39.それはまるで美人局のように
すみません、調整に時間がかかり、この前に引き続き遅れてしまいました。
もう少しで完結予定(あくまで予定ですが)なので、お付き合いいただけると嬉しいです。
「君はとても素敵で魅力的だ……エリーゼ」
「嬉しいですわ。私もロドリゲス様のことをお見かけしたときから、心ひかれていましたの」
本日の私は、貴族のパーティに出席していました。
ジークの城から帰ってきて、すでに三カ月。
現在私は、《婚約破棄の魔女》のお仕事をしている真っ最中です。
サキュバスさん達による婚約騒動の後、私の店は裏で名をあげたようでした。
狙ったことではありませんが、今回のことでずっと国を動かしてきた五賢人のうち三賢人が追放され、よくも悪くも注目を浴びてしまったのです。
権力をほしいままにしていた三賢人。
彼らが消された裏に――《婚約破棄の魔女》が関わっているのだと、噂になっているようでした。
そのおかげで、現在店は大忙しです。
婚約破棄専門店といっているのに、暗殺の依頼を持ちかけてくる輩もいたりして……少々困りものではありますが。
今日のターゲットであるロドリゲスさんは、三十代後半。
なよなよとした感じの、嫌らしい顔立ちをした男性です。
依頼者は家の決めた婚姻で、彼と婚約を結んだようでした。
しかし、彼はとてつもない遊び人で、依頼者が店に依頼を持ち込んできたのです。
それにしてもこのロドリゲスさん、私の胸と会話をしてるんじゃないかと思うほどに、私の胸しか見てません。
事前の調査で、ロドリゲスさんが巨乳好きということが判明。
アベア神からもらったスキル《変幻自在》で、セクシーな美女に変身してみたのですが、チョロいです。
「でもあなたみたいな素敵な方、恋人がいらっしゃったりするのではありませんこと?」
「いや、恋人はいない」
ロドリゲスさんは即答しました。
まぁ、確かに嘘は言ってないかもしれません。
恋人はいないけど、婚約者はいるというやつですね。
浮気するつもり満々な殿方が、よくつく嘘のようです。
パーティ会場では正装なので、手袋をつけている殿方も少なくありません。
ロドリゲスさんも手袋をしていて、手の甲にある婚約の紋章は隠されていました。
しかしこのロドリゲスさん。
出会ってまだ一時間も経たないというのに、慣れ慣れしいことこの上ありません。
ボディタッチをしようとしてくるので、それとなく持っていた扇で交わしながら、これはダメな奴だなと判断しました。
浮気するくらいなら、依頼者との婚約を取りやめてくれればいいと思うのですが、彼にとってそれとこれは別なのでしょう。
今すぐにでも、私をお持ち帰りしたいという空気を感じます。
落としやすく、短期決着のつけやすいタイプでした。
「ねぇ、抜け出して一緒にお話でもしないかい?」
案の定、二人っきりになろうとロドリゲスさんが提案してきます。
こういうことになるだろうと、サキュバスさん達に協力を頼んでおいて正解でした。
この仕事をしていると、こういうタイプのゲスに出くわすことも珍しくありません。
そういう場合はターゲットに途中で眠っていただき、後は夢の中でサキュバスさん達に誘惑してもらうのがいつものパターンです。
サキュバス三姉妹に頼んで、彼氏のいないサキュバスさんを紹介してもらっては、この仕事をしてもらっていました。
下半身で生きているタイプのターゲットには、恐ろしいほど効果があります。
エロいサキュバスさんと、こういうターゲットはおどろくほど相性がいいです。
そのためターゲットは、依頼者との婚約破棄成立後、サキュバスさん達と結ばれることがほとんどでした。
現実のサキュバスさん達を知ってもなお、快楽には勝てないご様子です。
私は《婚約破棄》の解除に必要なノルマを稼げ、サキュバスさん達はお相手となる男性を見つけられる。
依頼者はゲス男と別れられて幸せ、ゲス男の被害者も減って世界もクリーンに。ゲス男もサキュバスの世界で、天国のような生活ができます。
まさに、誰もが幸せになるお仕事なのです。
しかし、最近このパターンの場合、私の思い通りに仕事が進みません。
きょろきょろとあたりを確認し、ジークの姿がいないことを確かめます。
ジークの城で、私は夢からでられなくなっていました。
そんな私をジークは助けに来てくれて……好きだと言ってくれたのです。
けど、あれ以来ジークがおかしくなりました。
喧嘩したときの気まずさはありません。
