32.戸惑いと胸の鼓動と
シリアスに見せかけて基本ギャグですが、ホモがおります。ご注意ください。
ペースが不規則でしたが、毎週日曜日更新にしたいと思います。
見上げるほど大きな城は、壁をツタが覆いつくし、人が住んでいるのかと疑いたくなる。
いかにも、化け物が住んでいそうだ。
「ここから先は、歩くしかなさそうですね」
城の門近くは壊れていて、馬が通るには難しそうだった。
部下に言われ、しかたなくノッズは馬車を降りることにする。
立ち上がるタイミングが被り、コルセス家当主・ヒューゴと肩が触れあった。
「わ、悪いなコルセス公」
「別に……僕は気にしてない」
お互いに目があい、それからふっとそらしてしまう。
別に逸らす必要もないのに――だ。
馬車の中、ノッズはヒューゴと向かい合うようにして座っていた。
隣はなんとなく落ち着かないからと、オーギュ家の当主に代わってもらったのだが、真正面というのも居心地が悪かった。
だから、わざとずっと窓の外を眺めて考え事をしていたのだ。
先ほどまでは別のことで頭がいっぱいだった。
だからよかったのだが、こうやって気が緩むと、妙な気持ちになる瞬間がある。
ヒューゴと目があっただけで、鼓動が妙に騒がしくなり、ここ数日気づけば彼のことばかり考えていた。
今までこんな気持ちを、妻や恋人にだってノッズは感じたことがなかった。
彼にとって恋人は遊びであり、妻とは家のための政略結婚でしかなったのだ。
この気持ちがなんなのかということを、ノッズは絶対に考えたくなかった。
(くそっ、それもこれも……この忌まわしい鎖のせいだ!)
じゃらりと音がなるそれは、ノッズの左手首とヒューゴの右手首を結んでいる。
赤と黄色のハートをあしらった石のブレスレットから、どこまでも伸びるのに重みはなく、二人が離れてもちぎれることはなかった。
アベア神のダンジョン《ウェディングケーキ》に入った際に、参加者特典として付けられてしまった『らぶらぶブレスレット』。
互いに惹かれあう神の加護など、くだらない。
男に惹かれるわけがないではないか。
そう、ノッズは思っていた。
たしかにヒューゴは男にしては顔立ちがいい。
眉も細く女性的だし、嫌みばかりいうような奴だが、そこは認めざるを得ない。
腕っ節というよりはすばやく機転が利くタイプで、頭もいい。
ひ弱ということもなく、何も言わずともこちらの考えを先読みしてくれる。
亡くなった妻とは違い、互いの腹の裏がわかっているから、遠慮なんてものもする必要がない。だから一緒にいると喧嘩はするものの、楽ではあった。
ノッズは、先を歩くヒューゴの背中を見つめる。
(いつも髪を後ろでひとくくりにしているが、今日はいつもと違う紐なのだな)
誰も気づいていないようだが、自分だけはちゃんと気づいた。
得意な気分になり……ふと我に返る。
(男の髪紐がいつもと違うから、何だというのだ!? そんなことに気づいて嬉しくなるなど……気持ち悪いではないか!!)
