19.騎士の憂鬱
入り口のベルがカランコロンと音を立てます。
お客様がきたようです。
「失礼する」
堂々とした佇まいで店に入ってきたのは、騎士の格好をした二十代中盤の方でした。
中性的で整った顔立ちをしていて、右頬には深い傷があります。
ハスキーな声で、ショートカットの髪がよく似合っていました。
一見して、男か女かわかりません。
「いらっしゃいませ、ようこそ《婚約破棄の魔女》へ」
とりあえず、すぐに奥の席へと案内します。
怪しすぎる店ですから、入るのに勇気がいります。
すぐに引き返そうとする方もいるので、こういう対応の早さは重要でした。
奥へと歩くお客様は、左足を引きずっています。
怪我をしているのかもしれません。
椅子を引いて座らせた後、ティファニーに相手を任せ、私は紅茶を淹れるため台所へと向かいました。
ティファニーはお客さんの心を掴むのが上手く、どうぞと菓子を勧め、愛らしく振る舞って和ませてくれます。
猫くらいの大きさをした、服を着た二足歩行の子豚ちゃんは、うちの店のマスコットです。
中身がおっさんだというのは、考えてはいけません。
「はじめまして、私は《婚約破棄の魔女》こと、クレイシアといいます。愛のない婚約に悩まされている方々に力を貸すのが、当店のお仕事となっています」
「私はクリス・ハイアットだ。貴殿に仕事を頼みたい」
お茶を出した私に、クリスさんがまっすぐな目を向けてきました。
男女どちらでも使える名前なので、クリスさんの性別は未だによくわかりません。
騎士は男性が圧倒的に多い職業。
職業から考えると、男性の可能性が高いです。
しかし、この店を訪れるほとんどの方が女性でした。
男性のほうが優位な社会です。無理やり婚約を迫られ、途方に暮れて、この店に駆け込んでくる女性がほとんどでした。
性別を聞くのも失礼かなと思い、とりあえず保留にしておくことにします。
「当店ではどちらかに恋愛感情がある場合、残念ですが婚約破棄を受けつけておりません。それをふまえてもらったうえでお話を聞かせていただき、それから依頼を受けるかを判断いたします」
クリスさんのほうへ、注意事項と流れを書いた紙を差し出します。
「婚約破棄は、本来相手が望んでいなかったことです。依頼の前に、自分の都合で相手の思いをねじ曲げるということの意味を、今一度しっかりと考えてください」
強い口調で、クリスさんを脅します。
それは覚悟を問うためのものでした。
「婚約破棄をしたいと思うのは、相手のことをよく知らないからではありませんか? もっと歩み寄れる可能性はありませんか? 単にマリッジブルーではありませんか?」
疑問を投げかけながら、お前がいうのかよと自分にツッコミたくなります。
ですが、取り返しのつかないことをした私だからこそ、その重みはよく知っていました。
依頼者となるお客様に、私のような過ちを犯してほしくはありません。
ですから、私はお客様が本気なのかを、毎度必ず確認していました。
「婚約破棄は、人と人との縁を切る行為。婚約破棄を行った後で後悔しても、相手との関係は決して元どおりにはなりません」
クリスさんの表情に、迷いがないかを窺います。
脅すような私の言葉に、怯むこともなくクリスさんは「問題ない」と頷きました。
《婚約破棄》には、対自分用の力と、対他人用の力があります。
対自分用の力は、問答無用です。
互いのことをどう思っていようと、《エンゲージ》を結んだ状態で好意を表せば、力は強制的に発動します。
たとえ、気持ちがこもっていない「好き」の言葉でも。
口にした瞬間に、相手が自分のことを『嫌い』になり、婚約が破棄されるのです。
それは、人の絆を裂くスキルを欲した者が負う業。
ペナルティも含まれた能力でした。
一方、対他人用の力は、少々違っています。
婚約破棄をさせるには、色々な条件が存在します。
その1。
《エンゲージ》を結んでいる二人が、互いに恋愛感情を抱いていないこと。
どちらか一方でも恋愛感情を抱いていると、スキル《婚約破棄》は発動しません。
その2。
婚約破棄をさせたい相手が、スキルの使用者――つまり私に恋愛感情を抱くこと。
相手を調査し、《変幻自在》のスキルで好みの姿に変身後、誘惑するのがいつものパターンです。
その3。
これは《婚約破棄》を、実際に発動させるときの条件になります。
1と2の条件を満たした状態で、私と依頼者、そして婚約破棄をさせたい相手が同じ場所にそろうこと。
第三者の目がある場所であること。
全ての条件がそろったとき、私が婚約破棄をさせたい相手と触れあい、好意を確認すればスキルが発動します。
相手は依頼者に「婚約破棄」を告げ、そして依頼者がそれを受け入れた瞬間に、《エンゲージ》は解除されるのです。
