29.魔族の王さえ怯える、えげつなさで
ジークとヴェルフレイムが、クレイシアの実家でもあるダンジョン《ウェディングケーキ》へ辿り着けば、そこには多くの人で賑わっていた。
騎士だけではなく、冒険者達の姿もある。
――ダンジョンの頂上へ辿り着き、サキュバスを倒した者に褒美を与える。
三騎士の親達は、破格の金をかけることでダンジョンを攻略することにしたようだ。
「外に人が多いわりに、中へ入っていく者は少ないな。皆、様子をみているのか?」
証拠不十分で保釈されたジークの横には、第七騎士団の団長・ライナスと、副団長・クリスの姿があった。
今回の騒動を収めるため、王妃の命令でジークについてきたのだ。
ライナスはそびえ立つ白い塔――《ウェディングケーキ》を、物珍しそうに眺めていた。
「このダンジョン《ウェディングケーキ》は、カップルじゃないと中に入れない。相方がいなくて、足止めされてるんだろ」
「カップル……だから王妃様は、私と団長を指名したのか」
少し照れた様子で、クリスが呟く。
「まぁ、一応本当のカップルじゃなくても、二人いれば中に入れる。自己申告制だからな。けど、中にはお互いを引き裂く罠や、愛を確かめる仕掛けがてんこ盛りだ。偽のカップルじゃ、そもそも先に進めない」
補足でジークは説明したが、この二人ときたら聞いているのだろうか。
カップルという響きに嬉しくなったのか、ライナスがしまりの無い顔をしている。
クリスはクリスで、赤くなっていた。
ジークは周りを観察する。
ダンジョンの周りは広い原っぱとなっていて、その周りには待機している騎士が多い。
彼ら相手に、商売をしている者達の姿もあった。
「おそらく、ここに来たものの怖じ気づいた奴らが多いんだろうな。おそらくは、あれが原因だろうよ」
ジークの視線の先には、冒険者と思われるむさ苦しい二人の男。
彼らの腕には、目に痛い赤と黄色のハートでできた目立つブレスレットがあり、赤い鎖が二人を繋いでいた。
さらには、「私達ラブラブです! 恋愛と婚約の神・アベア神のダンジョン《ウェディングケーキ》を六回も挑戦して、五階まで到達しました(はーと)」と、大きな文字が彼らの頭上に浮かんでいる。
「あれは、いったい何なんだ? しかも、一組や二組じゃない……」
ライナスは不気味だというように、ブレスレットの所持者達へ目を向ける。
クリスも同じ意見のようで、引いた顔をしていた。
「期間限定の特典みたいだな。塔に垂れ幕がしてある」
神子は、神の力を使った特典を作り出すことができる。
それを使って作ったお守りなどを売って、収入源にするダンジョンもあるくらいだ。
『期間限定の大盤振る舞い!! ダンジョン挑戦者、全員にもれなくプレゼント! らぶらぶブレスレットで、いつだっていっしょだよ(はーと)』
そう書かれた垂れ幕に、ジークは悪意しか感じなかった。
ブレスレットは一度付ければ三カ月は外れないらしく、頭上に挑戦した回数と、クリアした階が浮かぶ仕様。もちろん、期間中表示が消えることはないようだ。
鎖は伸縮性のため、物理的に離れることはできるようだが、心の距離はぐっと近くなりますと書かれてある。「三カ月後には誰もが羨むバカップルに!」などという、煽り文句付きだ。
アベア神の力を使って、強い加護をかけているんだろう。
たしかジークの記憶では、三階にはキスをずっとしたまま通らなくてはいけないという、理解に苦しむステージがあったはずだ。
さっきの冒険者達は、五階まで到達していると書かれてあった。
つまりは……と考えて、それ以上先を考えないことにした。
ちらりと先ほどの冒険者二人組を見れば、背を向けて地面に座りながらも、お互いを気にしており手は固くにぎられていた。