一瞬でも、妙な気持ちになった自分が許せなかった。
両手で己の頬を強く叩けば、全員がノッズを振り返る。
「どうした、ワンド公! 何かあったのか!?」
「……いやなんでもない」
ヒューゴが振り返って駆けつけてくる。
その必死な様子に、少し戸惑った。
「脅かさないでくれるかな。ここは魔族の領域なんだよ? 心配するじゃないか」
「心配……?」
ほっとしたかのようなその響き。
言葉を繰り返せば、意識して言ったわけではなかったようで、ヒューゴがはっとした顔になる。
「さっさと行って息子達を連れて帰ろう」
ふいっと背を向けて歩き出したヒューゴのその耳は赤く、まるでこちらに気があるようにしか見えなかった。
「……おい、私を一発、思い切り殴れ」
「隊長をですか!? 何を言っていらっしゃるのですか!!」
「いいから顔を早く殴れ! 容赦なくだ! これは命令だぞ!!」
一緒に連れてきた部下の胸ぐらをつかんで、いいからやれと命じる。
部下は重い右ストレートを頬にくれて、脳が揺れたような感覚を味わった。
しかし、それでも。
一瞬見えたヒューゴの照れ恥じらう表情が、ノッズの脳裏から消えてくれなかった。
◆◇◆
城の扉にたどり着けば、全身に包帯を巻き付けたメイドと、時代遅れの鎧に身を包んだ二人組が出迎えてくれた。
大きな鎧と小さな鎧は、それぞれ剣を腰に携えている。
城を守る騎士なのだろう。
「護衛の方は、この先へ進めません。王はお三方だけに、面会の許可を与えています。武器の類いも全てこちらでお預かりさせていただきます」
護衛を引き連れて行こうとすれば、小さい鎧が止めてきた。
こんな危険な場所で、護衛を付けないなんてありえない。
そうノッズは思ったが、素直に従うことにした。
相手は化け物だろうと一国の王。
剣や護衛を引き連れていくことは、相手を信頼していないという証だ。
ヴェルフレイム王に対して、「あなたを恐れています」と示すようなものである。
第二騎士団の団長であるノッズでも、ヴェルフレイム王はやはり恐ろしい。
どの国でも教訓として語り継がれる、かの王の昔話は子供にとってはトラウマだ。
幼い頃から植え付けられた恐れは、簡単なことで消えてくれたりはしない。
謁見室へと通されて、ノッズはごくりとつばを飲み込んだ。
王座の前に膝をつき、頭を下げればヴェルフレイム王がやってきて椅子に座る。
足下しか見えなかったが、しっかりとした足取りだった。
「話は聞いている。息子達が俺の国に入ったんだってな」
魔族の王・ヴェルフレイムをその身に封じ、自らヴェルフレイムと名乗る王。
人間が誰一人としていない国の、ただ一人の人間。
もう長い時が経っているというのに、その声は若い。
強力な自身の魔力により肉体の時を止めているというが、それはもう人間と言えるのかとノッズは思っていた。
「はっ。性悪なサキュバス共が息子達を誑かしまして。この国へ逃げ込んだサキュバス共を捕まえ、息子達を取り返すのが私達の望みであります!」
震えそうになる声で、ノッズはどうにか言い切った。
頭の先から足の爪の先まで、全身の感覚が研ぎ澄まされるような気分だ。
圧倒的な存在感が、王から放たれていた。
「お前達の息子なら、もううちの城で保護している」
「「「本当ですか!?」」」
思いがけない王の言葉に、ノッズ達は顔をあげ、身を乗り出した。
「あぁ、本当だ。返してやる気はさらさらないがな?」
にいっと笑ったヴェルフレイム王の顔を見て、三人は固まる。
奥から息子達がやってきて、ヴェルフレイム王の後ろに控えた。
息子達との久々の再会だというのに、三人はヴェルフレイム王に釘付けだった。
黒い髪に赤い瞳。
彼は、二十代の若者の姿をしていた。
髪や目の色こそ違うがまぎれもなく――三人が息子達の居場所を吐かせるため、拷問した青年だった。
婚約破棄専門店・《婚約破棄の魔女》という怪しげな店の従業員。
他人のそら似であると思いたかったが、ノッズを見る目は笑っておらず、冷ややかな笑みを浮かべている。
「誰が顔を上げていいと許可を出した? まぁ、いいけどな」
許可を出すヴェルフレイム王の隣で、ここまで案内してくれたメイドが、くるくると顔に巻いた包帯を取る。
《婚約破棄の魔女》だと、オーギュ家当主が呟いたのがノッズの耳に届いた。
