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《婚約破棄―エンゲージブレイク―》はスキルじゃなくて呪いです!  作者: 空乃智春
ケース1 騎士団の団長と副団長の場合
21/44

21.ホットケーキは幸せの味

「ライナスは隊の連中から相当慕われてるみたいだな。新入りの俺にも親切だし、人望があるっていうのがわかる。クリスの方は厳しい副隊長って感じだ。自分にも厳しく他人にも厳しいタイプだな。こっちもそれなりに人望があって、隊はまとまってる感じだった」


 潜入調査がはじまって十日。

 ジークと互いに情報を交換しあいます。


「ライナスさんとクリスさんの関係を、皆さんはどう思っているようでした?」

「隊の奴らはそもそも、ずっとクリスが男だと思ってたみたいだな。『副隊長ああみえて実は女で、もうすぐ隊長と結婚するんだぜ。驚きだろ』とか言ってた」

 ジークの話しによると、隊の人達はクリスさんが女だということに驚きながらも、祝福ムードだったとのことでした。


「前々から怪しいと思ってたとか、そういうことを言っている奴もいたな。ライナスの好意は結構まわりに筒抜けだったみたいだ……男色の気があるんじゃないかって、心配してた奴もいた」

「ありがとうございますジーク。色々調べてくれたんですね!」

「まぁ、一応仕事だからな」


 いつもけだるそうにするわりに、ジークは頼んだことをしっかりやってくれます。

 褒めればどうってことないという顔をしますが、満更でもなさそうでした。


「そっちはどうだった?」

「ライナスさんの屋敷の人達も、歓迎ムードです。そもそも私を雇ったのも、クリスさんが屋敷で不自由をしないようにってことみたいですし。愛されてるなって感じです。問題は、その気持ちがまったくクリスさんに伝わってないってことですが」


 ジークも大方予想していたのでしょう。

 それでどうすると私に尋ねてきます。


「今回はライナスの方が惚れてるから、《婚約破棄エンゲージブレイク》は使えないよな? くっつける方向で行くんだろ?」

「そうなりますね。とは言っても、お膳立てくらいですが」

 ジークの言葉に頷けば、はぁと溜息をつかれました。


「他人の恋愛ごとに顔突っ込んで、面倒なこと引き受けてまで、そんなにそのスキルを解除したいのか。必死だな」

 理解できないというような顔を、ジークはします。


「そんなに誰かと結婚したいのか? 相手もいないくせに」

 からかうというよりも、呆れたような突き放すような口調。

 今のジークは、私の好きという気持ちを知っているくせに、どうにも冷たいのです。

 店の椅子に座って、紅茶と私お手製のおやつを食べています。


「……相手なら、私の目の前にいるじゃないですか」

「俺とお前の関係は契約だ。子供は作るが、結婚する気はない」

 食い下がってみたのに、ジークは取り付く島もありません。


「結構、最低なセリフだと思うんですが」

「そういう契約だからな。記憶を無くす前の俺がどうだったかは知らないが、今の俺はお前が好きでも何でもない。これから好きになる予定もない」


 グサリとジークの言葉が突き刺さります。

 今のジークは頑なで、最初から『私なんて好きにならない』と心を閉ざしている感じがしました。


「好きになってくれなんて言うつもりはありませんし、押しつける気もありません。もちろん、アタックはかけますし、好きになってもらう努力はするつもりでいますけどね!」

 痛む心を隠して、平気なふりをして。

 にっこりとジークに笑いかけてみせます。

 これくらいでへこたれていては、やっていけないのです。


「……何で俺にこだわるんだ。俺の持つ金が目当てか? けど、俺に報酬を払う気でいるんだよな、お前。本当、わけがわからない……」

 変な生物でも見るかのような目を、ジークは向けてきます。


 自分が誰かに好かれるはずがない。

 何か別の目的があるはずだ。

 未だにジークはそう思っているようで、それが悲しいです。


 理由なんて、単純で簡単です。

 こうやってお茶ができるだけで、幸せな気分になれる。

 ジークの側だと、素の自分でいられる。

 ずっと一緒にいたい――ただ、それだけです。

 


 ジークが記憶を失った当初は、『どうして俺が、見ず知らずの奴と一緒にお茶をしなくちゃならないんだ』と断られ続けていました。

 仕事が終わればさっさと帰るのも相変わらずですが、こうして一緒に何かを食べてくれるだけでも、進歩しているのです。

 だからきっと、いつか気持ちが伝わる日がくると私は信じています。


 ライナスさんの屋敷で仲良くなったメイド長から、お手製のジャムをいただいたので、今日のおやつはホットケーキ。

 単純なメニューですが、少々のこだわりで味が大幅に違ってきます。


 私のホットケーキはふわふわと柔らかく、甘さ控えめ、ほんのりと後味に塩の味。

 あっさりと食べやすくすることで、何枚でもいけるお味になっています。

 記憶を無くす前のジークが一番気に入っていたおやつで、今のジークも味の好みは一緒のようでした。


「……」

 食べ終わって、少々物足りなそうな顔をしているジークの皿に、追加のホットケーキを置いてあげます。

 今日はもう少し、一緒にいることができそうです。

 

 普段クールを装っているジークですが、甘いものを食べるときは表情が緩みます。

 私が見ているのに気づくと、いつも表情を一瞬だけ引き締めるのですが……油断すると幸せいっぱいの顔になります。

 その様子を眺めるのが、私は昔から大好きでした。


「……にやにやするな。食べづらい」

「すみません、ジークがあまりにも美味しそうに食べてくれるものですから」

 ジークが手を止めて、こちらを睨んできます。

 少し照れてるんだなと分かる表情に、余計にニヤニヤします。


 あの頃は当たり前にあった、私とジークの日常。

 それがほんの少しだけ、帰って気がして。

 心の奥がふんわりと温かくなります。


 こういう幸せがあるから、人は誰かと一緒にいたいと思う。

 小さな当たり前の幸せは、見落としがちで、その大切さに気づかないこともあるでしょう。

 

 ジークの言うとおり、私が彼らの恋路に首を突っ込むのは《婚約破棄》のスキルを解除するためです。

 けれど、もう一つ個人的な理由がありました。


 誰かが私やジークのように、勘違いやすれ違いで、手遅れにならないように。

 そっと背中を押して、絡まった糸をほぐすお手伝いをしたい。

 側にある幸せに気づいていないのなら、気づくきっかけをあげたいのです。


 これも結局は……自己満足でしかありませんが。

 それでも今の自分にできることをやっていきたいと、私は考えていました。


すみません、投稿が少々遅れました。

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