27.サキュバスと騎士
「おい、ジーク。クレイシアを迎えに行ったほうがいいんじゃないか? 何かあったのかもしれない」
クレイシアがいなくなってから、一週間。
手紙の一つもよこさないため、ヴェルフレイムは落ち着かない様子で、店の中をウロウロしている。
二本足で立ち、腕を組むその姿は、子豚よりも人に近いものがあった。
「何かあったなら、知らせがくるだろ。どこに行ったかはわかってるんだし、俺がそこまでする義理はない」
「お前、冷たいぞ。私はお前をそんな子に育てた覚えはない!」
「育てられた覚えもないがな」
ヴェルフレイムに批難されたが、ジークはお構いなしに朝ご飯を腹に収める。
そろそろ出かけるかと思えば、ヴェルフレイムがジークのバッグを頭で押して運んできた。
自分もついていく気満々だ。
「……留守番してろ、ヴェルフレイム」
「最近、どこへ出かけているんだ? しかも髪色まで変えて。私も一緒に行くぞ」
「どこでもいいだろ。豚がいても足手まといだ……っておい、勝手に人のバッグを開けるな!!」
ひづめで器用にバッグを開け、ヴェルフレイムが中に入っていた制服を出してしまう。
青地に金の刺繍が入った騎士服は、以前潜入調査の際に使用した、第七騎士団のものだった。
「騎士団への潜入調査は、もう終わったはずだが?」
「三日くらい前から、臨時でバイトすることになったんだよ。人手が足りないらしいからな」
ヴェルフレイムは何か言いたげだ。
だから嫌だったんだと、ジークは舌打ちする。
「ほう? 人手が足りなくて困っているから、手伝うことにしたのか? あのジークが?」
わざわざ外で制服に着替えていたのは、からかわれるのがわかっていたからだ。
芝居掛かった口ぶりのヴェルフレイムを無視して、その場で着替えることにした。
「なるほど、騎士達の調査をするなら、騎士に紛れるのが一番だからな。何だかんだ言って、やっぱりクレイシアが心配なんじゃないか。この照れ屋さんめ!」
ベッドに座ってブーツを履けば、ヴェルフレイムが膝の上にのっかってきた。
ひづめでジークの腕をつついてのくるのが、腹立たしい。
「勘違いするな。クレイシアのことなんてどうでもいい。王として側近のアルシェ達が、どんな奴と婚約したのか知っておく必要があるだけだ」
「どうせ失恋するのだから興味ないと、いつもは気にしていないだろうが。本当素直じゃな……うぶっ!?」
ジークはヴェルフレイムを掴み、シーツでグルグル巻きにする。
こうして置けば、しばらくは出られないだろう。
「むぐぅ! おいこら、ジークっ!!」
うごめくシーツの固まりを放置して、そのまま宿を後にした。
◆◇◆
サキュバスと婚約した、第一騎士団の騎士達について調べたい。
依頼主代理である第七騎士団の副団長・クリスに申し出れば、すぐに手配をしてもらえた。
現在第一騎士団は、人手が足りなくて困っているらしい。
第七音素騎士団からの臨時の応援部隊として、ジークはたやすく第一騎士団への潜入を果たしていた。
(第一騎士団に近づけたのはいいんだが、本人達がいないのは予想外だったよな)
ジークのターゲットである騎士三人は、現在行方不明だ。
クレイシアが依頼を受けた次の日に、姿を消していた。
一度に三人が抜けた第一騎士団は、猫の手も借りたい状況に陥っているらしい。
(騎士達はどこへ行ったんだろうな。サキュバスから逃げてもムダなのに)
サキュバスはどこにいても、ターゲットの夢へ潜り込むことができるし、相手を強制的に眠りへ落とすことができた。
婚約して三カ月は、相手を夢に留めておけるのは一日六時間だけという制限がある。
しかし、三カ月をすぎると、相手の意識だけでなく体ごと夢へ持っていくことが可能となり、相手を夢の世界の住人にすることができた。
(アルシェ達はそこまで強引にはしない……はずだ。たぶん)
ジークも、だんだん自信がなくなってきていた。
この数日調査をしていたが、この三人の騎士は、それぞれ彼女達の好みど真ん中だということが明らかになっている。
さらに困ったことに、彼女達はダメ男に惹かれる傾向があり……話に聞くクズっぷりも大したものだ。
第一騎士団は他国の客人と接する際の護衛や、パレードなどの表舞台で活躍する騎士団だ。
見栄えのよい騎士の集団であり、強さよりも貴族としてのマナーや外見が重要視されていた。
女の子達からの人気も高く、街では絵姿も販売されており、それぞれにファンまでいる。
