24.婚約詐欺
「婚約詐欺って何ですか? 聞いたことがないのですが……それを言うなら、結婚詐欺では?」
「結婚とつくと、対象外ですと言われそうな気がしたからな。それに、結婚を理由にお金を巻き上げられたというわけでもないんだ」
首を傾げた私に、クリスさんが依頼の説明をはじめます。
「この国の山を越えたところに、サキュバスと呼ばれる種族が住んでいることを知っているか? 別名夢魔とよばれ、男にみだらな夢を見せる奴らなんだが」
サキュバスさん達のことは、よく存じていました。
この世界には、神様がいるくらいですので、人間以外にも色んな種族が住んでいます。
そうはいっても、人間を害するような種族はいません。
この世界は、人間の世界。
他種族の方々は、本来この世界にいない存在なのです。
人間を愛する神々が厳しい審査をし、合格した人間スキーな者だけが、この世界へ移住することが認められています。
その中の一種族であるサキュバスさん達は、気がよくて、とてつもなく惚れっぽい方々です。
肉食系のようでいて、意外と一途で惚れたら尽くします。
夢の中では色気ムンムンな姿をしており、男性にみだらなサービスをしたりする種族です。
サキュバスさん達は、特殊な生態をしていて、夢の中で人間の男性との間に子を産むことができました。
しかし、そうそう簡単に人間に手を出されては困ると、この世界ではアベア神によって色々な制約を付けられています。
【サキュバスさんの婚約特例】
1.夢の中での婚約は無効。
2.婚約者、恋人がいる男に手を出すのは禁止。
もちろん既婚者もダメ。
3.実際に会って婚約を結べば、その後は大体人間同士の婚約と同じです。
4.婚約を結んで3ヶ月間は、相手を1日6時間までしか夢に留めておくことができません。
まぁ、大体こんな感じでしょうか。
この特例ができた事情の裏には、サキュバスさん達の実際の姿が深く関わってきます。
サキュバスさん達は夢の中限定で、男性が理想とする女性の姿になることができます。
しかし、物凄く言いづらいのですが……実際の姿はわりと男性的なのです。
筋肉ムキムキ、身長2メートル越え、髭のおっさん。
大体がそんな感じです。
――人は見た目じゃないですよ、心ですよ。
まぁ、そうは言っても限度があります。
美人で積極的で、えっちなサキュバスさん達に惚れ、婚約を結んだ男の人達。
しかし、実際の姿を目にして――心折られる男性が多数。
さすがにそれは詐欺だ!と、アベア神の元へ苦情が殺到し、この特例ができあがったと聞いています。
「私に依頼するということは、この写真の方々は婚約までしてしまったんですね?」
「そうなんだ。今回依頼する三人は、第一騎士団の奴らで王妃様の近くにいる連中だ。サキュバスと結婚すると、世間から冷たい目で見られるのは知っているだろう?」
話しが早いなと、クリスさんが頷きます。
サキュバスさん達と結婚してしまった男性達は、世間から「あぁ、色気に騙されたんだね……」という生温かい目で見られるのが常でした。
話しを聞けば、第一騎士団の人達の夢の中にサキュバスさん達が現れはじめたのは、1年前からのことのようでした。
優しく献身的で、健気。
そんなサキュバスさん達に、彼らは骨抜きになってしまったようです。
「三ヶ月経つと夢に体ごと連れ込まれ、返してもらえなくなる。結婚すると頷かない限り、奴らは相手を外に出さなくなるんだ」
クリスさんは肩をすくめましたが、あまり同情していないようでした。
心の中では、自業自得だと思っているようです。
「一つ質問いいですか? この人達、サキュバスさん達に会う前は遊び人でしたよね?」
「……なんで知ってるんだ? その通りだ」
私の指摘に、クリスさんが目を見開きます。
並べられた3枚の写真に写っているのは、どれも男前でした。
そして実をいうと……私は、彼らに全員に見覚えがあったのです。
「サキュバスと知らずに婚約してしまったらしいんだ。クレイシアには、彼らとサキュバスの婚約を破棄してほしい。難しい依頼だと思うが……できるか?」
「……可能ではあります。ですが、どうして王妃様がそんな依頼を? 放っておけばいいじゃないですか」
それが一番の謎でした。
王妃様は、わりとサバサバした方で、クリスさんと同じように自業自得だと思っていそうなのですが。
「第一騎士団は貴族ばっかりで、今回サキュバスと婚約した奴の家が、王妃様の親戚なんだ。息子がサキュバスと婚約してしまったが、どうにかできないかって泣きつかれたらしい。だから成功しなくても、一応手は尽くしたよっていう形があればいいと、王妃様は言っていた」
なるほど、王妃様もそう乗り気というわけではないようです。
「諦めて、サキュバスさん達と暮らしたらいいと思うのですけどね。現実世界での見た目を気にしなければ、そう悪い生活ではありませんよ。結婚後は夢の世界で、彼女達は至れり尽くせりの良妻賢母ですし。憧れのヒモ生活です!」
「いや、さすがにそれはな……依頼、受けてくれないのか?」
力説した私に、クリスさんは困った顔をしています。
王妃様からの依頼なので、引き受けてもらえなかったと報告するのが心苦しいのでしょう。
「……わかりました。この依頼、《婚約破棄の魔女》が引き受けましょう」
少し考えてから、私はこの依頼を引き受けることにしました。
すみません、どうしても直したいところがあって1時間遅れてしまいました。




