42.化物王とその恋人
ジークの考えた『結婚応援イベント』を、私達は早速実行に移すことにしました。
ターゲットに選んだ国は、魔法大国・ワルメリア。
洗練された街並みが若者に人気で、新婚さんが訪れたい国ナンバーワン。
きっとここなら、沢山のターゲットが見つかるでしょう。
国王は会議が長引いているため、少し遅れるようです。
私とジーク、そしてティファニーの三人は応接室へと通されました。
「先に手紙は出して、到着の時間も伝えたはずなんだけどな」
手続きはちゃんとしたんだがと、ジークは腑に落ちない顔をしています。
ヴェルフレイム王を待たせているという緊張からか、私達を案内した使用人の顔は真っ青でした。
「もしかしたら、あれじゃないかジーク。ワルメリアは魔法大国だし、王族は特に力が強い。第一王女は国一番の魔法使いで未婚だし、婚約の申し入れにきたと思われているんじゃないか? それで会議が長引いているんだろう」
ティファニーの推測に、ジークはなるほどなと頷きます。
二人はまったりと落ち着いた様子で、お茶を飲みはじめました。
きっとワルメリアの王は、ジークに自分の娘である姫を売り込む気でいるのでしょう。
そんな王に、ジークは今から私を紹介するつもりなのです。
作戦のためには必要なことなのですが、どうにも落ち着かない気持ちでした。
「じ、ジーク。やっぱりこのドレス……変じゃないですか?」
「気に入らないのか?」
今日の私が着ているのは、仕立てのよいドレスです。
つややかな生地にたっぷりとしたドレープ。
普段着ている簡素なワンピースとは比べものになりません。
胸にはジークからもらったペンダントの石が、輝きを放っていました。
「いえ、そうじゃないです。なんだか、緊張してきちゃって……」
「《変幻自在》のスキルで変身してたときに、王や王妃も相手にしてただろ。なんで今更うろたえてるんだ?」
ジークには、私の戸惑いがわからないようです。
今日のジークは、エイデルハインの王・ヴェルフレイムとして正装していました。
黒い髪に、宝石のような赤い瞳。
普段は隠していますが、その色はとても見る者を惹きつけます。
煌びやかな服もジークを引き立てるものでしかありません。
凜々しい顔立ちに、気品と揺るぎないオーラ。
私の中でジークはジークでしかなかったのですが、そういう格好をしていると、やはり王なのだなと実感します。
「変身してるときは、別人を演じているから平気なんですよ。でも今はそうじゃなくて、クレイシアとして、ここにいるわけじゃないですか。私、貴族といっても下の下ですし、美人でもなく、胸も小さいですし。ジークと釣り合いが取れてないような気がして」
もちろん、ジークを誰かに譲るつもりはないです。
相手がお姫様だろうと、引く気はありません。
ですが、少し不安になってしまいました。
「釣り合い? 何を言ってるんだ?」
ジークは怪訝な顔をしました。
「いやだって、ジークはやっぱり王様で、格好いいですし。私みたいな平凡な子より、もっと素敵なお姫様とかが似合うんじゃないかなって」
「……格好いい?」
何故かジークは、目を見開いて固まってしまいます。
その横で、ティファニーがこらえるように笑っていました。
その理由がわからず、首を傾げます。
変なことを言ったつもりはありませんでした。
「クレイシア、面白いことをいうな。くくっ……まるでその言い方だと、ジークがもてる男のように聞こえるぞ」
ジークの膝を横断して、ティファニーが私と向かい合うように膝の上に座ります。
まだ笑いが止まらないようでした。
「それはどういう意味ですか?」
「ジークに言い寄る姫などいないし、格好いいなどと言う者も皆無だということだ。異端の黒髪に赤い瞳、魔王を封じている化け物王。結婚すれば自分の子は、化け物の器になる。そんな王の元に嫁ぎたい者などいない」
短い尻尾を嬉しそうに揺らして、ティファニーは私を見つめてきます。
「クレイシアだって、そうだっただろう?」
痛いところを突かれた気がしました。
ヴェルフレイム王は、恐ろしい化物王。
節であり、その真の姿は山ほどもある。赤い目が八つあって、人を丸呑みできる大きな口があると語り継がれていました。
昔からその話を聞かされていた私は、ヴェルフレイム王が本当はどんな人物か知ろうともしないで、婚約破棄をしようと目論んだのです。
その結果ジークは、私に関する一切の記憶を失ってしまいました。
「ジークがヴェルフレイム王だって知ってたなら……断ったりはしませんでしたよ」
あのときは、恋心に気づいてはいませんでした。
それでもジークは、私の特別だったのです。
