17.《婚約破棄の魔女》はじめました
「むぅ……後八十五回も依頼をこなさなくちゃいけないのですね!」
「こればかりは、コツコツやっていくしかないな」
机に突っ伏した私を、ティファニーが慰めてくれます。
愛のある婚約を成就させる、もしくは愛のない婚約破棄をあわせて百件成立させないことには、私のスキル《婚約破棄》は無くなってくれません。
色々考えた結果、私は婚約破棄を請け負う仕事をすることにしました。
婚約破棄専門店――《婚約破棄の魔女》。
王都の、貴族御用達のお店がひしめく繁華街。
その端の端にある、目立たない小さな店が、今の私がいる場所です。
普通の人なら、人の婚約を破棄するお仕事よりは、くっつけるお仕事のほうを断然選ぶことでしょう。
そのほうが感謝されますし、良心が痛みません。
しかし、『愛のある婚約』の成就の場合、ゴールは結婚するまでです。
愛し合う二人を婚約まで持っていったとして、結婚まで持ち込まないと件数にカウントされません。しかも、離婚すれば件数から引かれてしまうようでした。
件数を第一に考えるなら、『愛のない婚約を破棄』したほうがいい。
その結論に私が思い至るまで、時間はかかりませんでした。
私には、《ウェディングケーキ》の経営で培った経験があります。
カップルの仲を引き裂くなら得意分野です。
それに、このスキル――《婚約破棄》だってありました。
そうと決まれば、すぐに行動です。
ターゲットは、望まない婚約を結ばされて困っている人。
貴族なら家同士の決めた婚約が多く、私を必要としてくれる人がいるはず。
そう見込んで、貴族が多い王都に店を構えることにしました。
しかし、店を構えてしばらくは、誰もきてくれませんでした。
出世払いする予定だったジークのお給料を切り崩し、ムリをして店舗を一つ借りたというのに、これで大丈夫なんでしょうか。
そんな不安で、毎日胸の中はいっぱいでした。
しかし、今では口コミで噂が広がり、こうやってどうにかやっていけています。
「それにしても今回はとてもうまくいきました。婚約破棄もそうですが、レベッカさんと幼なじみのジゼルさんが結婚すれば、さらにもう一歩スキル解除に近づきますしね! これで今月の家賃もどうにか支払えそうです!」
小さな店ですが、王都のいい場所にあるのでなかなかにキツイものがありました。
現在私は十九歳で、あと三年後にはジークに今までのお給料十年分を支払わなくてはなりません。
その摘み立ても考えると、もう少し儲けておきたいところでした。
いや……まぁ、第一の目的はスキル解除なのですけれどね。
悲しいことに先立つものがなければ、何もできないのです。
最初は無料で婚約破棄をしますよというのも、私は考えていました。
しかし、こういう仕事で大切なのは――信頼とそれっぽさです。
安い値段設定だと怪しすぎて、余計に誰も利用したがりません。本当に婚約破棄してくれるのかと、疑われる恐れがありました。
なので私は、あえてよいお値段を依頼者から貰うことにしていました。
別に私ががめついとか、守銭奴とか……そういうわけでは決してありません。
幼い頃から帳簿をしっかりつけ、お金の計算もお金も大好きですが、これはダンジョンを経営する神子として当たり前のことです。
「今回の仕事はこれで終わりだろ。俺はもう行くぞ」
お金を数えていたら、ジークが店を出て行こうとします。
「まだいいじゃないですか、ジーク! 折角ですし、一緒にステーキでも食べに行きませんか! ようやくこの案件が終わったことですし、おごりますよ!」
「おごる前に俺の給料を前払いしろよ。それに、面倒だから嫌だ」
誘ったのに、ジークはつれないことを言います。
ジークが私の記憶を失ってしまって、もうすぐ丸一年。
その距離は……なかなか縮まってくれません。
辛うじてジークが私の側にいるのは、従者の契約があるからでした。
十二歳の私は、十年の労働契約書を作り、そこにジークのサインを貰っていました。
しかも、約束事を司る神に誓った本格的なものです。
その契約書があるから仕方なくといった感じで、ジークは私につきあってくれていました。
ですが、どうにも事務的で……仕事が終わるとさっさと帰ってしまうのです。
ジークは、全く懐かない猫のようでした。
初めて出会ったときですら、こんな冷たい態度をとられたことはありません。
この温度差は思っていた以上にキツイものがあります。
結局、私の誘いを断り、ジークは店を出ていってしまいました。
「どうしてジークはこんなにも頑ななんですか……ティファニー。《婚約破棄》のスキルを解除できても、ジークが私を好きになってくれなきゃ……記憶は戻らないのに」
「あぁ……それは、仕方ないと思うんだ」
落ち込んだ私に、ティファニーが言いにくそうに答えます。
「ジークは、私……ヴェルフレイムを自分の子供、つまり次の世代へ託したいと考えている。そうしないとそのうち封印が解けて、私はまた穢れに飲み込まれてしまうからな。けど、あいつはそもそも……酷い女嫌いというか、人嫌いなんだ」
お茶でも飲みながら話さないかと、ティファニーが誘ってきます。
わかりましたと頷いて、私はスコーンと温かい紅茶を用意しました。
次回は7月26日火曜日投稿予定です。