30.塔は登るものとは限らない
「さすがはあたしのクレイシアちゃん! えげつなさにかけては右に出る者がいないわ! この調子なら、婚約期間の終了まで持ちこたえられそうね!」
「ふふっ、まかせてください!」
アベア神に褒めちぎられ、胸を張ります。
そうした後で、「これ褒められてます?」と疑問には思いましたが、アベア神はご満悦なので気にしないことにしました。
ここはアベア神が司るダンジョン、《ウェディングケーキ》の隠し部屋であり、地下一階にあるモニター室。
参加者を監視するためのこの場所には、くつろげるようにソファーやテーブル、ベッドまで完備されていて、快適な空間がそこにありました。
ダンジョン内を映す映像には、挑戦者達が映っています。
だれもが皆、サキュバス三姉妹を目指して最上階を目指していました。
今回チャレンジしてくる冒険者達は、いつものお客様とは違います。
普段は愛を引き裂くようなコースを用意していますが、今回は密着したり、キスをしたり……二人の絆がないと通れないような試練を増量しておきました。
参加者特典として、ラブラブブレスレットをつけたおかげで、挑戦者自体の数も抑えられています。
さすがにあのブレスレットで、むさ苦しい男とつながれて三カ月も過ごすのは、普通の人には耐えられないはずです。
加えてあのブレスレットには、アベア神による赤い糸の加護がありました。
参加者用のおまけとしては異常なほどの効果があり、どんなにあらがっても三カ月後には……相手に心も体も許してしまうような、恐ろしい代物です。
神様の加護のついたアイテムは、ただではありません。本来ならお金がかかります。お布施というやつです。
しかし、今回はアベア神が特別に無料提供してくれました。
『男同士』の場合のみ、強く惹かれ合うよう加護を付け加えてくれたのです。
頭上に文字の浮かぶ参加者アイテムを配る案を出したのは私ですが、加護は百二十パーセント、アベア神の趣味でした。
「それにしても、本当によかったの? 私達を助けることで、クレイシアの立場が不利になったんじゃあ……」
サキュバス三姉妹の長女、アルシェが不安そうな顔をします。
極太の眉を心配そうによせ、赤いマニキュアが塗られた爪で、肉厚の唇をいじっていました。
「《婚約破棄の魔女》は、愛する者達の味方ですからね。お二人が愛し合っているのなら、たとえ依頼があろうとも、その愛を守り通すだけですよ」
「ありがとう、クレイシアちゃん。恩に着るよ!」
格好いいことを言ってみれば、アルシェさんと恋仲にあるチャラ騎士がお礼を言ってきます。
ウィンクするあたり、物凄くチャラいです。
サキュバス三姉妹の元を訪れた私ですが、着いて早々、面倒ごとに巻き込まれました。
チャラ騎士の父が差し向けた暗殺者が、サキュバス三姉妹を襲っていたのです。
しかし、すぐにサキュバス三姉妹の鉄拳により床に沈み、縄で蓑虫のように縛られ、魔獣がいる森へと投げ捨てられました。
三姉妹の家には、三騎士がいました。
サキュバス三姉妹にさらわれたのかな?
そう思った私でしたが、そうではありませんでした。
「ねぇ、アルシェ。早く、君とずっといられる世界にいきたいな」
「ふふっ、もう……そんなにくっつかなくても、もうすぐよ?」
私の目の前では、長女さんとチャラ騎士が睦言を吐いています。
大きめのテーブルでは、次女のイルシェとエセ騎士が何かを話し合っていました。
今後の作戦でも考えてくれているのでしょうかと思い、少し耳を澄ませば、単に今後の家族計画を話し合っているだけみたいです。
どうやら、子供は三人ほしいようです。
ちなみに、サキュバスとの子供となると、もれなくサキュバスかインキュバスという、サキュバスの男バージョンが生まれてきます。
なんとも言えない気持ちになりながら、今度は三女・ウルシェのほうを見れば、ベッドで俺様騎士とイチャイチャしていました。
まじめにモニターを見てくださいねと釘を指し、俺様騎士の方はベッドから蹴落としておきました。
そう、私の予想を大胆に裏切り……三騎士は正体を知った後も、サキュバス三姉妹にめろめろだったのです。
家柄もよく、顔もよかった三騎士は、昔から女には困りませんでした。
――女は自分の顔や家柄しか見ていない。
そんな思いが彼らの中には、ずっとあったようです。
しかし、サキュバス三姉妹の目的は、彼らの外見や家柄ではありませんでした。
彼らを惚れさせて、痛い目を見せること。
女の子達の復讐のために、最初サキュバス三姉妹は彼らに近づいたのです。
彼らの醜い部分も何もかも知りながら、サキュバス三姉妹は交流を深めていきました。
だんだんと心の距離は縮まり、お互いに本気になってしまったのです。
けれど、サキュバス三姉妹のほうは、この恋がうまくいかないことは承知の上でした。
婚約までしたものの姉妹で話し合って、本当のことを打ち明けようと決めたようです。
――最初は復讐でした。でも、今では本当に愛しています。
婚約を破棄したとしても、嫌わないでほしい。
そんな気持ちから、サキュバス三姉妹が正体を打ち明ければ、三騎士は一度彼女達の元を去りました。
復讐のために近づいたのだと言われ、三騎士は最初ショックを受けていました。
けれど、彼らは色々と考えたようです。
家柄はサキュバスにとって無意味であり、復讐のために近づいてきたのなら、外見が目的ではありません。
