20.潜入調査開始です!
さっそく私は、調査を開始することにしました。
今回のターゲットはライナス・ヘイデン・クレークさん。
この国の騎士団で、七番隊の隊長です。
七番隊は機動力に富んだ隊のようで、有事の際には一番先に駆けつけたり、極秘の任務を請け負うこともあるようでした。
ジークには騎士団所属希望ということで、七番隊に入ってもらいます。
そんなことが簡単にできるのかと言われそうですが、可能です。
なぜなら、この国の王妃様と私は親友同士。
王様とも知り合いなので、多少無茶がきくのです。
二人とも以前、この店を訪れたお客様でした。
それぞれが婚約破棄したいと店を訪れた例は、後にも先にもこの一件だけです。
似たもの同士だったということなのでしょう。
結局二人は結ばれ、おしどり夫婦として有名です。
あっ、ちなみにこの間の依頼で出てきたコーネリア王子は、二人のお子さんというわけではありません。
ここから少し離れた国の王子様です。
依頼者のレベッカさんは王妃様のご友人。
そのツテで私を頼ってきたため、少々他国まで出張していたのです。
「ジーク、いいですか? あくまで新人らしく、謙虚にお願いします。笑顔で相手の懐に入り、情報を引き出すのです」
店にジークを呼び出し、依頼の内容を説明します。
「誰にでも愛想をふりまけってか。絶対嫌だ。お前じゃあるまいし、人にゴマすりなんてしてられるかよ」
これは潜入調査だというのに、ジークは相変わらずです。
それでも一応調査してくれるだけ、まだましというものでした。
ジークに変装……といっても、髪の色を染める程度ですが……を施し、送り出しました。
私の方は、ライナスさんのお屋敷に使用人として潜入する予定です。
男のターゲットの場合、屋敷へ使用人として潜入するのはお決まりのパターンです。
相手の好みをさりげなく事前調査し、好みの姿の使用人になって近づくのです。
使用人に手を出したがるようなゲスだったら、それはそれでOK。
身分を気にするようだったら、実は貴族の娘で……というパターンを使います。
しかし、ライナスさんの場合は女嫌いが徹底しているようで、屋敷には年老いたメイド、それ以外は男性ばかりでした。
女の使用人に化けたとして、雇ってもらえるでしょうか。
そう悩んでいたら、屋敷に張り紙がされていました。
――若い女性の使用人募集中。
どういう風の吹き回しかはわかりませんが、これはチャンスです。
あまり女っぽい子は好みじゃなさそうなので、さばさばしたクリスさんのようなタイプがいいかもしれません。
《変幻自在》のスキルを使い、中性的な雰囲気の少女へと変身します。
それから、ライナスさんの屋敷の門を叩きました。
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目の前にいるライナスさんは、現在三十八歳。
クリスさんが二十五歳と聞いているので、思いの外年の差がありますが、珍しいことではありません。
この国の人は金髪碧眼が多いのですが、ライナスさんは茶色の髪と瞳をしていました。
その目は鷹のように鋭く、がっしりとした体つき。
髪はオールバックにしていて、どことなく大人な男の香りが漂います。
落ち着きを払ったその様子と、纏う空気。
そしてどことなく色気があって、これでもてないわけがありません。
「エステル・モーズリー、十六歳。宿屋で働いた経験あり……か。もうすぐ妻を迎えるんだが、君には主に妻の身の回りの世話を任せたい。よろしく頼む」
なるほど、どうやら今回の募集、クリスさんのためのものだったようです。
「はい、精一杯がんばらせていただきます!」
元気よく答えれば、ライナスさんが目尻を下げました。
「あぁ、期待している」
無愛想で淡々としているから怖い人かと思っていたのですが、その一瞬の優しい表情はギャップが激しいです。
それはさておき、きっちりと屋敷で働きつつ、他の使用人からの情報を集めていきます。
ライナスさんの屋敷には、ライナスさんと数人の使用人しか住んでいません。
ですが大きな屋敷なので、掃除をするために人手が必要なようでした。
「あなた、若いのに手際がいいわねぇ。前はどこかの屋敷で働いていたのかい?」
メイド長はもう六十近い女性で、細い銀縁の眼鏡をかけた、少々ふくよかな方。
ベッドシーツを取り替える私の手際の良さに、驚いているようです。
「宿屋で働いてました!」
実家のダンジョン《ウェディングケーキ》の宿屋で、毎日カップルのためにシーツを換えていた私です。
ベッドメイクには自信がありました。
いえ、ベッドメイクだけではありません。
掃除に洗濯、料理に裁縫、ちょっとした日曜大工まで、私は何でもできます。
《ウェディングケーキ》では、何でも自分でやらなくてはいけなかったので、そのノウハウはしっかりとこの身に染みついていました。
私、これでも一応貴族のお嬢様です。
メイド業を極めて……どうするというのか。
ふと我に返る時もありますが、この技術が役に立っているので問題はないはずです。
初日の今日は、メイド長の指導の下、仕事内容を学ぶことになっていたのですが、予定よりも早く終わってしまいました。
せっかくだから、お茶にしましょうとメイド長がさそってくれます。
「ふふっ、いい子が来てくれてよかった。もうすぐライナス坊ちゃまが結婚するの。この日をどれだけ待ち望んだことか。妻には不自由をさせたくないからって、あなたを雇ったのよ!」
メイド長は自分のことのように嬉しそうです。
あんなに大きなライナスさんを坊ちゃまと呼ぶところからすると、子供のころからライナスさんを知っているのかもしれません。
「メイド長は、この屋敷で働いて長いのですか?」
「えぇ。旦那様や奥方様が生きていた頃から、ずっとここで働かせてもらっているわ」
メイド長はライナスさんのことを話してきかせてくれます。
どうやらライナスさんは、十八歳のときに父親を亡くしたようでした。
父親も騎士だったようで、名誉の戦死だったようです。そのあと母親も後を追うように亡くなってしまったとのことでした。
「旦那様と奥方様は、とても仲がよくてね。旦那様がいなくなってから、奥方様は泣き暮らしてそのまま弱って……お亡くなりになってしまったの。それがショックだったんでしょうね。坊ちゃまは、自分のために悲しんでほしくないからと、妻は迎えないなんてずっと言っていたの」
騎士はいつ死ぬかわからない職業です。
だから、残す人を悲しませたくない。
そう、ライナスさんは考えたようでした。
「残す家族を悲しませたくないのなら、騎士以外の職に就けばいいのでは?」
「すでに坊ちゃまは騎士の道を歩んでいましたし、旦那様の血もあるのでしょう。なにより、旦那様が亡くなった後、私達を養うためというのが大きかった。坊ちゃまは責任感の強い、優しい子ですから」
単純な私の疑問に、メイド長が答えてくれます。
まるで孫を思うおばあちゃんのように、優しい顔をしていました。
「坊ちゃまには弟君がいて、坊ちゃまが亡くなった後のクレーク家は弟君が継ぐことにはなっているの。でもね、私は……坊ちゃまにも幸せになってもらいたかった。だから、今回の結婚はとても嬉しいのよ」
メイド長はハンカチで涙をぬぐいます。
この後、メイド長と別れ、他の使用人達にも話しをきいてみたのですが、ライナスさんに好意的な意見ばかり。
それでいて、クリスさんとの結婚を、皆心待ちにしているようでした。