理想の騎士を演じることも彼らの業務の一つなのだが、アルシェ達と婚約した三騎士は女遊びが激しいことで有名だったようだ。
けれど最近では、三人ともぴたりと女遊びをやめていた。
特定の相手ができて、真面目になったと評判だったが、誰も彼らのお相手を見たことがないという。
本人達いわく、お相手は深層の令嬢であり、めったに会うことができないのだとか。
彼女達はシャイであり、自分以外には心を開かず、怯えてしまうとか。
可愛すぎるので、他の奴らには見せたくないとか言っていたらしい。
サキュバスは、夢の中でしか美しい姿を保てない。
だから夢の中の限られた時間しか、会うことができなかった。
本人達に夢を夢だと思わせないよう工夫しつつ、アルシェ達はうまくやってきたのだろう。
「お疲れ様。手伝ってくれてありがとう。ジークくんだったよね?」
その日の仕事を終えれば、柔らかい物腰をした、渋いナイスミドルが話しかけてきた。
第一騎士団の団長・グイードだ。
「第七騎士団にしては、品があるし、顔もいい。それに刺客を退治する手際のよさも、かなりのものだった」
「ありがとうございます」
ジークは頭をさげる。
本日の業務は、同盟を結んでいる国からきた幼い王女の護衛だった。
国がゴタゴタしているらしく、一時的に預かっているらしい。
街を見たいという王子の要望を叶えたところ、刺客が襲ってきたのだ。
「あぁ、一応言っておくが、私は第七騎士団を馬鹿にしてるわけじゃないんだ。エスコートの仕方が手慣れていたし、なんと言ったらいいか……」
困った顔をして、グイードはうなり始める。
第七騎士団は荒事専門で、実力主義。庶民上がりが多く、その性質から品の良さとはかけ離れていた。
ジークの所作が庶民らしくないと、彼は言いたいようだ。
「実は貴族出身者だったりするのかね? しかし、それなら危険な業務の多い、あの騎士団には入りたがらないだろうし……よかったらうちにこないか?」
「そう言っていただけるくらい、仕事ができたなら嬉しいですね。それにしても、行方不明になった三人はまだ見つからないんですか?」
貴族も何も、ジークは一国の王だ。
一通りの礼儀作法は身につけていた。
面倒臭いことになる前にと、話を変える。
「あぁ、その件か。彼らは行方不明というより……」
一旦言葉を切って、グイードは辺りを確認する。
「君は第七騎士団の見習いと聞いたのだが、第一騎士団に来る気はあるかね?」
「興味はあります」
何か情報が得られそうだと食いつけば、グイードは話をしようと彼の実務室へ案内してくれた。
◆◇◆
「実をいうと、あの三人は第一騎士団に辞表を提出しているんだよ。受理は色々あって、まだしていないんだが、彼らは自分達の意思で騎士団を出ていったんだ」
これはここだけの話にしてほしいと言いながら、グイードが自らコーヒーを淹れてくれる。
「騎士を辞めるなんて、相当のことですよね。彼らに何があったんですか?」
「よくある話だよ。彼らは身分違いの恋をし、家から反対されて、何もかも捨てる決断をしたんだ。三人同時にというのは、かなり珍しいがね」
グイードは少し困ったように肩をすくめた。
「辞表が出されたのは、いつです?」
「もう十日になるかな。彼らが失踪する少し前だ」
クレイシアが依頼を受けるよりも前に、彼らは第一騎士団を辞める気でいたらしい。
引っかかるものを感じたが、うまく正体が掴めなくて、もやもやとする。
「たかが女の為に騎士団も家も、全てを捨てるなんてありえない。騎士団の団長としては、そう言って彼らを強く引き止めるべきだったんだろうが……決意は固いようだったし、何が幸せかは本人達が決めることだからね」
「団長は、彼らのお相手を知っているんですか?」
「まぁね。相談にも乗っていたから。君も噂は聞いてるんじゃないかい? 三人のお相手が、サキュバスだって」
今まで、女をアクセサリーのように見せびらかしていた三騎士が、誰にも見せずに可愛がる彼女に、そんな疑いがかけられるのも当然だ。
モテる彼らへの嫉妬もあるんだろうが、かなり前からそんな噂は流れていたようだった。
「サキュバスと結婚するつもりなら、勘当すると家から言われたようなんだ。彼らは、それならと騎士団もやめて駆け落ちしてしまった。彼らの実家は予想してなかったんだろうね。大慌てだよ」
面白がる雰囲気が、グイードにはある。
しかし、ジークはそれどころではなかった。
(そもそも俺は……大きな勘違いをしていたんじゃないか?)
