22.救い救われ
「それじゃジーク、手はず通りにお願いしますね。屋敷の方々にも了解は得ています」
「わかった」
朝早くにジークを呼び出し、作戦を告げます。
それから私は身支度をすませ、ライナスさんの屋敷へと向かいました。
◆◇◆
本日は日の曜日で、騎士団はお休み。
ライナスさんは屋敷で書類仕事をするようです。
横からちらりと覗いてみれば……どうやら、書状を書いています。
結婚式の招待状みたいでした。
机を見ればチェックがいっぱいされた式場のパンフレットに、赤ちゃんの名付け辞典。
……かなり先走りすぎだと思います。
「……休日なのに、お忙しそうですね」
私の嫌みも、ライナスさんには届きません。
「あぁ。やることはやまほどあるからな」
その前に、クリスさんとの溝を埋めてください!
そう言いたいですが、ここはぐっと我慢です。
「ところでライナス様。私がお仕えするクリス様ってどのような方なのでしょう。まだお会いしたことがないので、旦那様の口からどのような方なのか教えていただきたいです」
「そうか、まだ話していなかったな」
今気づいたというように、ライナスさんが筆を止めました。
「ちょうど昨日、クリス様のために庭を手入れしたのです。テーブルや椅子も設置しましたのでそちらで休憩しながら、お話を聞かせてください」
おねだりをしてみれば、ライナスさんは誘いに乗ってくれました。
使用人を同じテーブルになんてという貴族のほうが多いのですが、ライナスさんは気にしないようです。
使用人は家族のようなものだと、彼は考えているみたいでした。
「これはすごいな……家の庭がこんなにも美しくなるとは」
ライナスさんは驚いています。
それはそうでしょう。
ただの芝生だった場所に、綺麗な薔薇の生け垣があり、小さな噴水にブランコまであるのですから。
「君がこれを……?」
「はい。庭師の方に協力してもらって、頑張りました」
恋人達が語らうのにぴったりな空間が、そこにはありました。
私は恋人達のダンジョン、《ウェディングケーキ》を司る神子です。
ムードを演出する場を作り上げるセンスは、1級だと自負しています。
「凄いな。クリスがこういうのを好むかはわからないが、綺麗だと……思ってくれるはずだ」
ライナスさんの顔がほころびます。
きっと彼には、喜ぶクリスさんの顔が見えているのでしょう。
頑張った甲斐があるというものです。
「このテーブルの横にある、布が被せてある箱は何だ?」
「それは庭を作る際に使った道具入れです。まだ使うので、そのままにしてあるんですよ。それよりもライナス様、さっそくクリス様のことが聞きたいです」
ライナスさんをテーブルにつかせて、茶を注ぎます。
庭を見せるのが、私の目的ではありませんでした。
「あぁ、そうだったな。どこから話したものか……」
「出会いから詳細にお願いします。仕える方のことを、よく知りたいですから」
にっこりと笑って言えば、ライナスさんがわかったと頷きます。
少し照れた様子でした。
「クリスと出会ったのは、両親が亡くなって家を継いで五年後のことだ。初めて隊を任された俺は、国の外れで盗賊団が出没しているときいて駆けつけた。でも間に合わなくて、さんざんな結果に終わったんだ。俺が助けることができた、唯一の生き残りが……クリスだ」
クリスさんは確か、ライナスさんとは騎士団に入って初めて出会ったと言っていました。
これは初めて知る情報です。
「クリスは少々ボーイッシュな子だった。それで俺は、彼女が男だと思い込んでいたんだ。それから七年くらい経って、クリスがうちの騎士団にやってきた。騎士になりたい……って言ってな」
クリスさんは入団時の面接で、自分が騎士を志望する理由を語りました。
そこでライナスさんは、クリスさんがあのときの子供だと気づいたようです。
「俺はクリスの両親を助けられなかった。俺がもっとしっかりしていればと、ずっと自分を責めていた。けれど、クリスは俺に助けられたと、憧れて騎士になりたいと言ってきたんだ。そんな価値は俺にないのに」
ライナスさんは、どうやらクリスさんに負い目を感じていたようです。
だからこそ、自分があのときの騎士だと言えなかったようでした。
