18.いつかきっと思いが届くまで
ジークの一族は、神を操ることができる一族でした。
その力でエイデルハインという国を治め、それゆえに国は栄えました。
他国を踏みにじり、自分達に有利な条約を押しつけ。
搾取をすることで……栄華を保っていたのです。
神々がついているので、エイデルハインに逆らう国もなく。
彼らは、自分達が世界の支配者のように振る舞っていたとのことでした。
しかし、華やかな外面の一方、内部は腐りきっていたようです。
ジークは正妃の子ではなく、母親は庶民でした。
ですが、その力は一族の中でも段違いに強かったようです。
他の一族の支配下にある神ですら、ジークは自分の味方につけることができました。
一族全員が金の髪に、青い瞳だったのに対し――ジークは黒髪に赤い瞳。
不気味がられ、王座につきたい兄弟達からは疎まれて、化け物と呼ばれ。
自分の従える神を奪われてはたまらないと、腫れ物のような扱いを受けていたそうです。
加えて母親はジークを産んですぐに亡くなったため、後ろ盾や守ってくれる人間はいませんでした。
ジークを利用するために、是非妻にと女が送り込まれてくることも多く、幼いジークはすっかり人嫌いになったということです。
人は、互いを利用する生き物。
早々に人に見切りをつけた子供のジークは、神や精霊のみを自分の側に置きました。
王位継承権を捨て、神や精霊にお願いをして森を作り上げ。
そこに城を建てて――人を拒んですごすようになったそうです。
「当時の王が、私を暴走させてしまったとき。ジークは人の為ではなく、神や精霊……そして私自身の為に、その身を犠牲にしてくれたんだ」
ティファニーはしんみりと口にします。
ヴェルフレイムという神だったティファニーは、人の悪意に染められ化け物へと墜ちました。
話しを聞けば、エイデルハインの森にいる魔族もまた、元は神や精霊だった者のようです。
人の悪意のせいで変質してしまった彼らは、自我を失っていて攻撃的です。
それでいて、人を襲う習性があるようでした。
人のせいで傷ついた彼らを受け入れ、人から守る。
そのためにジークは、エイデルハインの王となり。
すでに廃墟となり、魔物しかいないあの地を――ずっと一人で守っているとのことでした。
「人間から見たら、魔族を封じた英雄であり畏怖の対象。神や精霊、魔族側から見れば、私達を狂わせた者の子孫。人としては生きられず、神や精霊には仲間と認められない。ジークは中途半端な存在なんだよ」
ティファニーは淡々と事実を口にするように言いますが、そんなの寂しすぎます。
ジークは何一つ悪くありません。
なのに、その身に重荷を背負い込んで、ずっと一人で耐えてきたのです。
それを思えば、どこへ向けていいのかわからない苛立ちが腹の底に溜まるようでした。
「ジークは確かに人嫌いなんだが、人に憧れている。矛盾してるんだ。自分は異質で、混ざれないと思っているからな。いくら私達と仲がよくても、別の生き物だ。それは変えられない」
ティファニーは深く溜息を吐きます。
ジークのことを心から心配しているんだと、その様子を見ればわかりました。
「最初にジークに声をかけたときのことを、覚えているか? ジークに怯えることもなく、ただ人間として受け入れてくれたのは……クレイシアが初めてだったんだ。だからあいつは、クレイシアにだけは心を開いた」
あの日の嬉しそうなジークを、今でも思い出すよとティファニーが笑います。
「急ぎすぎて、全てをいっきに説明したのがよくなかったな。自分が誰かを好きになって告白して、両思いになって。それで記憶を失ったなんて――あいつには到底信じられないことのようだったから」
苦笑するティファニーの言葉を聞いて思い出すのは、ジークが記憶を失った後のこと。
――今までのことを話せば、もしかしたら記憶が戻るかもしれない。
小さな望みをかけて、ジークに今までの経緯を全て説明したのですが、全く信じてもらえませんでした。
『確かにこの契約書は俺が結んだものみたいだな。だが、覚えはない。この契約を結んで、俺には何の得もないんだ。よくできた偽造品だと感心するしかないな』
自分が知らない間に作られた契約書に、両思いだったのだと言ってくる女。
ジークにしてみれば、警戒する要素しかありません。
思い出してほしい気持ちが強すぎて、私は……大きなミスをしてしまったのです。
冷ややかな空気を纏ったジークは、私を敵だと認識したようでした。
『俺を好き? 笑わせるな。何も知らないくせに。俺は――人間なんて好きにならない』
そう呟いたジークに、殺されそうになりました。
ティファニーが止めてくれなければ、今私はここにいなかったと思います。
アベア神のダンジョンに入るために、ジークをスカウトした私は、十年の契約を結んだ。
その見返りは、十年後……ジークの子供を産むこと。
ティファニーが機転を利かせて、そういう理由付けをしてくれたおかげで、ジークは一応納得してくれたのです。
「今のジークは、クレイシアと出会う前のジークだ。誰かを好きになることも、好きになってもらうことも――あいつにとっては、本当に奇跡のようなことだったんだなって思うよ。君と出会って、ジークはこんなにも変わっていたんだな」
そう呟くティファニーは、優しい顔をしています。
子供の成長を見守るお父さんのようです。
「あいつを見捨てないでやってほしい。愛し方も、愛され方もわからないだけなんだ。ようやく見つけた幸せを、忘れたままなんて……それじゃあ、あまりにも……ジークが可哀想だ」
「大丈夫ですよ、ティファニー。私、ジークのことが好きですから」
涙ぐむティファニーの頭を撫でます。
たとえ片思いでも、いつかはきっと――そう信じて。
シリアス苦手なので、シリアスターンは終了の予定ですが、どんな感じの本編になるかは未定です。
次は日曜日くらいを予定しております。