23.守り守られ
「団長が……私の騎士様だったんですね」
「あ……いや、その……えっとだな」
箱から出てきたクリスさんに、ライナスさんは動揺を隠せないようです。
お二人に足りないのは話しあい。
そう思った私は、ライナスさんがクリスさんのことをどう思っているのか、直接聞いてもらうことにしました。
まず、屋敷の人達に頼んで、庭を造ることを許可してもらいました。
ジークには人が入れるサイズの箱を用意してもらい、クリスさんを連れてきてもらったのです。
「……団長」
「な、なんだ」
呼ばれてライナスさんが体を硬直させます。
騎士団の団長という風格はどこにもなく、今にも逃げ出したいというような顔をしていました。
「団長は……私のことが好きだったんですか?」
「……っ!?」
クリスさんときたら直球です。
団長さんは顔を真っ赤にして、口を開け閉めしていました。
ゆっくりとクリスさんが、団長さんのほうへと近づいてきます。
一歩分の距離をあけて、二人が向かい合いました。
「私が自分のせいで傷物になってしまったという、勝手な責任感で……婚約を結んだんじゃないんですか?」
「それは違う! 責任というのは口実だ。お前が戦場に行って、俺の前から消えたらと思うと怖かったんだ……それに、誰にも……渡したくなかった」
まるで喝上げをしているかのように、クリスさんが高身長のライナスさんを下から睨み付けます。
消え入るような声で呟くライナスさんは、情けない顔をしていました。
「……」
目をそらすように俯いてしまったライナスさんを、クリスさんは黙って見つめています。
頬が赤く、まんざらでもなさそうでした。
「私は誰かを守れる、騎士という職業に誇りをもっています。ですから辞めるつもりもありませんし、これからも闘い続けるつもりです」
「クリス!」
意志を曲げる気はないと告げるクリスさんの名前を、ライナスさんが悲痛な面持ちで叫びました。
「ですが、騎士団でも闘いの場でも……それ以外でも。私が側にいて補佐したいと思うのは、あなただけです。この先もずっと、それは変わりません」
「っ……クリス、それは……」
こほんと咳払いしたクリスさんと、ライナスさんが見つめ合います。
甘ったるい、この雰囲気。
どうやらうまくいったようです。
「……用意した次の手は、必要なさそうだな」
「そのようですね」
やってきたジークが、私に話しかけてきます。
もしも団長が、クリスさんへの想いを語ってくれなかった場合。
ジークには一芝居打ってもらうことになっていました。
まず、一旦クリスさんには箱からこっそり出てもらい、ジークと一緒に屋敷を訪れてもらいます。
――二人は愛し合っているため、ライナスさんとの婚約は破棄したい。
そう告げることで「傷の責任を取るために婚約する」という、ライナスさんの言い訳を封じ、本音を引き出すつもりでいたのです。
「そんなに私に死なれるのが嫌なら、ちゃんと守ってください。私もあなたを守ります……副団長として」
最後にプラスされたクリスさんの言葉に、まだちょっとした照れを感じますが、きっとそれもそのうち変わっていくでしょう。
「いいですか、団長! 私はまだ、婚約を完全に受け入れたわけじゃないですからね! それにとても怒っています。そういうことをするなら、ちゃんとした手順を踏んで……って、ちょっとどうして抱きしめてくるんですか!!」
気恥ずかしさからか説教をはじめたクリスさんを、ライナスさんがその大きな腕の中へと閉じ込めます。
「死ぬときは騎士として戦場で共に死にたい……さっきのはそういう告白だと、受け取って構わないんだろう?」
「えっ、いや……それはその……!?」
先ほどまでクリスさんが優位に立っていたはずなのに、いつの間にか攻められる側へと変わっていました。
顎を掴まれ、上を向かせされたクリスさんは戸惑いを隠せないようです。
「……愛している、クリス」
こっちが真っ赤になるくらい優しい声で、ライナスさんがクリスさんに愛を告げました。
キスをしてきたライナスさんに、クリスさんは最初こそ抵抗していましたが、これは……完全に王手のようです。
ごちそうさまでしたと思いながら、私はジークとその場を後にしました。
◆◇◆
クリスさんはその後、婚約破棄の依頼を取り下げてきました。
ライナスさんとは何だかんだで、お付き合いからはじめることにしたようです。
これで依頼は一件落着。
クリスさんから報酬ももらえたのですが……わりと頻繁に店へやってきます。
「団長ときたら、人前で甘い顔をするのはやめてくれというのに一向に直す気配がないんだ。私が仕事で声をかけただけで、嬉しそうにするものだから……部下にまでからかわれる」
愚痴をいいながら、クリスさんはお茶菓子を食べます。
ライナスさんはどうやら、クリスさんと両思いになれたのが嬉しくて、自制が効かないようでした。
まぁ、ぶっちゃけ――ただの惚気話です。
「遊びにくるのはいいのですが、仕事のお客さんがきたら帰ってくださいね?」
「あぁ……そうだった。うっかりしてた。今日は仕事の依頼できたんだった」
「まさか、またライナスさんと婚約破棄したいとか言い出すつもりなのですか?」
困った顔をした私に、クリスさんが笑いながら違うと手を横に振ります。
「依頼者は王妃様だよ。クレイシアは王妃様とも親しかったんだな」
「えぇ、仲良くさせてもらっていますが……あの2人はラブラブなハズですし、すでに結婚しているので対象外ですよ?」
首を傾げた私に、すっとクリスさんが何枚かの写真を差し出してきます。
「そうじゃない。悪魔と婚約してしまった男性達を……結婚前に取り返してほしいんだ。いわゆる婚約詐欺ってやつだな」
そういって、クリスさんは面白そうに笑いました。




