4.修羅場を演出するだけの簡単なお仕事です
婚約を結んでからしばらく、私は落ち込んでいました。
嫁入りを考えると気分が滅入ります。
既にヴェルフレイム様の援助は始まっていました。
その身に宿る魔族の王の力を使って、ヴェルフレイム様は周辺の雨雲を取り去ってくれました。
天候を変えるなんて恐るべき力です。
彼は周辺の国から、魔族の王を封印してくれているお礼金として、毎年たんまりと使い切れないお金をもらっていたようです。
惜しげもなくお金を使い、彼は私達の国を支援してくれました。
皆ヴェルフレイム様に感謝し、私は聖女のようにあがめられています。
結婚の日取りまではまだ決まっていませんが、お先真っ暗です。
ですが、本来うじうじするのは性に合いません。
前向きに、考えに考えて。
……婚約をブチ壊そうという結論に至りました。
結婚してしまえばどうにもなりませんが、婚約中ならまだ望みはあるのです。
何せ私が神子を務めるこのダンジョンは、恋愛と婚約――そして破局の神である、アベア神のお作りになったダンジョンなのですから。
突然ですが、私クレイシア・ウォルコットは仕事熱心な少女でした。
趣味はダンジョンにやってくるカップルに嫌がらせを……もとい、アベア神の御心のままに、カップルへ愛の試練を与えることです。
アベア神のお気に入りの神子である私には、特別なスキルが与えられていました。
それは《変幻自在》という力で、自分の姿を変えられる魔法です。
この力で修羅場を演出するのが、私の一番のお仕事でした。
例えばこうです。
綺麗なお姉さんに変身し、いちゃいちゃしているカップルの男のほうへ抱きつきます。
「ひどいよぉ、私を置いてダンジョンに入っちゃうなんて!」
みたいな感じで、男に親しげにすり寄ります。
どういうことなのと怒り出す彼女と、こんな女知らないという彼氏。
そんな彼らを煽るように、仲を切り裂くのが私に課せられた役目です。
時と場合によって、臨機応変に内容を変え、これを行います。
このダンジョンには、二人一組でしか入れません。
それを見抜けば、私が嘘を言っていることくらいわかるのですが、意外と皆様素直にもめてくれます。
カップルの片割れが、もう片方をビンタして去っていくような展開に持ち込むまでが、私の腕の見せ所です。
誤解なきよう言っておきますが、これはお仕事です。
決してカップルを、好き好んで引き裂きたかったわけじゃありません。
こいつら、私には全くいい出会いがないのにイチャイチャしやがって……と苛ついていたわけでも決して、決してありません。
あくまで、これはアベア神が望んだこと。
それでいてこのダンジョンは、愛を試したい者達が集う場所。
こちらも全力でいかないと、失礼にあたる。
神子としての誇りを持って、私は純粋に仕事に挑んでいたのです!
それはもう、染み一つない洗い立てのシーツのような、まっさらな気持ちで!!
そんな仕事熱心な私でしたから、大層アベア神から好かれていました。
お願いすれば、聞いてもらえるくらいには仲良しなのです。
私はアベア神のお気に入りという立場を利用し、地下のダンジョンをこっそり解放してもらうことを決めました。
地下のダンジョンを攻略して与えられるスキル。
それは、人と人との絆を断ち切るような、いわくつきのスキルでした。
そのスキルを使えば、ヴェルフレイム様との縁も断ち切ることができるのです。
しかし、スキルを使うにはタイムリミットが存在します。
アベア神が司るのは、恋愛と婚約まで。
結婚してしまえば、その破局のスキルは使えないのだと聞いていました。
愛の神であるアベア神が、どうして結婚を司っていないのか。
それにはとても業の深い事情があります。
アベア神は、くっついた後に興味がないのです。
童話のお姫様も王子様とくっついて、めでたしめでたし。
その後のことは、一切書かれないのが様式美です。
ちまたで流行っている少女向け小説のほとんどが、くっつくまでのお話ですから、アベア神は大層な乙女心の持ち主と言えるでしょう。
そうと決まったら、早くアベア神に話しを通したいところです。
結婚に持ち込まれてしまったら、私はもう逃れられないのです。
しかし、ジークの都合が合わず、なかなかダンジョンに入れませんでした。
というか、婚約の少し前からジークに会っていません。
ジークを呼ぶときは、ジークのペットであるコウモリを飛ばすのですが、来られないという報告しか持ってきてはくれませんでした。
ちなみにジークのペットのコウモリちゃん。
どう見てもコウモリというより、ブタに近いです。
ブタにコウモリの羽が生えた、謎の生き物にしか見えません。しかし、本人はブタというとブーブーと怒るので、コウモリということにしています。
大きさは猫くらいで、二足歩行します。
歩く速度は遅いのですが、飛ぶときは弾丸のように早い速度が出ます。
愛嬌のある顔をしていて、とても可愛いのです。
ジークときたらこんなに可愛いコウモリブタちゃんに、ヴェルフレイムという恐ろしい名前を付けていたので、私が勝手にティファニーと命名してあげました。
「それでジークは、今日も来られないのですか?」
「プギっ!」
ティファニーが頷きます。
「理由は?」
「ぷ、プギギィ~! ぷ、プギー!」
尋ねれば、ティファニーが両手をほっぺたに当ててくねります。
そして横にいき、えっへんとポーズをとります。
三角を短い手で表現した後、これでわかったろというようなドヤ顔をしました。
「悪いですが、全くわかりません」
「ぷぅ……」
ティファニーがペタンとお尻を付けて、地面に手で丸を描き始めました。
どうやらいじけてしまったようなので、お菓子を与えておけばすぐ元どおりです。
結局ジークがやってきたのは、私が婚約してから二週間後のことでした。
ティファニーがやたら騒ぐので、もしかしてと屋敷の玄関へ行けばジークが立っていました。
「悪い、色々面倒な手続きがあって遅れた。新しく部屋を作ったり、招待状送る相手を決めるのって、結構時間がかかるんだな」
何をしてたんだと問いただそうとして……私は固まりました。
ジークの左手の甲に《エンゲージ》の印があったのです。
「手続きって、ジーク……」
「あぁ、もちろん結婚式の準備だ。日取りは《エンゲージ》が終わったらすぐにしようと思ってるんだが、問題ないよな」
呆然とする私の前で、ジークは少々照れた様子で言います。
ジークにそんなお相手がいたなんて、一切聞いていませんでした。
偽とはいえ私達は恋人の契約を結んでいるのですから、一言くらい相談するのが筋なのではないでしょうか。
そこまで考えて、私とジークは所詮お金で結ばれた関係であり、主人と従者にすぎないことを思い出します。
私のプライベートはわりとジークに筒抜けでしたが、私はジーク自身のことをよく知らなかったのです。
思いの他、ショックでした。
なんでこんなに衝撃を受けているのか、自分でもよくわかりません。
「なんだ、不機嫌だな。ティファニーにおやつでも食べられたか?」
「そんなことで怒ったりしません!」
ふざけて笑いながら、ジークが顔を覗き込んできたので、ふいっと逸らしてやりました。
「そんなにいじけなくてもいいだろ。すぐにこれなかったのは悪かったと思ってるんだ。けど、こっちにもこっちの都合がある」
「わかってますよ……そんなこと」
ジークに答えた言葉は、思いのほか拗ねた響きを持っていました。