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34.サキュバスの差し入れ

「はぁ……」

 与えられた城の一室で、私は溜息をついていました。

 ジークを傷つけてしまったという後悔で、胸がいっぱいです。


 記憶を取り戻してほしい。

 私のことを思い出してほしい。

 そう願うあまり、私は今のジークの心を置き去りにしていたんだと気づきました。


 どうして私はいつもこうなんでしょう。

 ふかふかのベッドにごろりと横になり、天井を見上げます。

 ジークの城は見た目こそ怖い城でしたが、この部屋の内装は大変可愛らしく、このベッドなんて天蓋がついていました。

 

 クリーム色の壁紙に、備え付けられた家具はどれもおしゃれなもので私好み。

 いつかアベア神のダンジョン《ウェディングケーキ》を一番の人気ダンジョンにして、それから絶対に買うんだと意気込んでいたドレッサーや、私が子供の頃にほしがっていたクマのぬいぐるみまでありました。


 おどろおどろしいこの城に、この部屋は不釣り合いです。

 きっと記憶をなくす前のジークが、私のために用意した部屋なのでしょう。


「いつか私は世界一のダンジョンプロデューサーになるんです。そしたら、おっきなクマのぬいぐるみを買って、お姫様のようなベッドで毎日寝るんです!」

「ぷっ、夢がちっちゃくないか?」


「ちっちゃくありません! おっきい、おっきいベッドなんですよ! 私が手を広げてもジークと一緒に眠っても、まだまだ余裕があるベッドです! 今の家じゃ妹と同じベッドでいつも蹴られて落とされるんですよ……」

「ベッドの大きさを聞いてるんじゃねーよ。ははっ、叶うといいな!」


 いつかジークとした会話を思い出せば、涙が出てきました。

 お姫様のようなベッドにあこがれていたことを、覚えていてくれたのです。

 愛されていたんだと思えば、嬉しいのと同時に罪悪感がこみ上げてきます。


 ジークを今の状態にしてしまったことと、今のジークを大切にできていなかったこと。

 本格的に自分が嫌になってきたとき、部屋の扉がノックされました。


「クレイシアちゃん、まだ起きてる?」

「は、はい。今開けますね!」

 涙の出ている目をごしごしとこすって、それから扉を開けます。

 訪ねてきたのは、サキュバス三姉妹の長女・アルシェさんでした。


「目……赤い気がするけど、泣いてたの? ジークに泣かされた?」

「いえ、違います。これは……私が勝手に泣いてただけなので」

 アルシェさんを心配させないよう、笑って答えます。


「強がらなくていいの。ほら、胸ならいくらでも貸してあげるから」

 アルシェさんが優しく抱きしめてくれます。

 しかし、私の顔に当たるのは、アルシェさんの胸ではなく鍛えられた腹筋でした。

 なにせ身長差がありすぎるのです。

 それでもその優しさに、涙がまた溢れそうになります。


「落ち着くまで、私とお話しましょう? 特製のミルクティーを入れてあげる。ジークもこれ大好きなのよ?」

 アルシェさんがウィンクをしてきます。

 私がこくりと頷けば、決まりねとアルシェさんは笑いました。



 ◆◇◆


「実はね、私達が《ウェディングケーキ》へ足を運ぶようになったのは、クレイシアちゃんに会ってみたかったからなのよ」

 二人してベッドに腰掛ければ、アルシェさんが私にミルクティーを手渡してきます。


 アベア神の作った、サキュバスさんの婚約特例が厳しすぎる。

 そう言って、アベア神に泣きついてきたのがはじまりだと思っていたのですが、それは口実だったようです。


「ジークは自分の力が衰えていくのを感じていたわ。そして、他の体……つまり自分の子供に封印を引き継がせるため、子を産んでくれる人間の女を探していたの」

 しかし、それはとても難航していたのだと、アルシェさんは当時を思い出して苦笑します。


 母体に必要とされる魔力や耐性が高いのもありますが、何よりもジークが人間嫌いのため、なかなかお相手は見つからず。

 封印に対する焦りと、嫌いな人間を相手にするストレスで、ジークは大分尖っていたようでした。


「いつもあの子はつまらなそうにして、笑うこともなかったの。でもね、ある日を境に毎日楽しそうに出かけていくようになったのよ。お相手を見つけたのかと思えば、面白いちびっ子につきあってやるだけだ、なんて言ってね?」


 ちびっ子とは、紛れもなく私のことでしょう。

 アルシェさんにそう言われて、昔のジークはよく笑っていたなということを思い出します。


 記憶をなくしてから、ジークは笑っていません。

 そのことに気づけば、悲しくなります。

 いつだって不機嫌な顔で、面白くなさそうにしていました。


 アルシェさんお手製のミルクティは、独特の味がします。

 胸の奥をゆっくりと温かさが満たして、ふわふわとした心地になりました。

 まるでお酒が入ったかのように、頭の芯がぼぅっとして……悪くありません。


「私達がクレイシアちゃんと仲良くなったと知ったとき、ジークは慌てていたわ。私達と知り合いだとばれて、その関係がからヴェルフレイム王だと知られるのが嫌だったみたい」

 ジークは、私に嫌われるのを何よりも恐れていたのだと、アルシェさんは面白そうにいいます。


「嫌われたくない、好かれたい。そうやってジークが誰かに執着するのは、初めてことでとても嬉しかったのよ。あなたはちゃんと愛されているんだから、不安にならなくていいの」

 アルシェさんにとって、ジークは年の離れた弟のような存在だということでした。

 可愛くてしかたないというのが、そのまなざしから伝わってきます。



「アルシェさん、慰めてくれてありがとうございます。でも、私と今のジークは……」

 そうは言ったものの、アルシェさんの話を聞けば聞くほど、責められているような気分になっていました。


 昔のジークを愛おしいと思うのは、今ここにいるジークを否定することに他なりません。

 今までは平気だったことが、残酷なことのように思えて――胸が苦しくなります。


 ジークを追い求めれば、ジークを傷つける。

 大切にしたいものは一緒のはずなのに、ままなりません。

 去り際の傷ついたジークの声が、ずっと耳に残っていました。


「そう、あの子はあなたにそんなことを言ったのね」

 口にしたつもりはなかったのに、気づけば私はアルシェさんに一部始終を話していたようです。

 夢見心地のなか、大丈夫よとアルシェさんが髪を撫でてくれます。


 まるで頭の中に直接響くような、低く優しい声。

 心地よくて、体から力が抜けていくのを感じます。

 思わず寄りかかれば、そっとまぶたに手を置かれました。

 それだけでささくれていた気持ちが、柔らかくほぐされていくようです。


 記憶を取り戻してほしいと願うのは、私のエゴでした。

 今のジークにとって、それは思い出す必要のないことなのかもしれません。

 ジークに嫌な思いをさせて、傷つけてしまうのはもう嫌だと思ったはずなのに……気づけば繰り返してばかりで、成長していませんでした。


「完全に、嫌われてしまいました……私はもう、ジークに関わらないほうがいいのかもしれません」

「そうかしら、私は逆だと思うけれど」

 だんだんと眠気が襲ってきて、アルシェさんの声すら遠くなります。

 それでも首をあげれば、アルシェさんは嬉しそうに笑っていました。


「だってそれ、ジークが昔の自分に嫉妬したってことでしょう?」

 アルシェさんの口元が、言葉を紡ぎます。

 しかし、その意味を理解する前に、私は抗いがたい眠りへと落ちてしまいました。

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