33.心配するのは
「お前達を死罪にするのは簡単だ。だが、一応俺の部下の義父だからな。そこは情けをかけてやってもいい」
「本当ですか!」
三騎士の父親達を相手に、ジークが言い放ちます。
上品な服をまとったジークは、やっぱり王様なのだなと私は思いました。
この場の空気を支配しているというか、見知らぬ人に見えます。
アベア神のダンジョン《ウェディングケーキ》から脱出し、私達はジークの国であるエイデルハインにいました。
ジークは三騎士が現実でも暮らせるように、エイデルハインの国民として登録してしまったのです。
それだけでは気が収まらなかったらしく、息子達を餌に三騎士の親達を呼び出したわけなのですが……ジークが監禁され拷問を受けていたことを、私は初めて知りました。
こんな事態になったのも、元はといえば私が依頼を受けたからです。
さらに元をたどれば、サキュバスさん達をあのとき煽らなければ……ジークがそんな目に遭うこともなかったでしょう。
迷惑をかけてばかりだと思えば、自分が情けなくなりました。
「お前達にはこの国で一生暮らしてもらう。牢屋ではなく、彼女達と一緒にな」
ジークがそう言って、サキュバス三姉妹に合図を出します。
彼女達が扉を開ければ、さらに三人のサキュバスさん達が現れました。
「お前達三人のうち、二人はすでに妻がいない。もう一人は今離婚が成立したばかりだ。つまりフリーということになる。お前達の身柄は、彼女達にくれてやることにした」
ジークが三騎士の父親達に、罰を言い渡します。
青ざめた彼らは何も言えず、サキュバスさん達を見つめていました。
「えーやだ、この渋いおじさまが私の旦那様!? やーん尽くしちゃうっ!」
一番背の高いサキュバスさんがいいます。
胸の前でグーをつくり、かわいい子ぶって身をくねらせていますが、その瞳はギラギラと輝いておりました。
「ふふっ、写真通りのお方。線が細くて……食べちゃいたい」
胸筋が強調される服をきたサキュバスさんが、舌なめずりをします。
見つめられた方は悪寒を感じたらしく、怯えたように自分の身を抱きしめていました。
「あ……目が合った! 運命感じちゃう。ぷにぷにしたお腹、素敵♪」
恍惚とした顔のサキュバスさんは、毛深くてがっしりとしており、熊のようでした。
冬眠から覚めたばかりだというように、飢えた彼女の視線の先には、哀れな生け贄がいるばかりです。
彼女達は未婚のサキュバスであり、エイデルハインの国民です。
ジークの国には私の友人であるサキュバス三姉妹にも、複数のサキュバスさん達が住んでいました。
三騎士の父親達と結婚したい者はいないか。
そうジークが募集をかけたところ、集まったサキュバスさん達の中から、選び抜かれた三人。
それが彼女達です。
「クレイシア」
「あっ、はい!」
ジークに呼ばれて前に出ます。
ここから先は、恋愛と婚約の神・アベア神の神子である私のお仕事でした。
「アベア神の名の下に、愛をつなぐ鎖を彼らに!!」
私の言葉で、アベア神の力が彼らを取り巻きます。
三騎士の父親達の手首と、パートナーとなるサキュバスさん達の手首には赤と黄色のハートでできたブレスレットが出現しました。
二人をつなぐ運命の赤い糸のように、御利益あらたかな赤い鎖が結ばれていきます。
「アベア神からの贈り物です。二人の気持ちを惹きつけあう効果があり、すぐに相思相愛になります。そうなれば自然とブレスレットは消滅しますからご安心を!」
「「安心できるわけないだろう!」」
私の言葉に叫んだのは、第二騎士団を率いるワンド家の当主と、暗殺者を差し向けてきたコルセス家の当主二人でした。
彼ら二人は、すでにブレスレットの洗礼を受けていたので、その効果がどれほど恐ろしいものなのか身をもって知っていたのでしょう。
「このアイテムは洗脳タイプではなく、気持ちを誘導するものです。きっかけを発生させる装置のようなものですね。相手のよいところが目に付きやすくなり、生まれた気持ちはいずれ本物の愛となります。何の問題もありませんよ?」
「「問題だらけだ!!」」
もっとえげつないアイテムも存在する中、クリーンめなアイテムを使ったのにお二人はご不満のようです。
好きでもない相手と暮らすよりは、好きになって暮らしていくほうが絶対よいと思うのですが。
「せめてもの慈悲で、ワンド公とコルセス公をつなぐブレスレットは外しておいたのですが、ご不満ならそれも付け戻しましょうか? 死ぬよりはマシだと思うのですけど……」
「「それだけはやめてくれ!」」
私がまた手をかざせば、彼らは首を横に振ります。
このシンクロ率の高さ、この二人いいコンビなのではないでしょうか。しかし、あまりにも必死なので可哀想になってきました。
「さぁ、ダーリン達。さっそく私達の愛の巣へ行きましょう!」
「外でも夢の中でも、たぁっぷりご奉仕させてもらいます……」
「いっぱい、いちゃいちゃしようね♪」
三騎士の父親達が、ずるずるとサキュバスさん達に引きずられ、扉の外へと消えていきます。