「騎士団に入隊させないつもりだったが、クリスには実力があった。それに、当時の副隊長がお節介を焼いたんだ。あいつはクリスがあのときの子で、俺がそのときのことを未だに後悔していることを知っていたからな。クリスの性別も書き換えて、俺に資料を渡していたんだ」
騎士団に入ったクリスさんを、ライナスさんは特別扱いしませんでした。
他の騎士達と同じように扱い、そのうち信頼が芽生えたそうです。
「憧れの騎士の話をするとき、クリスは目を輝かせるんだ。そのたびに、俺は苦しくなった。だから、ある日言ってしまったんだ。そいつはクリスを助けたんじゃなくて、クリスしか助けられなかった残念な奴だと。そしたら、団長である俺をグーで殴ってきた」
そのときの事を思い出しているのでしょう。
ライナスさんは、苦笑いしていました。
「私の騎士様を侮辱するのは許さない。あの人がいるから、私はここにいるんだ。そう真っ直ぐな目で言われて、すごく……胸にきたんだ」
「そこでクリスさんに、惚れてしまったってことですね」
「……まぁ、思い返せばそうなるかもしれない。だが、決して私は男が好きなわけじゃないし、殴られるのが好きなわけでもないんだ」
勘違いはしないでほしいと、ライナスさんは付け加えます。
そのあたりで何か言われたことがあるのか、やけに熱がこもっていました。
「その日から、クリスとの間にあった壁がなくなった。いつの間にかクリスは私の右腕となり、補佐をするようになったんだ」
こんな感じでいいかと、ライナスさんは言ってきます。
「それでどうして、結婚という話しになったんですか。クリスさんが男だとライナス様は勘違いしていたのでしょう?」
「クリスが女だと知ったのは偶然だ。うっかりノックせずに騎士団にある部屋に入ったら、着替え中で……それで女だと知った」
つまりはラッキースケベで、クリスさんの性別に気づいてしまったということのようです。
顔がほんのりと赤いあたり、ライナスさんはむっつりなのかもしれません。
「女だとわかったところで、お付き合いを申し込んで、婚約したというわけですね?」
「いや……それは……」
ライナスさんの歯切れが悪くなります。
そりゃそうでしょう。
クリスさん情報だと、お付き合い期間なんて存在していないのですから。
「酔わせて、無理やり……婚約を結んだんだ」
黙って見つめていたら、ライナスさんはわりとあっさり白状しました。
「どうしてまたそんなことを?」
「……好きだと言えなかったんだ。彼女を一人にしたのは、あのとき未熟だった自分の力不足だ。なのに、家族になってほしいとか、恋人になってほしいなんて……言えるわけがない」
「好きとは言えないのに、無理やり婚約はしたわけですか」
「……」
責めるような口調になった私から、ライナスさんがバツの悪い顔で目をそらします。
「好きだというつもりはなかったし、婚約も……するつもりはなかったんだ。騎士として生きることを決めたときから、結婚はしないと決めていた。残された者が悲しむ姿を、見たくはなかったからな」
騎士だった夫を亡くし、ライナスさんのお母様は衰弱していったと聞いています。
ライナスさんはやはり、それを気にしていたようでした。
「いつだって死んでもいい。そんな覚悟でいたんだ。それでいいと思っていたんだ。クリスが死にかける、あの日までは」
溜息交じりに、ライナスさんは話しだします。
「クリスを失うかもしれない……そう思ったら、怖くなったんだ。危険なことなんてしてほしくなくて、ずっと側にいてほしいと思った。父を想ってずっと家にいた母が、どれほど不安だったのか……そのとき初めて本当にわかったんだ」
自分が心配をかける立場なのになと、自嘲するようにライナスさんは肩をすくめます。
「クリスは戦場に行くことを諦めようとしなかったからな。父を失った母のように……苦しい思いをしたくないと思ってしまった。自分のことを棚にあげているとは、わかっているんだがな」
これでいいだろうと、ライナスさんは席を立ちます。
「……苦労はかけると思うが、クリスのことをよろしく頼む。今日は喋りすぎた」
「いえ、まだ終わってませんし、よろしくされる気もありませんよ」
立ち去ろうとするライナスさんを引き留め、庭用の道具箱にかけていた布をめくります。
「クリス……?」
その箱の中からクリスさんが現れ、ライナスさんは目を見開いていました。