サキュバスとの結婚から逃げて、三騎士は行方不明になったと思いこんでいた。
けれどそうではなく、サキュバスと結婚するために、行方をくらませたのだとしたら……話が大きく変わってくる。
「オーギュ家はサキュバスとの婚約をやめさせようと、王妃様のつてで《婚約破棄の魔女》という別れさせ屋を雇ったらしい。コルセス家は暗殺者を雇い、サキュバスを殺すことで解決しようとしているみたいだし、第二騎士団の団長であるワンド家の当主は、この駆け落ちをサキュバスによる誘拐事件だと訴え、騎士団を動かそうとしているようだよ」
ジークの持っていなかった情報をさらりと口にし、グイードは溜息を吐く。
「彼らの家はでかいし、三人とも後継者だ。このままだと、もっと面倒なことになるだろう。そんなわけだから、三人が返ってくるのを待つより、新しい人材を入れたほうがいいと思うんだ」
グイードはここからが本題だと言いたげだ。
彼にしてみれば、これはジークを勧誘するための前振りにすぎないのだろう。
しかし、予想以上の情報を得たジークは、もうグイードに用はなかった。
よりにもよって、何でそんな面倒な相手に手を出したのかと頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。
グイードは、第一騎士団に入った際の特典や、第七騎士団への引き継ぎなど、熱心に口説いてくる。
相当気に入られてしまったらしい。
適当にはぐらかして、後日騎士団を辞めればいいなと考えていたジークだが、この調子だとクレイシアの店まで特定されそうな気がしてきた。
どうやってこの場を立ち去ろうか悩んでいたら、執務室の扉がノックされる。
助かったと思ったが、グイードは少し待っていてくれと席を立ち、部屋の外へ出てしまった。
まだジークを帰す気はないようだ。
「あぁ、彼ならここにいるが何の用……おいちょっと待つんだ!」
グイードの声が聞こえたかと思うと、扉が勢いよく開き、十名の騎士がジークを取り囲んだ。
騎士達の制服は、第二騎士団のもの。
重大事件の解決や、治安の維持を業務とする騎士団だ。
「婚約破棄専門店・《婚約破棄の魔女》の従業員、ジークとはお前のことで間違いはないな?」
ジークに問いかけてきたのは、口ひげの立派な初老の男だった。
団長であることを示す腕章と、鷹のような鋭い瞳が、油断ならない奴だと教えてくる。
第二騎士団の団長は、ワンド家の当主だとグイードは言っていた。
アルシェ達と婚約した三騎士の一人の父親であり、自分の息子を取り戻すため、騎士団を動かしたのだろう。
「……そうだが、なにか用か?」
少し悩んで、ジークは素直にそれを認めた。
クレイシアの依頼主はオーギュ家であり、ワンド家とその目的は一緒である。
何か得られる情報があるかもしれないし、これを明かすことによってグイードの勧誘も止むと考えたのだ。
ワンド家当主は、部下達に視線と顎で指示を出す。
何故かジークは、彼らに取り押さえられてしまった。
「おい! これはどういうことだ!!」
「それはお前もよく知っていることだろう。クレイシア・ウォルコットの手下、ジーク。お前を誘拐補助の罪で拘束する! 連れていけ!!」
ジークが叫べば、白々しいというようにワンド家当主は睨みつけてくる。
こうして訳のわからないまま、ジークは牢屋に入れられてしまった。