「恐れるのは人間として正しい反応だ。ジークが封印しているのは、国を一つ滅ぼした魔族の王だからな。これから先、封印が解けないとも限らない。それでもクレイシアは、ジークがいいのか?」
「もちろんです。ジークじゃないと嫌です」
即答すれば、それでいいとティファニーは笑いました。
「よかったな、愛されているぞジーク」
「……うるさい。お前に言われなくても、分かってるんだよ」
口元を抑えたジークの顔は真っ赤でした。
今のジークは、照れたときに「うるさい」というのが口癖になりつつあります。
「本当、素直じゃないな。あとジーク、ドレスのことを聞かれたらちゃんと可愛いと言ってやれ。あの言い方はどうかと思うぞ」
「思ってても、そんな恥ずかしいこと言えるわけないだろ!」
ティファニーがやれやれと肩をすくめ、溜息を吐きます。
「ふむ、思ってはいるんだな。すまないなクレイシア。どうにも今のジークはむっつりらしい。そのドレスは、サキュバス三姉妹ではなくジークがわざわざ選んだものなんだぞ」
「そうなんですか?」
ドレスを着せてくれたのはサキュバス三姉妹なので、てっきり彼女達が選んでくれたのだとばかり思っていました。
「おい、ヴェルフレイム! だれがむっつりだ!」
「じゃあ、かわいいとは思ってないんだな?」
「なんでそうなる! 別に言うほどのことでもないから、言わなかっただけだ!」
「当然可愛いに決まっている、当たり前すぎて言わなかった。そうジークは言いたいらしい。照れ屋ですまないな」
「ヴェルフレイム、お前な!」
ムキになったジークをティファニーがからかい、妙な喧嘩がはじまります。
その様子に、先ほどまでの緊張がどこかへ行ってしまいました。
◆◇◆
「お待たせしてすみませんでした。緊急の会議がありまして……」
しばらくして、応接室にワルメリアの王がやってきました。
四十代くらいの男性ですが、緊張しているのが伝わってきます。
彼の声には、隠しきれない震えがありました。
「そ、それで……どのようなご用件で我が国を訪れたのでしょうか」
王は私達の前に座りました。
窺うように、ジークへと目を向けます。
「あぁ、そのことだが。ようやく妻となる女性が見つかったので、挨拶とお願い事があって来た」
「……我が娘・ダリアに求婚しに来たわけではないのですか?」
ジークが言えば、ワルメリアの王は目を見開きました。
ティファニーの言っていた通り、勘違いをしていたようです。
「違う。俺の妻になる女は、もう自分で見つけた」
肩をジークに抱き寄せられます。
俺のという部分に、気恥ずかしさを覚えました。
「そうですか、そうですか!! いゃあ、これはおめでたいことで! おめでとうございます!!」
ワルメリアの王は、ほっとしたようすで声をあげます。
まるで、九死に一生を得たかのような喜びっぷりでした。
「ただ、問題があるんだ。彼女……クレイシアには呪いがかかっている。その呪いを解かなければ、結婚できない。それで、協力をしてもらいたくて来た」
「協力ですか。我が国にできることならば」
一番恐れていた要求が来なかったおかげか、ワルメリアの王は気が緩んだようです。
こちらの思惑通りの言葉を引き出すことができました。
「簡単なことだ。これから結婚予定のある、婚約してから三カ月以上経った、相思相愛のカップルが百組ほど必要なんだ。賞金や商品を用意して、彼らの為の結婚イベントをやるから参加者を募ってほしい。もちろんワルメリアに対しても、それ相応の礼を準備している」
「それはまた、妙なお願いですね? どのような呪いがかかっているのですか?」
ジークのお願い事は、予想外のことだったのでしょう。
ワルメリアの王が不思議そうに尋ねてきます。
事情を説明すれば、ワルメリアの王は目頭を押さえました。
「なんと……記憶を失って、もう一度ヴェルフレイム王はクレイシア様を好きになられたのですね。愛、深い愛を感じます……!」
ワルメリアの王は、こういうお話に弱かったようです。
目の前で泣き出されてしまい、ジークは弱った顔をしていました。
こんな反応をされるとは思ってなかったのでしょう。
愛だのなんだの連呼されて、少し気恥ずかしく思ってもいるようです。
「お礼なんて必要ありませんよ、ヴェルフレイム王。あなたは魔族の王をその身に封じ、我々はその恩恵を受けてきた。そんなあなたが見つけた幸せを守る、お手伝いをさせてください!」
「あ、あぁ……」
ワルメリアの王に手を握られ、ジークはたじたじです。
「いや、本当よい話を聞かせていただきました。すぐにイベントの参加者を集めて見せましょう。私にお任せください! ヴェルフレイム王の結婚は、近隣諸国が望むところですからな!」
ワルメリアの王は胸をドンと叩くと、力強く請け負ってくれました。




