31.空飛ぶブタは魔族の王
「やめなさいジーク、ファウスト! クレイシアちゃんが困ってるじゃないの!」
私の手を掴んで睨み合うジークとファウストを止めたのは、アベア神でした。
「ここは間を取って、クレイシアちゃんはあたしが預かるわ。大丈夫、神の妻になれば、人間なんかに殺させはしないから。呪いだって解けるし、一石二鳥よ? もちろん贅沢し放題!」
どさくさに紛れて、アベア神がプロポーズしてきます。
余計に場は混乱を極めました。
「おい、ジーク! あのいけ好かない男が塔に入ってきてるぞ!」
収集がつかなくなってきたところでティファニーが叫び、皆が一斉にモニターへ目をやります。
誰のことだろうと思えば、そこには立派な口ひげを生やした初老の男性と、チャラ騎士がもう少し歳をとったらこうなるだろうなという男の人がいました。
塔に入った瞬間、強制的に装着される参加者特典『らぶらぶブレスレット』を外そうと、無駄なあがきをしています。
「知り合いなのですか、ジーク?」
「口ひげを生やしている奴は第二騎士団の団長で、ワンド家当主。もう一人の方は宰相で、暗殺者集団の親玉コルセス家の当主だ。大方、うまく行かずに痺れを切らしたんだろうよ」
ワンド家当主はエセ騎士、コルセス家当主はチャラ騎士の父親なのだと、ジークは私に教えてくれました。
彼らを見るその目には鋭いものがあり、やっぱり何かされたんだなと確信します。
「このまま夢の世界へ逃げたとして、現実の世界では駆け落ちした手前戻れない。現実の世界でも、堂々と祝福されてすごしたくはないか?」
ジークが三騎士に尋ねます。
「そんな方法があるのか? 俺達の親は、五賢人でかなりの力を持っている。他国に逃げようと、辺境の地に逃げようと追ってくるはずだ。もう俺達が幸せに暮らせる場所は、夢の世界しかないんだよ」
知らない土地に逃げるという選択も、彼らは考えていたのでしょう。
エセ騎士の言葉からは、悩みに悩んだ結論だという雰囲気が漂っていました。
しかし、ジークはそれを鼻で笑い飛ばします。
「この俺を誰だと思っているんだ。たかが人間、たかが一国の貴族だろ?」
ジークが指をはじけば、茶色に染めた髪が黒へ、その瞳が紅の宝石みたいな赤へと変化します。
私やアベア神、ファウスト達やサキュバス三姉妹にとっては見慣れた姿です。
しかし、三騎士やクリスさん、ライナスさんは目を見開いていました。
「その姿、まさか――」
息を飲むエセ騎士達を横目に、ジークはアベア神へ向き直ります。
「アベア、外までの道を開け。全員をヴィルフレイムの背に乗せて、一気に飛ぶ」
「あたしに命令しないでよ。これでいいんでしょ!」
アベア神がジークに応えて、手を振り下ろします。
ゴゴゴ……という地響きと共に、天井が左右に割れ、そこから空が見えました。
風が吹き込んきて、髪を巻き上げます。
どうやらアベア神は、ダンジョンを作り替える力を使って、塔を真っ二つに割ってしまったようでした。
ダンジョンは神の力によって、簡単に作り替えることができます。
それによって神子は、好きな場所にモンスターを配置したり、トラップをしかけたりしてオリジナルのダンジョンを作り上げるのです。
けれど、こんな大胆な改変は、私も初めてみました。
「ヴェルフレイム」
ジークがティファニーの本当の名前を呼びます。
頷いたティファニーの姿が大きく膨らみ、まるでドラゴンのごとき大きさの豚になりました。
「このブタが、あの魔族の王……ヴェルフレイム!? ではあなたは、ヴェルフレイムをその体に封じたというあの化物王なのですか!?」
エセ騎士が驚きの声を上げます。
それもムリはありません。
こんなにもかわいいティファニーが、かの有名な魔族の王・ヴェルフレイムだとは、昔の私も思っていませんでした。
そしてジークがヴェルフレイムを封印し、エイデルハインの王として、その名を名乗っていることも知らなかったのです。
三騎士とサキュバス三姉妹、クリスさんとライナスさんがティファニーにまたがります。
ファウストとその妹さんには残ってもらい、ダンジョンや家族のことをお願いしました。
こうして、私達はダンジョン《ウェディングケーキ》を、空飛ぶブタに乗って脱出したのです。
◆◇◆
ワンド家当主である、ノッズは苛立っていた。
跡取りである息子が、サキュバスにたぶらかされたのはつい数カ月前のこと。
勘当すると言えば、目を覚ますと思ったのに、そのまま駆け落ちしてしまった。
(これでは私の計画が全て台無しだ。何のためにあいつを第一騎士団に入れたと思っているんだ。これでは王族になれないではないか……!)
