。
過ぎてみれば、よい思い出だったというようでした。
「婚約したこと、城の皆に報告しにいくぞ」
「はい!」
ジークが私の手をとってくれます。
それがたまらなく幸せだなと、私は思ったのでした。