鎧兜の騎士達も、それぞれ兜を取る。
そこにいたのは、王妃の駒と言える第七騎士団の団長とその副団長だ。
ノッズ達のシェルティア国では王族は飾りであり、実質ノッズ達五賢人が力を持っていた。
次の王位継承者である王子も、幼い頃から御しやすくするために手を打ってあったのだが――前王が次の王にと選んだのは姫だった。
前王はノッズ達五賢人が幅をきかせているのを、よく思っていなかった。
賢く勝ち気な姫は御しがたく、ノッズ達にとっては目の上のこぶだ。
せめて自分達の息がかかったものを姫の婿にしようと企んだが、前王は姫に王位を継がせるのと同時に、他国から婿を迎え入れてしまった。
姫は王妃となり、自分が動かしやすい騎士団をと、第七騎士団を作った。
ノッズは第二騎士団のトップであり、五賢人の一人だ。
騎士団全体に対して大きな力を持っていたが、第七騎士団だけは王妃の命を優先するため、ノッズの命にも従いはしなかった。
――嵌められた。
ここに来たこと自体が罠だったのだ。
そう気づいて退路を確認すれば、身長二メートルはあろうかという巨体が三人、太もも丸出しの短いスカートで立っていた。
夢の世界では絶世の美女だが、現実世界では醜い姿をしているというサキュバス。
これが自分の妻になる女性だ。
息子がそう言ってサキュバスを連れてきた日、ノッズは卒倒しそうになった。
直接顔を見るのは二度目だ。
「紹介しよう。お前達が性悪だと貶めた、俺の部下であるサキュバス達だ。そして、数日後にはお前達の娘になる」
片膝をついた状態で固まっていたノッズの前で、ヴェルフレイム王が皮肉たっぷりに言う。
見上げれば、赤い瞳と目があった。
「お前達の息子は、俺の国の国民になった。シェルティアの王と王妃から、了解も得ている。そして、俺に暴行を加えた罪人をどう処理してもいいという、許可もな?」
ヴェルフレイム王が突きつけてきた書面には、罪人を引き渡す旨が書かれていた。
その罪人の欄には、ノッズ達三人の名前が書いてある。
「そ、そんなはずは……!」
「何かの間違いだ!!」
ヒューゴとオーギュ家当主が、絶望的な声を上げた。
ノッズはあまりにも衝撃的過ぎて、言葉が出なかった。
一国の王、それもヴェルフレイム王に手を加えたのなら、当然の処置だ。
彼は魔族の王をその身に封じており、彼が死ねば魔族の王が世界に放たれてしまう。
周りの国でヴェルフレイム王に対する不可侵条約が結ばれていることを、ノッズは知っていた。
ヴェルフレイム王を害する者は、それぞれの国が全力で阻止する。そういう約束事があるのだ。
処刑は免れないと悟り――頭が真っ白になる。
「では、僭越ながら王妃様よりいただいた書面を、私が読み上げさせていただきます! お三方は五賢人の地位を剥奪、爵位は返還していただきます。それとオーギュ家当主様には、元奥様からこちらの書面を預かっておりますよ!」
婚約破棄の魔女が、よい笑顔でオーギュ家当主に手紙を渡す。
彼には金に物を言わせて妻にした、美人な女がいた。
元奥様という言い方からすると、離縁の手紙なのだろう。
オーギュ家当主は脱力したように、へたりこんでしまった。
「お、お許しくださいヴェルフレイム王!! あなた様だと知っていたら、あんなことはしませんでした!」
ノッズはプライドを捨て、頭を下げて這いつくばって、命乞いをする。
これしか自分が生き残る道は、もう残されていなかった。
「俺だと知っていなくても、許される行為だとは思わないがな。何の罪のない一般人を捕らえ、尋問するなどしてもいいことじゃないだろう? ましてそれが国の政治を担う者であっていいわけがない」
言い返せないほどの正論に、ノッズは言葉が続かない。
「お許しを……! どうかご慈悲を……!」
バカの一つ覚えのようだが、これしか言うことがなかった。
酷いことをしたという自覚があり、到底許してもらえる行為ではない。
それでも、やらずにはいられなかった。
「なんで俺が慈悲をかけてやる必要が? 命乞いをしても、這いつくばっても許してやらないって言ったはずだよな?」
報復はきっちりさせてもらうと、ヴェルフレイム王は冷たく言い放つ。
もう――自分の人生は終わった。
そう、ノッズは悟ったのだった。