ぎり、とノッズは拳を握りしめる。
ぜひうちの娘を嫁にと、息子には縁談の話が山ほどあったが、ノッズはそれを全て断っていた。
王妃の妹を息子の嫁にし、王家と縁つながりになる。
そして、自分の権力を強めるという目的が、ノッズにはあったからだ。
第一騎士団は、王族の護衛が主な任務。
息子を自分の指揮する第二騎士団ではなく、第一騎士団にいれたのは、王妃の妹に近づくためだ。
これからというところであり、ノッズの計画は順調に進んでいたのだ。
ジークを尋問して何も聞き出すことができなかった彼らだが、どうにかサキュバス達の居場所をつかんだ。
(さっさとサキュバスを引きずり出し、息子達を取り返してやる)
アベア神が司るダンジョン《ウェディングケーキ》。
彼の率いる第二騎士団は、腕に自信のある優秀な騎士の集まりだ。
愛の神が作ったダンジョンを攻略するのは、お遊びのようなものだと考えていた。
目的を同じくするオーギュ家やコルセス家だって、それぞれに腕の立つ傭兵や暗殺者を抱えている。
この戦力を持ってして、攻略できないダンジョンなんて存在しない――はずだった。
しかし、予想外に攻略は難航した。
ダンジョンには二人一組でしか入ることができず、入れば強制的にカップルになってしまうのだという。
ひとたび足を踏み入れれば、神の加護のついたアイテムにより、一緒に入った相手と相思相愛になる。
多くの者達が、これに怖じ気づいた。
「神の加護なんて気休めでしかない。強く心を持てば惑わされることはないし、結局は人の意志だ。この軟弱者めが!!」
ノッズは渋る部下達にパートナーを組ませ、無理やりダンジョンへと送り込んだ。
最初に帰ってきた第一陣の連中は、ぎすぎすとしていた。
聞けばダンジョン内では互いに抱き合ったり、キスをしたり……そういったことをしなくては先へ進めない場所があり、それが嫌だったようだ。
喧嘩をして、嫌悪感をあらわにしているその二人に、後に続く者達は複雑な感情を抱いた。
そんなことしたくないなという思いと、この仲の悪さからして、加護は噂程度のものだったのだという安堵だ。
しかし、そうやって甘くみたのが大きな間違いだったのだと、今ならノッズは言える。
ノッズは上司命令で、騎士達をいくどとなくダンジョンへ送り込んだ。
回数を重ねるにつれ、上の階層まで上れるようになったものの、彼らの様子が目に見えて変わってきたのだ。
ダンジョン内で密着したり、キスをしたりすることで相手への抵抗感もなくなっていったのだろう。
困難を共に乗り越えた彼らの雰囲気が、だんだんと男女のそれに近いものへ変わっていくのに、時間はかからなかった。
後半になると、ダンジョンから帰ってこない者が増え始めた。
帰ってきた者達によると、四階は宿やレジャーが楽しめる休憩の階になっており、皆そこから出たがらないのだという。
人目を気にせずに戯れられる場所らしく、おぞましい光景が広がっていたとのことだ。
ちなみに報告をしてくれたその部下も、最終的にはダンジョンから出てこなくなった。
神の加護を侮りすぎていた。
途中でノッズは気づいたが……もはや手遅れだった。
中には「俺はホモじゃない」とあらがっていた者もいたのだが、結局ノッズの部下達は例外なく新しい扉を開けてしまった。
応援の部隊を呼び寄せたが、他の者の惨状を見て怖じ気づき、ダンジョンに入らないと言い出す始末。
コルセス家やオーギュ家も、似たような状況に陥っていたようだ。
こうなれば頼れるのは自分だけだ。
ノッズは覚悟を決めてコルセス家の当主とダンジョン内へ入ったが、サキュバスは結局取り逃がしてしまった。
逃亡先はエイデルハイン。
魔族の王を封じたというヴェルフレイム王が治める地であり、凶暴な魔族が住む危険地帯だ。
サキュバスとの婚約期間が終わるまで、もう時間もない。
ノッズはすぐにエイデルハインへ乗り込むつもりでいたが、第二騎士団はもはや使い物にならなかった。
周りからはホモ騎士団と揶揄され、人目を気にせずにいちゃつく始末だ。
ノッズは、まだ辛うじて正気を保っている者達をかき集め、コルセスやオーギュ家と協力して、ようやくエイデルハインへ行く用意を整えた。
エイデルハインの王・ヴェルフレイムに協力を請えば、意外なことにすんなりと了承が得られ、今は城へ向かう馬車の中である。
窓の外には深い森が広がっていて、薄気味悪い光がいくつも光っていた。
おそらくあれは魔物の目玉だろう。
すでにここはエイデルハインであり、魔族の領域だ。ヴェルフレイム王が「襲わないよう言いつけてある」らしいが、気が気じゃなかった。
「まだ着かないのかい、オーギュ公。君が用意したこの馬車は遅すぎる!」
「金をつぎ込んで、最高の馬に引かせているんだぞ! 八つ当たりするな!! くそっ、なぜこの私がこの忌まわしい地に、お前達とわざわざ出向かなくてはならないんだ!!」
神経質なコルセス家当主が爪を噛み、脂ぎったオーギュ家当主が愚痴を吐く。
三人の乗った馬車は、険悪な雰囲気だ。
魔族の王をその体に封じ込めた、エイデルハインの王・ヴェルフレイム。
本来ならば恐ろしく、関わりたくない相手だったが、緊急の事態だった。




