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《婚約破棄―エンゲージブレイク―》はスキルじゃなくて呪いです!  作者: 空乃智春
最終章 婚約破棄の魔女と化物王の場合
43/44

43.手をとりあって

 ジークが企画した『結婚応援イベント』は大盛況。

 各国から集まった応募数は百を越え、見事私の《婚約破棄エンゲージブレイク》のスキル解除に必要な人数はすぐに集まりました。


 魔族の多いジークの城で行うのは難しいため、開催場所はアベア神のいるダンジョン《ウェディングケーキ》近くの広場。

 天気もありがたいことに晴天で、目の前には集まった百組のカップル達は皆、幸せそうな顔をしています。


 この日のためにつくった特設会場の壇上に、一柱の女神が現れました。

 金色の髪に、一房混じる赤。

 整った顔立ちに豊満なボディ。

 アベア神の女版にしか見えない彼女こそ、結婚の女神であるユリア神です。

 この日のためにオファーを出し、わざわざやってきてもらいました。


 ユリア神は、アベア神の姉であると同時に上司でもあるので、ときおりアベア神のダンジョンにやってきます。

 アベア神との仲は最悪なのですが、私は彼女にとても気に入られていました。

 結婚の神から直接祝福をもらえるなんてと、参加者は大喜びしています。

 呼んでよかったなと思いました。


「今日この日、互いを愛する者達がここに集いました。お互いを慈しみ、末永く共にいることを誓うならば、わたくしから祝福を与えましょう!」

 ユリア神がバッと腕を掲げれば、広場に細かな光の粒が降ってきます。

 それはまるで、ライスシャワーのようでした。


 婚約の証しである《エンゲージ》の紋章が手の甲から浮き上がり、互いの心臓部へと吸い込まれていきます。

 夫婦となった参加者達は、抱きしめあったりキスをしたりと、幸せに溢れた雰囲気でした。

 それを舞台の袖から見守っていたら、横にいたジークが手を握ってきます。



「次は、俺達の番だな。アベア、スキルを解除してもらおうか」

 ジークが、近くに立っていたアベア神に声をかけました。


「まぁ、ジークとクレイシアちゃんが両思いなのはわかってたし? スキルを解除するのは時間の問題かなって思ってたから、そこはいいんだけど。この方法はちょっとずるくない!?」


 アベア神が、参加者達を指さします。

 その気持ちはわからなくもありません。

 

「手段は自由だろ? そもそもお前が最初にだまし討ちをして、俺からクレイシアの記憶を奪ったと聞いてるんだが」

 婚約を破棄した状態で、アベア神のダンジョンに私と共に入ることは、好意を示すこと。

 自分から婚約破棄をした者が、婚約破棄をした相手に好意を告げる場合、大きなペナルティがありました。

 ジークから私の記憶が消えてしまうということを知りながら、アベア神は一切忠告しなかったのです。


「わざわざ教えてあげる義理もなかったでしょ? あんたが自分からきたんじゃない」

 アベア神にも、少しは後ろめたい気持ちがあったようです。

 あからさまに目を逸らしました。


「クレイシアちゃん、こんな卑怯な男が相手で本当にいいの!? 確かにルール違反じゃないけど、それなりの方法ってやつがあるわよね!? 絶対アタシのほうがいい男よ!」

 ジークと結婚しても苦労するわよと、アベア神が私に訴えてきます。


「アベアもアベアだと思いますよ。ジークがヴェルフレイム様だって、私に教えずに《婚約破棄》のスキルを渡してきたじゃないですか。友達なら教えてくれてもよかったはずですよね?」


 私がにこやかに言い放つと、アベア神が言い詰まります。

 アベアは、結構いい性格をした神様でした。


「だって、クレイシアちゃんがジークに取られるの嫌だったんだもの!! 落ちた神の元に嫁いだって、絶対いいことないのよっ!」

 少しいじめすぎたでしょうか。

 アベア神が私に泣きついてきます。


 まぁ、百パーセント嘘泣きなのはわかっていますが、私を心配してくれていたというのは本当でしょう。

 長年のつきあいだから、それくらいはわかっています。


「それでもジークがいいんです。ごめんなさい、アベア」

 改めてはっきりと口にすれば、しかたないわねとアベアが顔を上げます。

 それから、ジークをまっすぐ睨みつけました。


「クレイシアちゃんが幸せなら、それでいいって思うことにする。でもこの子を大切にしないと許さないんだからね、ジーク」

「お前に言われなくてもそうする。いい加減、クレイシアから離れろ」


 ジークに後ろから抱き寄せられ、アベア神から引き離されます。

 やれやれといったように、アベア神は肩をすくめました。

 まるであたしが悪役みたいねと愚痴っていますが、わりとそうだったと思います。


「じゃあ、ノルマも溜まったことだし。スキルを解除しましょうか」

 アベア神が細くて骨張った人差し指で、私の心臓を指さします。

 その唇が呪文を唱えれば、体が熱くなったきがしました。

 

