26.クレイシアの不在
久々の更新です。
待たせてしまってすみません!
ジークは傘を差し、ヴェルフレイムを脇に抱えながら、クレイシアの店を目指す。
ずっと降り続く雨のせいで、あたりは薄暗い。
頼まれていた男の周辺調査を終えたので、報告に行くところだった。
「はぁ……。なんでこの俺が浮気調査みたいなことをしてるんだろうな……」
人の住まない国とはいえ、仮にもジークはエイデルハインの王だ。
どう考えても、これは王がやる仕事ではない。
「身から出たサビだ。クレイシアに気持ちを早く告げていれば、こんな面倒なことには」
「あーはいはい。それはもう聞き飽きたんだよ」
子豚姿のヴェルフレイムがお説教をするのを遮り、ジークは溜息を吐く。
ヴェルフレイムが言うには、昔のジークはクレイシアのことが好きだったらしい。
しかし、そんなことを言われても困る。
好きも何も、クレイシアのことをジークは知らなかった。
この一年、クレイシアと過ごして思うのは、ここ数年の記憶に、空白が多い事実だ。
息抜きにと一人でダンジョン巡りへ行けば、前に誰かと来たような気がするのに、誰と一緒だったのか思い出せない。
ふとした瞬間にもやもやとして、何かが足りないという焦燥感に襲われる。
(昔の俺がクレイシアを好きだったのが、本当だったとして。アレのどこが好きだったんだ?とは、思うんだよな)
領土を持つ貴族のお嬢様なのに、割といい性格しているというか、がめつい。
てっきりジークの持つ王の座と財産が目当てなのかと思えば、報酬を払う気でいる。
お金が好きというよりも、稼いだり仕事をすることが好きなんだなと最近では分かり始めてきた。
(危なっかしくて、俺が見てないと何をするか分からないから手間がかかるし。ジーク、ジークってうるさいし。あんな面倒な生き物を……俺は好きになったりしない)
人間なんて、鬱陶しくて、煩わしいだけだ。
十年の雇用契約が終わったら、子を産んでもらうという約束があるからとはいえ、距離が近すぎると思う。
記憶を無くす前の自分が、本当にクレイシアを好きだったとして、それは百パーセント気の迷いだ。
人間がロクでもないことを、ジークは嫌というほど知っていた。
これは契約だからと業務的に接していればいいのに、クレイシアといると心がざわついた。
頼るように名前を呼ばれれば、悪い気がしなくて。
気紛れにお茶をご馳走になれば、それだけで嬉しそうにするクレイシアを、かわいいと思ってしまうことがある。
遥か昔に凍らせたはずの感情が、クレイシアといるとたやすく綻ぶ。
それを認めたくなかった。
(俺はただ、契約を遂行すればいいだけだ。愚かな人間みたいに、妙な感情に振り回されたりしない)
結局ジークは、いつもの結論に辿り尽く。
ようやく店に着けば、クローズの札がかけられており、明かりもついていなかった。
この時間なら、クレイシアは店にいるはずだ。
不思議に思いながら、合鍵を使って店に入る。
「どこ行ったんだあいつは?」
「おい、ジーク。置き手紙があるぞ」
明かりをつければ、ヴェルフレイムがジーク宛の手紙を見つけたようだった。
「サキュバス三姉妹のところへ行ってきます……クレイシアは、アルシェ達のところへ向かったみたいだな」
「また、なんでそんな面倒なところに?」
ジークは眉を寄せる。
サキュバス三姉妹は、クレイシアの友人だ。
しかし、それと同時にジークの治めるエイデルハインの国民であり、側近でもあった。
彼女達がクレイシアと仲がよいのは、偶然ではない。
ジークがクレイシアを気に入り、頻繁に出かけるようになった後、彼女達はクレイシアに近づいて友人となったのだ。
知り合いだとバレたくなかったので、当時のジークはそれをひた隠しにしていた。
現在でも、クレイシアはサキュバス三姉妹とジークの繋がりを知らない。
それでいて、サキュバス三姉妹こそ、「クレイシアと結婚するまで帰ってくるな」とジークを国から追い出した張本人達であった。
おかげでこの一年、ジークは国に帰っていない。
人間に見切りをつけたジークの、父……もとい母親代わりとなってくれたのが彼女達だ。