ちなみに対他人用の《婚約破棄》の場合、スキルが発動しても、相手が依頼者のことを嫌いになることはありません。
自分用の力に対して、他人用はかなり考慮された力となっていました。
「どちらかに恋愛感情がある場合、《婚約破棄》のスキルは使えません。実をいうと、使わないのではなく、使えないのです。このスキルは、互いに恋愛感情がない場合のみ発動します。依頼の途中でどちらかが恋愛感情を抱いていることが判明した場合、婚約破棄ができないこともあります。ですが、その場合でも料金はきっちりいただきます」
「問題ない。私と団長の婚約は、互いの意志ではない。そこに恋愛感情は一切なく、あるのは団長の優しさと責任感だけだ」
問うように見つめる私に、クリスさんはハキハキと答えます。
その眼差しは、どこまでもまっすぐでした。
「クリスさんの婚約相手は、騎士団の団長さんなんですね?」
「あぁ、そうだ。私は幼い頃、盗賊に襲われたところを騎士団に助けてもらった。それから騎士という存在に憧れて……そして、夢を叶えて騎士になったんだ」
クリスさんが事情を話し出します。
どうやら、クリスさんは女性のようでした。
憧れの騎士のようになりたいと自分を鍛え、女ながらに国お抱えの騎士団に入団したようです。
現在はその若さで、副団長の職についているとのことでした。
「この名前で、中性的な容姿をしているからな。ずっと誰も、私が女であることに気づいていなかった。一応入団の際の書類には書いてあったんだが誤字だと思われてな。勘違いさせておいたほうが都合がいいので、そのままにしていたんだ」
しかし、クリスさんが副団長になってしばらく経って。
団長に、女であるということがバレてしまったそうです。
「今までどおりに振る舞ってくれればよかったんだがな。団長は有名な女嫌いだったんだ。いい歳なのに妻の一人もいないから、隊では有名な話しだった。それもあって私は女だということを隠していたんだが……案の定、団長の態度がぎこちなくなってしまった」
大きくクリスさんは溜息を吐きました。
その顔は、とても暗いものでした。
「私は団長をとても尊敬している。強くてそれでいて公平な方だ。私達の隊は実力主義で、功績をあげればそれを認めてもらえる。騎士団の中には身分で位が決まる隊もあるから、それは本当にありがたかったんだ」
紅茶を一口飲んで、クリスさんは話しを続けます。
「仲間も最高の奴らだと思っている。けど、団長に気をつかわせて、迷惑をかけるくらいなら他の隊に移ろうと申請を出したんだ。団長は渋ったが、結局は申請書を受け取ってくれた。それからすぐに仕事があったんだ」
それは、敵国からの送り込まれてくる使者を殲滅するお仕事でした。
この隊でできる、最後の仕事。
クリスさんはそんな気持ちで挑みました。
しかし、敵は予想以上に強く、クリスさん達の隊は追い込まれてしまったようです。
「部下達を戦線から逃がす間、私と団長でそのラインを死守していた。二人だからどうにか保てているのに、なのに団長ときたら私にも下がれというんだ。あの人は自分だけ犠牲になって、皆を逃がすつもりでいた」
クリスさんの声には、苛立ちが滲んでいました。
団長のその判断が、クリスさんには許せなかったのでしょう。
「私はそれを拒んで、どうにか敵を撃退したんだ。ただ、団長を魔法攻撃から庇ったときに、足を一本失ってしまった」
ズボンをめくって、クリスさんが左足を見せてくれます。
それは義足のようでした。
「普段の生活に支障はないし、リハビリを続ければ戦線にもに復帰できる。だが、傷物にした責任を取ると、団長が言い出してな。そんなのいらんとはねのけたのだが、酒を飲まされ酔っているうちに《エンゲージ》を結ばされてしまったのだ……!」
今思いだしても腹が立つというように、クリスさんは眉を寄せます。
「団長は責任感の強い人だ。自分のせいでと思っているんだろうが、騎士になった以上はいつだって死を覚悟しているし、これは名誉の負傷だ。なのに団長は、私に騎士団をやめるよう命令し、家庭に収めようとしてくるんだ。そんなの絶対にゴメンだ!」
ドンとテーブル叩くクリスさんは、少々興奮気味でした。
そうとう頭にきているようです。
しかし、この依頼。
クリスさんは微妙ですが、団長さんはおそらく……。
ティファニーと目を合わせれば、こくりと頷きます。
私と同じ事を考えているのでしょう。
「わかりました。その依頼、《婚約破棄の魔女》が引き受けましょう」
にっこりと笑って、私はその依頼を引き受けることにしました。
※7/31 微修正しました。内容に変更はありません。