こんな自分を丸ごと好きになってくれて、愛を注いでくれたサキュバス三姉妹に、三騎士はすでに心を奪われていたのでした。
彼らは両親にサキュバスさん達を紹介しましたが、当然猛反対を受けました。
しかし、彼らの心は固く決まっていました。
何もかも捨てて、彼女達の故郷である夢の世界で生きる決意をしたようです。
だからと言って、現実世界ではおっさんの見た目をしたサキュバス三姉妹に、愛を囁けるのは、猛者としか言いようがありません。
しかも、現実の見た目に気を遣って、お世辞で言っているわけではなさそうでした。
心から愛おしむような目を向け、人目を気にせずイチャイチャしています。
三騎士がダンジョンに連れてきた、歴代の彼女達は皆美人でした。
きっと、美人を見過ぎて、サキュバス三姉妹が新鮮に見えるのでしょう。
友達に対して酷くないかと言われそうですが、客観的に見て、これはあまりにも美女と野獣……もとい、美男子と野獣でしかありませんでした。
アベア神が喜んで、全面協力するのもわかるというものです。
「クレイシア、六階まで上がってる奴らがいるみたいだよ。次の七階って、いつもクレイシアがどちらかの浮気相手を演じて、仲を引き裂く階だよね。今回はそれが通じないと思うから、こんなのはどうかと思うんだけど」
幼馴染みのファウストが提案をしてきます。
いちゃいちゃするだけの三姉妹や三騎士とは違い、ファウストは優秀でした。
同じダンジョンを預かる神子なだけあって、その視点や罠の設置方法は見習うべきところがあります。
「まず、入り口にモンスターを配置して二手に分けて、一方に僕のスキル《恐怖感染》を使って相手が裏切る様子を見せる。もう一方には、クレイシアが《変幻自在》のスキルで、パートナーに変身して裏切るような言動を見せるんだ」
「なるほど、互いに裏切られたと思わせるわけですね!」
ファウストが紙に図を書き、それをのぞき込みます。
細かい打ち合わせをしていたら、チャイムの音が鳴りました。
そろそろ、食料が届く時間です。
ファウストの妹が持ってきてくれたのかなと立ち上がれば、そこにはジークも一緒にいました。
しかも後ろには、クリスさんとライナスさんの姿もあります。
「どうしてここに!? もしかして、王妃様の依頼で捕らえにきたんですか!?」
「いや、違うから安心してくれ。私達は味方だ」
慌てれば、ライナスさんが敵意はないと手を上げます。
いつの間にかサキュバス三姉妹と三騎士は、臨戦態勢に入っていました。
「クレイシア、お前ここに後一カ月もこもるつもりか?」
「そのつもりですよ。まだ十階ある塔の六階までしかクリアされていませんし、問題はないと思います。それに……塔だからと言って、最上階にいるわけではありませんしね?」
ジークは呆れたような顔をしていますが、それは十分可能だと踏んでいました。
このダンジョン《ウェディングケーキ》には、地下に裏ダンジョンが存在します。
いざとなれば、その最下層に隠れるつもりでいました。
「そもそも、このモニター室も地下です。上がれば上がるほど、私達から遠ざかっていきます。地下にダンジョンがあることに気づくのは……いつでしょうね?」
「クレイシアちゃんの、そのセオリーを平気でぶち壊すところ好きよ!」
くくっと笑えば、アベア神はご満悦です。
もっとやれと言わんばかりでした。
「たとえ一カ月持ちこたえて、騎士達が夢の世界に住人になったとしてだ。依頼をしてきたオーギュ家や、他の奴らの家が黙っちゃいない。きっと、クレイシアに復讐をしてくるぞ」
「えっと……そこは王妃様の力で……」
「王妃が押さえられなかったから、こんな事態になってるんだろ? この三人の騎士達の家は、五賢人でかなりの力を持ってるんだ」
ジークは厳しいことを言ってきます。
結婚までいければ、そこがゴールだと考えていました。
自分の身の振り方まで、私は考えていなかったのです。
「暗殺者の親玉をしている家もあるし、さくっとやられるかもな」
「そ、それは……」
ビビる私を、ジークは睨んできます。
なにやら怒っているようでした。
ジークに迷惑をかけないようにするつもりでしたが、そうはいかなかったのでしょう。
すでに、彼らにちょっかいを出されたのかもしれません。
「大丈夫だよ、クレイシア。僕のダンジョンでずっとすごせばいい。あそこなら、隠してあげられるよ。ずっと閉じ込めて、大切にしてあげる」
「そ、それは遠慮します!!」
私の横に並んだファウストが、優しく肩を抱いてきましたが、全力で遠慮します。
ファウストのダンジョンは、恐怖を愛する神・サダーコ神が作り上げたもの。
これでもかというほどに薄気味悪く、恐ろしい場所でした。
幼い頃に何度か無理やり、ファウストに連れられて入ったことがありますが、がっつりトラウマと化しています。
「これに懲りたら、勝手な行動はするな。契約者に好き勝手されて、死なれたら迷惑なんだよ。今回だけは特別に俺がどうにかしてやるから……来い」
ジークが手を引いてきます。
しかし、私のもう一方の手を、ファウストが掴みました。
「おい、クレイシアを離せ」
「君っていつも偉そうだよね。こうやってクレイシアが頑張っているのも、結局全部君が巻いた種なのに。クレイシアもさ、こんな奴のことなんて気にしなくていいと思うよ」
ジークとファウストが睨みあいます。
この二人は昔から仲が悪く、それはどこまでも変わらないようでした。
すみません、予約投稿し忘れて遅れました!