彼らのこれからが、愛に満ちた日々になりますように。
断末魔を聞きながら、私は心の中で願ったのでした。
◆◇◆
「これくらいやれば、文句はないだろ」
「あぁ、すかっとしたぞ。奴らの顔といったら……」
ジークがどかっと王座に座り直せば、ティファニーがご機嫌な様子で膝に乗ります。
その頭を撫でるジークは、どこかほっとした様子でした。
「ありがとうございます、ヴェルフレイム王。何から何まで……お礼をいくら言っても足りないくらいです。父にも慈悲を与えてくださって、感謝しています」
三騎士を代表して、エセ騎士がジークにお礼を言います。
そんなのお前達のためじゃないと、ジークはそっけない様子でした。
「追加で三つカップルができれば、クレイシアの呪いを解くのが早まり、俺の国民が喜ぶ。殺すよりそっちの方が得だったから、そうしたまでの話だ。アベアの奴も協力的だったし、利用しない手はないだろ」
それっぽいことを言うジークに、私は近づきます。
目の前に立てば、不思議そうな顔をされました。
「何だよ。言いたいことでもあるのか?」
「どうしてサキュバス三姉妹が部下だということをずっと黙っていたのかとか、色々聞きたいことはあるのですが……それよりも」
ティファニーをそっと横にどけます。
それからジークの膝の間に自分の膝を置き、片手でジークを椅子の背もたれに押しつけました。
「っ!」
ジークが顔をゆがめます。
どうやら私がつかんだ肩の部分に、傷があるようでした。
シャツをつかみ、脱がせにかかります。
「なっ!? いきなり何するんだお前は!!」
「いいから、脱いでください!!」
慌てるジークを椅子に押さえつけ、服を脱がしていきます。
抵抗されましたが、幼い頃から妹達の服を脱がせてお風呂に入れたりしている私です。
簡単にとはいきませんでしたが、ジークの上半身を脱がすことに成功しました。
鞭で打たれたようなミミズ腫れや、打撲の痕跡が見られました。
「これ……私のせいで……」
「別に平気だ。俺は化け物王だからな……って、何で泣いてるんだ!?」
ジークが柄にもなくオロオロとしだします。
「平気なわけないでしょう! ジークだって殴られれば痛いし、血も出るじゃないですか!」
「死ぬような傷じゃない。心配しなくても、ヴェルフレイムの結界は無事だ」
「そういうことを言ってるんじゃないんです!!」
私の浅はかな行動のせいで起こったことなのに、こんなことを言う資格は本来ないと思います。
けれど、我慢ができませんでした。
「私は結界を心配してるんじゃありません。ジークの心配をしてるんです!」
「はぁ? 心配されるほど弱くねぇよ」
ジークは不本意そうな顔をします。
私にバカにされた気持ちになっているのかもしれません。
「ジークが強くたって、心配します! それにこれは全部私のせいでついた傷じゃないですか! 私が安請け合いしなければこんなことにはなりませんでした!」
「反省してるならそれでいいんだが、なんで俺が怒られてるみたいな感じになってるんだ? 訳がわからねぇ」
「ジークが何もわかってないから、怒ってるんでしょう!」
八つ当たりといえばそれまでです。
でも、肝心なことが伝わっていないのか、悔しくてしかたありませんでした。
自分なんてどうでもよくて、封印にしか価値がないと思い込んでいる。
そんな言動をするジークが嫌でした。
「好きな人が傷つけば、悲しいのは当然です! それがたとえ私のせいで、心配する資格がなかったとしても、それでも心配してしまうものなんです!!」
ぽろぽろとこぼれる涙を抑えきれず、私はジークに思いの丈をぶつけます。
「……シアはそんなに俺が好きか?」
指先で涙をすくわれ、見つめられます。
懐かしいその愛称。
ジークから触れられるのは、物凄く久しぶりのことでした。
シアと呼ばれただけで、胸の奥から熱いものがこみ上げてきます。
「ジーク、記憶が……戻ったんですか?」
思わず喜べば、ジークの手が離れていきます。
「お前は……本気で昔の俺が好きだったんだな。悪いがそれは俺であって、俺じゃない」
私の体を押しのけ、ジークは立ち上がります。
一瞬見えたその表情は、切なげで……道を見失った迷い子のようでした。
「ジーク!」
扉へ向かおうとするジークの名前を呼びます。
いつの間にか、部屋には私達しかいませんでした。
ジークを脱がせるのに夢中で気づきませんでしたが、皆部屋を退出していたようです。
振り返らずに、ジークは立ち止まりました。
その背中に拒絶されている気がして、不安になります。
「今の俺に、昔の俺と同じものを求められても困る。というか、お前もヴェルフレイムも、本当に昔の俺が大好きなんだな。今回助けたのも、今ここにいるのも……そいつじゃなくて俺なのに」
淡々と呟かれた言葉には、どこか傷ついたような雰囲気がありました。
また私は、何かを間違ってしまった。
そう気づいたときには遅く、かける言葉も見つからないまま。
ジークは、扉の向こうへと立ち去ってしまいました。
2016/11/17 誤字修正しました!