ただ、私が仕事のためにターゲットを誘惑しようとすると、どこからか現れ、ターゲットを締め上げるようになりました。
おかげで、依頼は多くても仕事の成功率がだだ下がりです。
ジークが嫌がるのもしかたないことかと思います。
私の行為が、過去のジークにまだこだわっていると映るのでしょう。
ですが今の私は、ジークが望むなら……過去の思い出を胸にしまう覚悟ができています。
またこうして好きにもらえたのですから、思いは育んでいけるはずです。
過去のジークを思えば胸が痛まないといえば嘘になりますが、ジークが覚えていなくても私はずっとこの気持ちを覚えています。
だから、それでいいのだと……そう思うことにしました。
過去を思い出させることを諦めたのに、では何故この仕事を続けているのか。
その理由は簡単です。
《婚約破棄》のスキルが存在する限り――どちらにしろ、私はジークと一緒になることができないからです。
ジークと結ばれるために婚約を交わせば、その瞬間にジークは私が嫌いになります。
私が手に入れたスキルは、そういう厄介なスキルでした。
《婚約破棄》のスキルを解呪するには、百件の婚約破棄か恋愛成就が必要不可欠。
ジークが、また私を好きになってくれたのです。
なのにこのまま曖昧な状態を続けるのも、いつか振り出しに戻るのも……絶対にごめんでした。
いや、でも……告白されたと言っても、独り言っぽかったんですけどね。
でもキスもされましたし、助けにきてくれましたし。
態度もいつも以上にツンツンして、怒ってた気もしますけど……ジークも私と同じ気持ちだと信じています。
そうじゃなければ、あんなキスを何度も……。
「……」
「どうかしたのかい?」
「えっ!? いえ、何でもないですのよ!?」
ついジークとのキスを思い出して、気づけば唇をいじっていました。
私は、そんなはしたない子ではなかったはずです。
気を取り直してロドリゲスさんにしなだれかかり、腕を組んで歩き出します。
「じゃあ、私が用意した部屋へ行きましょうか」
「そうだね。たっぷりと楽しもうか」
パーティ会場を出ようとすれば、ロドリゲスさんが私の腰をぐっと引き寄せます。
注意を払っていたはずなのに、あごに手を添えられて、唇を奪われそうになりました。
まずいと思った瞬間、視界からロドリゲスさんが消え失せます。
「おい、お前。アンナ様がいながら何をしているんだ?」
茶色のカツラと執事服で変装したジークが、そこにました。
ロドリゲスさんの腕をひねりあげ、床に押しつける様子は、不機嫌という他ありません。
「ジっ……!?」
会場の外から、私達を見張っていたのでしょう。
ジークと名前を呼びそうになり、ギリギリのところで飲み込みました。
「ロドリゲス様、あんまりですっ!!」
ジークの側には依頼者のアンナさんがいて、ロドリゲスさんを断罪します。
涙を浮かべるその様子に、周りの同情が集まっていました。
「こっ、これは誤解だ!」
「嘘です! 私、全部見ていたんですからね!」
「俺もこの目で見ていた。アンナ様という婚約者がいながら、この女に何をするつもりだったんだ?」
真っ青になるロドリゲスさんにアンナさんが叫び、ジークがそれを後押しします。
当事者の一人でありながら、私はこの状況に置いていきぼりでした。
「今すぐアンナ様との婚約を解消しろ。死にたくなければな」
ジークがロドリゲスさんを立たせ、胸ぐらをつかみます。
その声は低く、体からは殺気が満ちあふれていました。
「あ、あの……そのこれは……」
「言い訳するなら、ここで死んでおくか?」
ジークの目は本気で、それがロドリゲスさんにもわかるのでしょう。
かわいそうだなと思ってしまうほど、ロドリゲスさんはカタカタと震えていました。
ジークの行動は、例え婚約者に対して不義理を働いたとしても、従者の範囲を超えた無礼なものです。
しかし、それすらも凌駕する迫力が、目の前のジークにはありました。
「わ、わかった……婚約を解消する……」
「私もあなたとの婚約は、破棄させてもらいます」
ロドリゲスさんの後に、アンナさんが吐き捨てます。
その瞬間、アンナさんの手の甲にある《エンゲージ》の証が消えました。
一件落着というには、あまりにも荒い解決方法です。
ぼーっとしていたら、ジークがロドリゲスさんを投げだし、私の手を掴んできます。
「お前に話がある。来てもらおうか」
「えっ!?」
ジークに手を引かれるまま、私はその場を後にしました。