「《スキル解除レ・リゼズ》!」

 ふわりと白い光の球が私の胸から飛び出して、アベア神の手のひらに収まります。


「はい、これでスキルは解除されたわ」

 あっさりと解除の儀式は終わりました。

 これで《婚約破棄》のスキルが消えたと言われても、あまり実感は湧きません。

 しかし、どことなくすっきりした気分でした。 


 これでジークと心置きなく、結婚できるのです。

 そう思えば、嬉しさがこみ上げてきます。


「ありがとうございます、アベア」

「どういたしまして。そんな顔されたら、アタシ何も言えなくなっちゃうわ」

 ほんの少し困ったように、アベア神は笑います。


「はぁ……本当、さっさと眷属にしておけばよかったわ。あたし失恋したの初めてよ」

 アベア神は、落ち込んでいるようでした。

 気持ちに応えられないので、黙ってアベアを見つめます。


「クレイシアちゃんみたいに気が合って、あたしについてこれて、時にはこっちがドン引きするほどえげつなくて。欲望に素直で、笑顔で人を突き落とせる子なんて……もう二度と出会える気がしないわっ!」

「それ、褒めてます?」


 人聞きの悪いアベア神の告白(?)に、微妙な気持ちになります。

 そこが好きと言われても、素直に喜べません。

 優しく私の頭を撫でてから、アベア神は離れていきました。



 ◆◇◆


 イベントが終わって、ジークと二人っきりになります。

 城にあるジークの部屋は、どうにも落ち着きません。

 そわそわとしながら、ソファーに腰掛け、ティファニーをなで続けていました。


「クレイシア、少しは落ち着いたらどうだ? そろそろ皮膚が禿げる……」

 日が落ちて少し薄暗くなった室内。

 ジークがランプの明かりをつけようと立ち上がったのを見計らって、小声でティファニーがそんなことを言ってきます。


 そう言われても、緊張するのは仕方ないというものでした。

 これから私とジークは、《エンゲージ》を結ぶのです。


「クレイシア」

「ひゃ、ひゃい!」

 名前を呼ばれて、思わず噛んでしまいました。


 ジークがソファーに座る私の前に、片膝をつきます。

 それから手を繋ぎ、指を絡めてきました。


「アベア神に誓って、ジークフリード・ヴェルフレイム・エイデルハインは、いずれクレイシア・ウォルコットを妻とすることを誓おう」

 私の目をまっすぐに見つめながら、婚約の宣言をジークが口にします。

 それを見ていると、なんだか嬉しくて泣きたい気持ちになりました。


「私、クレイシア・ウォルコットはアベア神に誓って、いずれジークフリード・ヴェルフレイム・エイデルハイン様と結婚することをここに誓います」

 以前婚約を交わしたときのように恐怖からではなく、今度は心からの気持ちを込めて言葉を口にします。

 繋いだ手のひらが熱くなり、手の甲に《エンゲージ》の証が刻まれました。


「ぐっ……」

「ジーク!?」

 突然ジークがうつむき、胸を押さえました。

 ソファーから立ち上がれば、大丈夫だというように手で合図をします。


「シア、俺との約束守ってくれたんだな」

 柔らかく私を呼ぶ声。

 ジークが笑いかけてきます。


「記憶、戻ったんですか?」

 前に一度喜んで、ジークを傷つけてしまったことを思い出して、窺うように尋ねます。

 ジークはそんな私の様子を見て、おかしそうに吹き出しました。


「あぁ、全部思い出した。この一年くらいの記憶もちゃんとある。なんでこんなことを忘れてたんだって、不思議に思うくらいだ」

 床に座っていたジークが立ち上がり、私を抱きしめました。


「ジ、ジーク!?」

「なんだ? そんなに慌てて。真っ赤だな」

 意地悪にジークはクスクスと笑っています。

 どうやらからかわれているようでした。 


「大分遠回りしたけど、お前が好きだ。シア」

 近い距離で愛をささやかれれば、体温がさらに上昇しました。


「わ、わわっわたしも……」

 じっとジークは見つめてきて、その続きを待っています。


「好きです……」

「この一年で、大分素直になったよな。シアから迫られるのも、悪くなかったぜ?」

 色んなことがあって、決して楽しいことばかりではなかったはずなのに、ジークは笑っていいます。

 過ぎてみれば、よい思い出だったというようでした。


「婚約したこと、城の皆に報告しにいくぞ」

「はい!」


 ジークが私の手をとってくれます。

 それがたまらなく幸せだなと、私は思ったのでした。

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