だからジークは、彼女達に頭が上がらなかった。
「確かこの前、アルシェ達の婚約パーティだと、店でクレイシアと女共が騒いでたな」
ジークは、ヴェルフレイムが読んでいる手紙を覗き込む。
アルシェというのは、サキュバス三姉妹の長女の名前だ。
ちなみに次女がイルシェ、三女がウルシェという。
三人とも二メートル級のよい体格をしていて、彫りが深く、眉も極太。丸太のような太い足や腕は筋肉の固まりであり、一撃でクマを仕留めることも容易いくらいの男前だ。
しかし、性別はいちおう女であり、本人達は可愛いものをこよなく愛している。
そのためいつもミニスカートや、胸元の開いた服を着ており、それはそれは目の毒だった。
ただし、夢の世界では男の望む理想の女性の姿をしているため、恋愛相手に困ることはない。
惚れたらどこまでも尽くすタイプで、包容力に溢れているため、彼女達に骨抜きにされる男は後を絶たないのだ。
「失恋パーティにでも呼び出されたか?」
「いや、そうじゃないようだな」
呟いたジークに、ヴェルフレイムが首を横に振る。
強引なサキュバスになると、相手を夢に閉じ込め、結婚に同意するまで出さない者も多いが、アルシェ達は引き際を弁えている。
付き合うのは最長一年、婚約期間は三カ月。
その後で、必ず正体を明かす。
アルシェ達三姉妹は、そういうルールを自分達で定めていた。
彼女達は、自分達の恋が実らないことを理解しているのだ。
好きになった人間を不幸にはしたくない。
だから、自分のために時間を使わせるのは一年だけと、最初から決めているらしい。
正体がバレれば、サキュバスの恋は終わる。
どんなに愛を囁いていた男でも、彼女達から逃げていくのだ。
懲りればいいのに、それでもそんな愚かな人間を、彼女達は何度でも好きになる。
彼女達のそんな惚れっぽいところが、ジークには理解できなかった。
――傷ついたなら、もう関わらなければいいだけだ。
人間なんて、ロクでもないし、アルシェ達の中身を見ようとしない。
裏切られて辛い目に遭うのはわかっているのに、なのにどうして、同じことを繰り返すのか。
彼女達が失恋するたび、ジークは見ていられなかった。
「理屈じゃないのよ。たとえ自分が受け入れられないと分かっていても、傷ついても、ダメなところがいっぱいあっても……それでも落ちるのが恋というものよ。いつかきっと、ジークちゃんにもわかる日がくるわ」
失恋した彼女達は、それを心から願うというように、いつも口にしていた。
「別に分からなくていい」
「ずっと一人は寂しいわ」
「寂しくなんてない。一人の方が気楽だ」
このやりとりをするたびに、彼女達が悲しげな顔をするのが、ジークは嫌で仕方なかった。
気を取り直して、クレイシアからの手紙を読む。
どうやら、『サキュバスとの婚約を破棄してほしい』と、王妃様を通じて、お相手の母親から依頼があったらしい。
「相手の母親からの依頼ってことは、アルシェ達の正体はすでにバレてるのか。それならアルシェ達はとっくに婚約を破棄してるんじゃないか?」
いつものアルシェ達なら、相手に正体がバレて振られた時点で身を引く。
それを指摘すれば、ヴェルフレイムもそうだなと不思議そうにしていた。
「すでに婚約破棄されているが、母親は行き違いでそれを知らない。もしくは、周りがアルシェ達の正体に気づいたが、本人が現実を受け入れずに婚約破棄していないかだな」
ジークもヴェルフレイムと同意見だった。
クレイシアはアルシェ達を煽った手前、責任を感じているようで、直接話しをするため出かけたらしい。
普段のクレイシアなら、お相手の騎士達に調査をしたり、周りに探りを入れ、現状を確認してから行動するのによほど焦っていたようだ。
今回の件は自分だけでやるので、ジークは何もしなくていいと書かれていた。
(どうせアルシェ達は失恋するだろうし、クレイシアの出番はないだろ。失恋パーティに付き合わされて、二、三日したら帰ってくるはずだ)
そうジークは思っていたのだが……一週間以上経ってもクレイシアは帰ってこなかった。
★2016/10/11 被る表現があったので、修正しました。