至る所で男同士のカップルができあがっていて……そういえば、アベア神は男同士のカップルも大好きだったなと、ジークはいらない情報を思い出した。
「えげつないな。さすがはクレイシアだ……」
戦慄さえ覚えるこの状況に、誰もから恐れられたヴィルフレイムでさえ怯えている。
挑戦したが最後、違う世界の扉を開けてしまうことになりかねない。
自分の妻や恋人を連れて挑戦する手もあるが、垂れ幕には『現在、最高難度に設定中!』とも書かれている。
相当な武闘派で心の強い女じゃないと、ダンジョンをクリアできるとは思えない。
一度挑戦すれば、四六時中頭の上にあの文字が浮かぶのだ。恥ずかしくて外を歩くどころじゃない。
どおりで、挑戦を躊躇う者が多いはずだ。
「ところでジーク、どうやって中に入るつもりだ? お前だって、一人では入れないだろう?」
「言っておくが、私は団長以外と入る気はないからな!」
ヴィルフレイムに、間髪入れずクリスが叫ぶ。
「……クリス」
ライナスが感極まったような顔をして、ジークはダンジョンに入る前からげっそりしてきた。
「適当な女をその辺でつかまえて、金を渡せばいい。中に入れば、アベア神と話がつくから、別にダンジョンをクリアする必要もないんだ」
そこまで答えて、ふいにジークは思う。
クレイシアは誰をパートナーに、ダンジョンに入ったのだろう――と。
思い浮かぶのは、クレイシアの幼馴染みでファウストという男だった。
クレイシアの記憶を失ったことにより、ジークはファウストのこともあまり覚えていない。
しかし、用事もないのに、よく店を尋ねてくるそいつが、ジークはいけ好かなかった。
「あれ、ジークさんじゃないですか……」
か細い声がして、振り返る。
そこには気配もなく、年齢もよくわからない女が立っていた。
サンドイッチや飲み物の入った箱を持って、挑戦者達相手に商売をしているようだったが、おそらく誰も買わないだろう。
なぜなら彼女は、膝下まである長い髪で顔を隠しており、顔が見えない。前髪の間からかろうじて覗く目は、ぎょろりとしていて血走っている。
太陽の下に、なぜ悪霊が。
そう、疑問に思うような出で立ちをしていた。
「確かお前は、ファウストの……妹だったよな?」
「記憶を失ったと聞いていましたが、覚えていてくれたんですね……嬉しいです。今日は不気味で生かした黒髪と、血のしたたるような赤い瞳を隠しているんですね。残念です……非常に残念なのです……」
彼女は恐怖を愛する神・サダーコ神が作ったダンジョン《呪怨の塔》の神子であり、不気味なものを心から愛していた。
今にも消えゆきそうなのに、なぜだか耳に残るその声がとても薄気味悪い。
「俺の中から消えてるのは、クレイシアに関することだけだ」
そういいながらも、目の前の彼女に関することもまた曖昧だった。
クレイシアがいるときにしか会ったことがなく、そんなに接点がなかったのだ。
それでもジークが覚えていたのは、その見た目のインパクトゆえだ。
「それで、なんでお前がここで商売をしているんだ? 自分達のダンジョンはどうした」
「クレイシアさんとその一家が、ダンジョンに籠城するため、その間の食料品や宿の物資の補給を頼まれたのです。挑戦者達が大量にやってくるだろうとのことで、そこでの商売の権利もいただいて、お金もたんまり……」
つまりは、金で雇われたらしい。
クレイシアが家族全員をダンジョンへ引き入れたのは、人質に取られることを恐れてなんだろう。
「次、クレイシア達に物資を運ぶのはいつだ?」
「あと三十分後くらい……ですかね? ジークさん、私と一緒に行きますか? クレイシアさんとは兄が一緒に入っていますし」
尋ねれば、ファウストの妹が願ってもない提案をしてくる。
(クレイシアのやつ、やっぱりファウストと一緒に入ってたのか)
頼むと答えながら、ジークはいらだちを覚えていた。




