21.ホットケーキは幸せの味
「ライナスは隊の連中から相当慕われてるみたいだな。新入りの俺にも親切だし、人望があるっていうのがわかる。クリスの方は厳しい副隊長って感じだ。自分にも厳しく他人にも厳しいタイプだな。こっちもそれなりに人望があって、隊はまとまってる感じだった」
潜入調査がはじまって十日。
ジークと互いに情報を交換しあいます。
「ライナスさんとクリスさんの関係を、皆さんはどう思っているようでした?」
「隊の奴らはそもそも、ずっとクリスが男だと思ってたみたいだな。『副隊長ああみえて実は女で、もうすぐ隊長と結婚するんだぜ。驚きだろ』とか言ってた」
ジークの話しによると、隊の人達はクリスさんが女だということに驚きながらも、祝福ムードだったとのことでした。
「前々から怪しいと思ってたとか、そういうことを言っている奴もいたな。ライナスの好意は結構まわりに筒抜けだったみたいだ……男色の気があるんじゃないかって、心配してた奴もいた」
「ありがとうございますジーク。色々調べてくれたんですね!」
「まぁ、一応仕事だからな」
いつもけだるそうにするわりに、ジークは頼んだことをしっかりやってくれます。
褒めればどうってことないという顔をしますが、満更でもなさそうでした。
「そっちはどうだった?」
「ライナスさんの屋敷の人達も、歓迎ムードです。そもそも私を雇ったのも、クリスさんが屋敷で不自由をしないようにってことみたいですし。愛されてるなって感じです。問題は、その気持ちがまったくクリスさんに伝わってないってことですが」
ジークも大方予想していたのでしょう。
それでどうすると私に尋ねてきます。
「今回はライナスの方が惚れてるから、《婚約破棄》は使えないよな? くっつける方向で行くんだろ?」
「そうなりますね。とは言っても、お膳立てくらいですが」
ジークの言葉に頷けば、はぁと溜息をつかれました。
「他人の恋愛ごとに顔突っ込んで、面倒なこと引き受けてまで、そんなにそのスキルを解除したいのか。必死だな」
理解できないというような顔を、ジークはします。
「そんなに誰かと結婚したいのか? 相手もいないくせに」
からかうというよりも、呆れたような突き放すような口調。
今のジークは、私の好きという気持ちを知っているくせに、どうにも冷たいのです。
店の椅子に座って、紅茶と私お手製のおやつを食べています。
「……相手なら、私の目の前にいるじゃないですか」
「俺とお前の関係は契約だ。子供は作るが、結婚する気はない」
食い下がってみたのに、ジークは取り付く島もありません。
「結構、最低なセリフだと思うんですが」
「そういう契約だからな。記憶を無くす前の俺がどうだったかは知らないが、今の俺はお前が好きでも何でもない。これから好きになる予定もない」
グサリとジークの言葉が突き刺さります。
今のジークは頑なで、最初から『私なんて好きにならない』と心を閉ざしている感じがしました。
「好きになってくれなんて言うつもりはありませんし、押しつける気もありません。もちろん、アタックはかけますし、好きになってもらう努力はするつもりでいますけどね!」
痛む心を隠して、平気なふりをして。
にっこりとジークに笑いかけてみせます。
これくらいでへこたれていては、やっていけないのです。
「……何で俺にこだわるんだ。俺の持つ金が目当てか? けど、俺に報酬を払う気でいるんだよな、お前。本当、わけがわからない……」
変な生物でも見るかのような目を、ジークは向けてきます。
自分が誰かに好かれるはずがない。
何か別の目的があるはずだ。
未だにジークはそう思っているようで、それが悲しいです。
理由なんて、単純で簡単です。
こうやってお茶ができるだけで、幸せな気分になれる。
ジークの側だと、素の自分でいられる。
ずっと一緒にいたい――ただ、それだけです。
ジークが記憶を失った当初は、『どうして俺が、見ず知らずの奴と一緒にお茶をしなくちゃならないんだ』と断られ続けていました。
仕事が終わればさっさと帰るのも相変わらずですが、こうして一緒に何かを食べてくれるだけでも、進歩しているのです。
だからきっと、いつか気持ちが伝わる日がくると私は信じています。
ライナスさんの屋敷で仲良くなったメイド長から、お手製のジャムをいただいたので、今日のおやつはホットケーキ。
単純なメニューですが、少々のこだわりで味が大幅に違ってきます。
私のホットケーキはふわふわと柔らかく、甘さ控えめ、ほんのりと後味に塩の味。
あっさりと食べやすくすることで、何枚でもいけるお味になっています。
記憶を無くす前のジークが一番気に入っていたおやつで、今のジークも味の好みは一緒のようでした。
「……」
食べ終わって、少々物足りなそうな顔をしているジークの皿に、追加のホットケーキを置いてあげます。
今日はもう少し、一緒にいることができそうです。
普段クールを装っているジークですが、甘いものを食べるときは表情が緩みます。
私が見ているのに気づくと、いつも表情を一瞬だけ引き締めるのですが……油断すると幸せいっぱいの顔になります。
その様子を眺めるのが、私は昔から大好きでした。
「……にやにやするな。食べづらい」
「すみません、ジークがあまりにも美味しそうに食べてくれるものですから」
ジークが手を止めて、こちらを睨んできます。
少し照れてるんだなと分かる表情に、余計にニヤニヤします。
あの頃は当たり前にあった、私とジークの日常。
それがほんの少しだけ、帰って気がして。
心の奥がふんわりと温かくなります。
こういう幸せがあるから、人は誰かと一緒にいたいと思う。
小さな当たり前の幸せは、見落としがちで、その大切さに気づかないこともあるでしょう。
ジークの言うとおり、私が彼らの恋路に首を突っ込むのは《婚約破棄》のスキルを解除するためです。
けれど、もう一つ個人的な理由がありました。
誰かが私やジークのように、勘違いやすれ違いで、手遅れにならないように。
そっと背中を押して、絡まった糸をほぐすお手伝いをしたい。
側にある幸せに気づいていないのなら、気づくきっかけをあげたいのです。
これも結局は……自己満足でしかありませんが。
それでも今の自分にできることをやっていきたいと、私は考えていました。
すみません、投稿が少々遅れました。




